第111話 夏木と九十九
story teller ~四宮太陽~
「月、何してるの?朝日さんと2人で、なんで」
「光、これには事情が―――」
「事情って何!」
普段は月に優しい夏木さんが、声を荒げている。月は夏木さんのその態度になにも言えなくなり、固まってしまっていた。
俺が話すよと九十九さんが言うと、ベンチから立ち上がり、夏木さんに近づく。俺たちは警戒して、すぐに出て行けるようにする。
「光ちゃん、俺たちはもう終わったでしょ?君は山田くんの事が忘れられないんでしょ?」
月にも話した内容をそのまま夏木さんにも言い聞かせるように話している。
「なんですかそれ、ワタシそんな話なにもきいてな―――」
「さっき話したよね?俺、しつこい女は嫌いだよ」
夏木さんが何か言おうとしたにも関わらず、言葉を被せて話を押し通している。
月に後から色々聞かれてもいいように、やり過ごす気なのだろう。
「・・・・・・じゃあ朝日さんは、ワタシから月に乗り換えるって事ですか?」
「乗り換えるって言い方は人聞きが悪いけど、光ちゃんから見るとそうなるかもしれないね」
「・・・・・・なんで」
「ん?なに?」
「なんで、またワタシから大切な人を奪うの!」
パンッと乾いた音が公園中にこだまする。
夏木さんは大声で叫んだかと思うと、九十九の横を通り過ぎ、月の頬を手のひらで打ったのだ。
堅治たちはなにが起こっているのかわからない様子だが、俺は理解してしまった。理解出来てしまった。
夏木さんは月が自分の好きな人を奪ったと思っているのだ。
「ひ、かり?」
「なんで?なんで山田だけじゃなくて、朝日さんもワタシから奪うの?山田の時は月のせいじゃないかもしれないけど、でも奪われた事実は変わらないんだよ。なんでいつも月ばっかり、なんでワタシじゃないの」
そういうと夏木さんは泣き出してその場に崩れ落ちる。
「まって、私なんの話かわからない」
月は夏木さんと山田の件を知らないようで、夏木さんの言っていることが理解出来ていない。
夏木さんが立ち上がり、また月の頬を打とうとしたので、俺は急いで止めに入ろうと動く。その前に、1人、夏木さんの前に飛び出す人影が見えた。
「ごめん光!悪いのは俺だ!だから春風じゃなくて俺を打ってくれ!」
山田だった。俺の後を着いてきていたのだろう。
夏木さんは思わぬ人物の登場によろめき、尻もちを着く。だがその表情は驚きよりも、怖がっているように思える。
「な、んで、なんで山田がここに居るの」
「山田。連絡取れないと思ったらなにしてるんだよ」
九十九も山田の登場は予想していなかったようで、爽やかな口調はどこかへ行き、怒っているような高圧的な声になっている。
「すみません。でもこれ以上光には傷ついて欲しくないんです!」
「俺との約束忘れたの?傷ついた光ちゃんをお前にあげるって約束したよね?」
「え、それってどういう事?」
夏木さんは状況が飲み込めず困惑している。
そんな夏木さんに九十九は本性を現して、笑いながら距離を詰める。
「お前に近づいたのは、春風月と繋がるためだよ。俺に振られて傷ついたお前を、山田が慰めて、2人は元通り、俺は春風月をゲット。みんな幸せになるっては・な・し。理解した?お前は元々眼中にねぇよブスが」
九十九は、一生懸命逃げようと地面をかく夏木さんに少しずつ詰め寄る。
俺たちは止めなければと思うが、九十九の豹変ぶりにビビって動けない。
情けないが、この場に架流さんがいない事が悔やまれる。
俺は友だちを助けられない。
諦めそうになった、その時。
「夏木さんに近づくな!」
そういって、木の影から飛び出してきたのは善夜だった。
よく見ると、九十九たちの向こう側の木の影に冬草さんも見える。2人は夏木さんをここに連れてきて、木に隠れて様子を見ていたのだろう。
「車谷善夜じゃねぇか。なんの用だよ」
「な、夏木さんに近づくな。あとブスって言ったこと謝れ。夏木さんはブスじゃない。可愛いんだ!それと傷つけたことも謝れ。謝っても、ゆ、許さないけど」
善夜は遠目に見ても震えているのがわかる。きっと怖いのだろう。それでも夏木さんの為に飛び出した。
そんな善夜を見て、俺たちも飛び出す。
「な!?お前ら今までどこに!?」
「そこにいましたよ?ずっと」
堅治が答えると、なにかに気づいたように九十九は月を見る。
「ごめんなさい。全部演技です」
「嵌められたのか。俺が?ありえない」
「どういう事?なんでみんないるの?月、演技って何?」
なにも知らない夏木さんだけが、置いてけぼりだが、月と冬草さんが夏木さんに駆け寄り、夏木さんを連れて少し離れる。
「九十九さん、残念ですが、俺たちの作戦通りです」
「お前、中学生だろ、なにが作戦通りだ」
1番歳下の優希くんに言われて、プライドが傷ついたのか、九十九は怒りで体を震わせている。
「なんでだよ。俺はモテるんだ。仮にお前らが俺を嵌めてたとしても、春風月が俺に惚れないわけが無い!どういう事だ!なんで惚れてない!」
九十九は月に向かって大声でそう問いかける。だが、月はビビる様子もなく、堂々と言い放った。
「私は太陽くん以外には惚れません。あなたがいくらかっこよくても、お金をもっていても、仮に性格が良かったとしても、私の1番は太陽くんです。申し訳ありませんが、先程のお付き合いの話は御遠慮させていただきます」
月の言葉を聞いた九十九は、怒りが頂点に達したようで、月に向かって走る。拳を振り上げたのを見て、俺は月と九十九の間に体を割り込ませた。
これで殴られるのは人生何度目だろうか。
前に中学生に殴られた時よりも更に強い衝撃が、頬から頭にかけて弾ける。視界が揺れ、地面に倒れ、空を見上げる。
次が来るかもしれない、備えないと。そう思うものの体が動かない。
このままでは月を守れない。
そう思ったが、追撃が来ない。
なんと山田が九十九にしがみついていた。
「みんなも早く!九十九を押さえて!」
山田の声と共に、堅治と善夜、優希くんも九十九を押さえにかかる。
しかし、怒り狂った九十九を押さえ込むことが出来ない。九十九が大きく振った手が、堅治たちに何度もあたり、優希くん、善夜、山田が飛ばされる。
堅治が1人で奮闘するが、引き剥がされるのも時間の問題だろう。
今更この人が話し合いに応じるわけも無い。堅治が引き剥がされ、九十九がこちらに向かってくるのが見える。
今度こそ終わったと、本日2度目の諦めに入った時。
またしてもヒーローは遅れてやってきた。
九十九を蹴り飛ばし、俺たちを守るように立つその人は、カッコつけるようにこう言った。
「四宮グループ、暴力担当の横山架流です。
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