第112話 車谷善夜と夏木光
story teller ~四宮太陽~
星羅の時に引き続き、架流さんはほんとにいいタイミングでやってくる。
俺たちを守るように立つ後ろ姿に、カッコイイと思ってしまう。
「お前、葛原の言ってた横山ってやつか」
蹴られたお腹を押さえながら、九十九は架流さんに問いかける。
「そうだよ」
架流さんは短く答えると、みんな大丈夫?と声をかけてくれる。
今はこの人の余裕に、強さに頼ることしか出来ない。
「星羅ちゃん!花江ちゃん!まずは春風さんたちを遠くに!」
架流さんが呼びかけると、少し離れた位置から、呼ばれた2人が走ってきて、月たちを連れていく。
その様子をみた架流さんは残された俺たちに、男子は自分で動いてね〜といつもの軽い口調で言う。
俺はまだ動けそうにないので、体を脱力させ、起き上がる事を諦めた。
架流さんが来たなら安心だ。
「全部お前の計画って事か?いつから、どの時点で俺を疑ってた」
「最初からだよ?あんたの敗因は僕の前に姿を現した事だね。初詣の時にあんたを見た時からずっと疑ってた」
「あの一瞬で俺の事を疑ってただと?」
「斉藤莉音ちゃんって知ってる?」
架流さんは九十九の質問に質問で返す。架流さんの口から出た名前に聞き覚えがないのか、誰だよと言っている。
「あんたの元カノ。そして僕の女友だち。今は疎遠になっちゃったけど。その子がね、前にあんたの写真を見せてきたことがあるんだよ。女をとっかえひっかえして、浮気しまくってるってね」
それでも思い出せないのか、九十九はなんの話だとボヤいている。
「あんたはモテすぎた。1人の女をちゃんと愛していれば、僕に怪しまれずに暗躍できたのにね。まぁ春風さんの太陽くんへの愛があれば、どの道バレてたかな?春風さんは太陽くんの浮気を疑うよりも、あんたを疑う方を選んだからね」
架流さんは俺を見て、愛されてるね〜と言ってくる。その余裕、少し俺に分けて欲しい。
「なにが1人の女を愛すだ。春風月も葛原未来も、俺はどっちも手に入れる。それ以外の可愛い女、綺麗な女も全て!」
「ムカつくなぁ。こんな世界征服するとか本気で言い出しそうなバカに、僕の友だちは傷つけられたのか」
架流さんははぁーと息を吐いてから、真面目な口調で九十九に言い放つ。
「お前、クソだな」
その言葉と同時に九十九の顎を蹴りあげ、スマートに脚を元の場所に戻す。
「残念ながら、あんたの夢は叶わないよ?春風さんも葛原も、あんたが狙った女の子はみんな太陽くんにゾッコンだから」
顎を蹴りあげられてなお、九十九は起き上がる。タフすぎる。
「葛原も太陽にゾッコン?俺がこいつに、こんなどこにでもいるような高校生に負けるってのか?」
「しつこいなぁ。そうだよ、あんたは負けてる。僕でもわかるよ。あんたより太陽くんの方が魅力的だもん」
架流さんの言葉に嬉しさを感じながら、俺は無理やり体を起き上がらせる。
無理しないでという架流さんを制して、九十九の前に立つ。架流さんにだけかっこいいところを持っていかれる訳にはいかない。
「九十九、あんたは月だけを愛する訳じゃなくて、あくまでも月はその他大勢のうちの一人としてしか見てないってことだね?」
「それの何が悪い。かわいい女はたくさんいる。その全部を手に入れられるのが俺だ」
「はぁ。せめて。せめて月だけを愛するって言ってくれるなら救いようがあったかもしれないのに。すみません、殴りますね。あっどちらにしても月は譲りません、がっ!」
俺は拳に力を込めて、精一杯、全力で九十九の頬を打ち抜いた。
吹っ飛びこそしなかったものの、ドゴッと言う鈍い音と共に九十九は倒れる。
俺は力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになるが、架流さんが支えてくれた。
ありがとうございますと伝えてから、体を預ける。
これで終わったと安堵する。
______
俺たちは九十九が目を覚ますのを待ちながら、今回の件を夏木さんに説明する。
実は、架流さんは早い段階から九十九の元カノの事を知っており、善夜と優希くんと3人で色々と動けるように準備していたらしい。
その途中で月が、俺の浮気の件で架流さんに連絡をしたとの事。
浮気はしてないけど。
「そういう事だったんだ。何も知らずに月のこと叩いたりしてごめん。ほんとにごめんなさい」
「ううん。私こそ光に黙ってコソコソしててごめんなさい」
月と夏木さんは抱き合いながら謝っている。
誤解が解けたならよかった。
「それで、さっき夏木さんの言ってた、またワタシから奪うって言うのはどういう事だ?」
「・・・それは俺から話します」
堅治の疑問に、山田が答えると申し出る。
そして、前に俺に話した内容と同じ話をすると、そのまま夏木さんの方を向き、頭を下げる。
「光、ほんとにごめん。ただ、俺はちゃんと謝りたかっただけなんだ。九十九の言いなりになったりしたけど、ただ謝る機会が欲しかったんだ。ほんとにごめん」
山田の謝罪を聞いて、夏木さんは山田に近づくので、俺たちは念の為警戒する。
「遅いよ。今更謝っても許さない。でもワタシが月を2回も叩かなくて済んだのは、山田のおかげだから、そこは感謝する。ありがとう」
山田はその場で泣き崩れる。ちゃんと謝れたことで、我慢していたものが溢れたのだろう。
そして、夏木さんは善夜の側に移動すると、善夜の手を取り、目を見つめる。
「ぜ、善夜もありがとう。さっきのはその、かっこよかった・・・」
「ボ、ボクは結局なにも出来てないよ。カッコイイのは架流さんと太陽だよ」
「ううん、善夜は守ってくれたよ。それに、か、かわ、いいって言ってくれたし」
夏木さんの発言に、2人は顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
俺たちはそんな2人を微笑ましく見守る。
すると、俺たちに囲まれていた人がむくりと起き上がる。気が緩んでいた時に、突然起き上がったので、反応が遅れる。
しかし、本人に抵抗する気はないようで、脱力したまま、ため息を吐いている。
「起きたか。抵抗はしないよね?」
「正直逃げたいけど、逃がしてくれないでしょ?それに、横山架流。お前に勝てない事もわかったし、抵抗するだけ無駄でしょ?」
架流さんの方が強いと素直に認め、面倒くさそうに再度ため息を吐いている。
「なんで俺が起きるの待ってたの?置いて帰ればよかったのに」
「聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「葛原は今回なにをしてたのか教えて欲しい。今後俺たちになにかしてくるのか、知ってたら答えて欲しい」
俺の問いかけに、あははと笑ってから九十九は答える。
「葛原は今回なにもしてないよ。山田みたいな協力者は寄越してきたけど、それも俺が葛原にお願いしたからだし、全部俺が1人でやった事。それとこれから何するかは知らないし、知ってたとしても教えない。俺は葛原を裏切らないよ」
まっすぐに俺を見つめて、嘘は言ってないよと訴えてくる。信用はできないが、答えてくれないのであれば、結局疑うしかない。
「わかった」
「んじゃ、俺はもう帰ってもいい?」
「まだだよ」
九十九の発言に、善夜は怒ったように反応する。
というか怒ってる。前髪で見えにくいが、顔がめちゃくちゃ怒ってるのが伝わる。
「まだ夏木さんに謝ってないから。帰るなら謝ってからにしてよ」
「あー、わかったよ。光ちゃん。傷つけてごめんなさい。ブスって言ってごめんなさい」
九十九は以外にも、素直に頭を下げた。正直謝らないと思っていたので少し驚く。
「じゃあ、俺は帰るね。あと、太陽くん」
「はい?」
突然名前を呼ばれ、面食らってしまう。
「俺は君に興味でたよ。葛原未来と春風月。絶世の美女が惚れた男だからね」
その言葉だけを残して去っていく。
めんどくさい人に目をつけられたかもしれない。
やっと全てが終わり、俺たちはみんな体の力が抜ける。今すぐにでも眠りたい。
そう思っていると、星羅のスマホが鳴り、青ざめた顔でスマホを俺に差し出してくる。
「お、お兄ちゃん、代わりにでて?」
「なんで」
そう言いながらスマホを受け取ると、お母さんと表示されている。
しかもめちゃくちゃ不在通知が入ってる。
時間は午前12時過ぎ。絶対に怒っている。
俺たちは急げ!と慌てて解散するのだった。
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