第115話 乱橋穂乃果
story teller ~四宮太陽~
入学式から1ヶ月程経ち、新入生からの視線にも慣れ始めてきていた。
月は新入生からも憧れの的のようで、俺と付き合ってることを知らない新入生からの呼び出しも多かったが、なるべく一緒に行動したり、いつものように中庭で昼食を食べることを繰り返しているうちに、呼び出しも鳴りを潜めた。
「そういえば、俺たちが知り合ってそろそろ1年経つな」
堅治は弁当のブロッコリーを口に運びながら、思い出したかのように言う。
言われてみれば、月に連絡先を聞かれた日から来月で1年経つ。色々なことがあり、多忙な1年だったが、友だちも増え、大切な人も出来たので、悪いことばかりではない。
葛原の事はまだなにも解決してないが、今年は平和に過ごしたい。
「まさか1年前は、このメンバーで毎日昼休みに集まるなんて想像してなかった」
「去年の5月は太陽くんと付き合えるなんて思ってなかったよ」
夏木さんと月も去年の事を思い出しているのか、微笑んでいる。
「その時のボクはまだぼっちだったけどね」
1人だけ友だちになって半年の人もいる。仲間はずれにしてるみたいで気まずい。
「みなさんと出会えてよかったです。これからもよろしくお願いします」
冬草さんは丁寧に頭を下げるので俺たちも釣られてよろしくお願いしますと頭を下げる。
いつも一緒にいる人たちと、改めてよろしくとか言い合っていると照れくさくなる。
みんなもそう思ったのか、目を落とし弁当とにらめっこしている。
「俺飲み物買いに行ってくる」
さっきから買いに行きたかったが、タイミングを逃していたので、みんなが黙っている今しかないと思い立ち上がる。すると、私も行きたいと月も立ち上がり着いてくる。
俺と月は体育館前の自販機に向かいながら、手を繋ぐ。最初は新入生への牽制のつもりで校内でも手を繋ぐようにしていたが、今では繋ぐのが当たり前になり、恥ずかしさも無くなっていた。
俺たちが自販機の前に着くと先客がおり、女の子が自販機の上の商品を押そうと背伸びをしている。
だが、体が1段下の商品のボタンに当たり、欲しいものとは違う飲み物が落ちてくる。
その子は自販機から飲み物を取り出すと、背中を丸め、落ち込んでいるのが目に見えてわかる。
「ねぇ、太陽くん。なんだか可哀想だよ」
「俺も思った」
俺と月はお互いに頷き、俺がその女の子に声をかける。
「あの、すみません。お金は渡すので、よければその飲み物くれませんか?」
その子は俺たちの存在に気づいていなかったようで、ビクッと体を震わせてから恐る恐るこちらを見る。
少し警戒されているようだが、もう一度話しかけることにした。
「それ、買おうとしてた飲み物じゃないですよね?」
「えっと、そうですけど・・・。いいんですか?」
声が小さく、体も丸めているので、なんだか小動物を相手にしているような気分になる。
こちらを見るその子は、身長も低いが、びっくりするくらい顔も小さく、それでいて整った顔立ちをしている。茶色がかった長い髪が、サラサラと風に揺れている。
「全然いいですよ。よければ商品のボタン押しましょうか?」
俺が提案すると、お願いしますと言ってから、手に持った飲み物を俺に渡してくる。
俺はそれを受け取り、財布から小銭を出し、自販機に入れる。
「どの商品ですか?」
「えっと、1番上の右から2番目のオレンジのやつです」
俺は指定された商品のボタンを押し、落ちてきた飲み物をその子に受け渡す。
「はい。これで合ってますか?」
「合ってます。すみません。ありがとうございます、先輩」
先輩と言われ、なんだか感動してしまう。中学の時から部活とかはしていなかったので、後輩からそう呼ばれたことは数える程しかない。
俺が先輩という言葉に心打たれ、感動に浸っていると、反応が無いことを不思議に思ったのか、先輩?と再度呼びかけてくる。
「あっ、えっとすみません」
「いえ、こちらこそすみません。先輩ですよね?」
「あっはい、先輩です」
俺は、2年生ですという意味でそう言ったが、意味が伝わらず、ん?と首を傾げている。
「すみません、2年生です」
「あっそうですよね。良かった。私は1年生です」
これまで見たことない子だと思っていたので、なんとなく新入生だとは思っていたが、やはり1年生らしい。
「私に対してはタメ口でいいですよ」
初対面でタメ口は印象が悪いと思ったが、本人から許可が出たのでタメ口で話すことにする。
しかし、警戒されているのか、話しかけた時からずっと表情が変わらない子だなと思う。悪い言い方をすると感じが悪い子に見える。
「わかった。ありがとう」
「いえ、今度なにかお礼をするので名前を教えて貰えますか?」
「いや、大丈夫だよ。大したことしてないし」
俺はやんわりと断るが、納得いかない様子で、お礼をさせてくださいとしつこく言ってくる。
「わかった。俺は四宮太陽です」
「四宮さんですね。私は
「乱橋さんね。俺は2年1組だから、もしなにかあれば教室まで来てね」
そう言うと、わかりました。ありがとうございましたと言って校舎に入っていく。
それを見送ってから、月は何飲む?と聞こうとして振り向くと、頬を膨らませて、怒っている月がいた。
「えっと、月さん?なんで怒ってるんですか?」
「私を放置してずっと女の子と話してた」
「すみません。放置してたわけじゃないんです。許してください」
嫉妬している月は可愛いが、今それを言うと当分口を聞いてくれなくなりそうなので、言わないでおこう。
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