第107話 夏木光と山田健太

story teller ~山田健太~


 俺は逃げてしまった。

 なんでここに光が。いや四宮が春風と付き合っている時点でくる可能性はあった。もし次会えたら、ちゃんと謝ろうと思っていた。

 だが、光は俺を見た途端、嫌悪感を抱くような顔をしていた。

 の言う通りにしただけなのに。

 ここまで嫌われているとなると、計画通りに事が運んでも、俺と光の関係は修復できない気がする。いや、きっと出来ないだろう。


「山田、大丈夫?帰ってもいいんだよ?」


 俺が相当具合の悪そうな顔をしていたのか、店長は俺の顔を覗き込みながら、心配してくれる。

 大丈夫。少ししたら戻るからと伝えたが、光がいつ帰るかわからない以上、すぐに戻ることは出来ない。


 春風と冬草も一緒にいたが、俺と目が合っても反応がなかったところをみると俺のことは覚えていなさそうなので、せめて光だけでも帰ってくれればと考える。


 そこで俺は思い出す。

 ハンバーガーショップで光と一緒にいた男を殴った時、あの時に俺が殴った男に駆け寄ってきた人物。

 もしかして、四宮・・・?


 あの時は興奮していた為、周りがあまり見えていなかったが、春風がいた事は覚えている。あれだけ目を引く見た目だ。いやでも目に入る。

 そして春風と一緒に2階から降りてきたのが四宮だった気がする。


 思い出すと、四宮にも俺のことがバレているのではないかと不安になり、事務所から出ることが出来なくなってしまった。


 ******


story teller ~四宮太陽~


「お疲れ様です」


 退勤時間になったため事務所に入ると、店長は入れ替わりで表に出ていく。

 山田は椅子に座って膝の上に頭を置いたまま動かない。


「大丈夫?」


 俺が声をかけても無反応で、より心配になる。

 家まで送ろうか?と聞くと、気にするなと言うように手を振る。


「じゃあ先に帰るから。なにかあれば連絡して」


 俺は一言残して事務所を後にする。

 すると、俺の終わりを待っていた月たちが店長に捕まっていた。


「あなたが四宮くんの彼女さんなのね、めちゃくちゃ可愛いじゃない!どっちから告白したの?キスはした?これからデート?」


 店長が捲し立てて質問するので、月はなにも言えずに困っていて、夏木さんたちも店長に圧倒されて助けられずにいる。


「お疲れ様です。店長、質問は1つずつにしてください」


 声をかけると、月は救世主でも現れたかのように顔を輝かせる。ずっと助けを待っていたんだな。


「四宮くんお疲れ!彼女さんめちゃくちゃ可愛いじゃない!うちで働けないかな?看板娘になると思うんだ!」


「テンション上がりすぎですよ。落ち着いてください」


 ごめんごめんと言いながらも興奮冷めやらぬ様子で月を見ている。なんか色々聞きたいのだろう。


「また今度話すので、今は山田の事お願いしてもいいですか?俺が話しかけても無反応だったので」


「そうだった。今日は1人でお店任せちゃってごめんね?」


「大丈夫ですよ。今日もお客様来なかったですし」


 俺の言葉を聞いて、今日もとか言わないでよと泣きながら事務所に消えていく。

 表に誰も立たなくていいのだろうかと思ったが、事務所の扉が開いているので、もしお客様が来ても対応出来るだろう。


「お待たせ、帰ろっか」


 俺は3人と一緒にお店を出る。

 外は冷えきっており、風が吹くと体が震える。

 寒いねーと言いながら帰路に着くが、夏木さんの元気がないような気がする。

 月と冬草さんもそれを感じたようで、黙って様子を伺う。


「あのさ」


 夏木さんは急に足を止めて、声を発する。

 俺たちもなんとなく何か話したいことがあるのだろうと察していたので、夏木さんに合わせて止まる。


「四宮のバイト先にいた、もう1人の男の人なんだけど。あれワタシの中学の時の元カレなんだ」


 その言葉を聞いて、この前の山田が話してくれた話を思い出す。そして、それと同時にハンバーガーショップで善夜を殴った男の事を思い出した。

 面接の時に、山田のことをどこかで会ったことがあると感じたのは、ハンバーガーショップで見ていたからだ。

 あの時は俺もなにが起こっているかわからず、ちゃんと顔をおぼえていなかったが、全てが繋がると鮮明に思い出してくる。


「だから、お店に入った時に固まっちゃって、ワタシが来たせいで、四宮が1人でお店見ることになって。今もみんながワタシに気を使ってるのがわかるから。その、ごめん」


 夏木さんは俺が夏木さんと山田の過去を知っている事を知らないだろう。それでも、俺たちに気を使わせてしまったり、迷惑をかけていると思って話してくれたのだと思う。

 この人は優しい人だから、逆に気を使わせて、黙っててもいい事を言わせてしまった。


「ごめん、四宮にバイトをやめろとまでは言わないけど、ワタシは次からはあの店にいけないや。ほんとごめん」


「夏木さんは悪くないから、謝る必要ないよ」


「黙ってようかとも思ってたけど、中途半端に隠そうとして、みんなに気を使わせてごめん」


 謝らなくていいよと言っても謝り続ける夏木さんを、俺たちは大丈夫だからと言いながら帰った。


 次の日から山田はバイトを無断で休み続け、来なくなってしまった。

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