第103話 初出勤

story teller ~四宮太陽~


「今日からバイト始まるんだよね?」


 放課後になり、帰る準備を進めていると、月が話しかけてくる。

 うんと答えると、頑張ってね!とガッツポーズをしてエールを送ってくれる。その姿が可愛くて、もう1回とアンコールをお願いしたくなる。


 俺は月たちにまた明日と伝えてから教室を出る。

 まだ時間に余裕はあるが、初出勤なので早めに着いておいた方がいいかと思い、学校を出てからバイト先に向かう。


「おはようございます」


 扉を開け、挨拶をすると店長の長岡さんはカウンターで暇そうにしていた。


「おはよう四宮くん。来るの早いね」


「初出勤なので、早めに着いた方がいいかと思いまして。迷惑でした?」


「いや、大丈夫だよ。じゃあエプロン渡すからサイズ確認してくれる?」


 俺は店長に連れられて、staff onlyと書かれた店内の1番奥の部屋、事務所に入る。

 店長は戸棚からエプロンを取りだし、俺に渡してくれる。

 特に制服はないようで、服装は自由、エプロンだけ着用との事。エプロンはつけ慣れていないため、自分の姿を鏡で確認すると少し違和感があるような気がする。


「サイズは大丈夫そうだね。あと、名札も渡しとくね」


 俺は四宮と書かれた名札を受け取り、エプロンの左胸の辺りに付ける。


「四宮くんの荷物はこっちに置いてね。ロッカーの鍵も渡しとく」


 空いているロッカーの鍵を受け取り、荷物を入れる。

 なんだか新鮮で既に楽しい。


「んじゃ、あとは出勤時間までゆっくりしてていいよ。山田、えっと面接の時にいた従業員ね。そいつも来るから、時間になったら一緒に表に出ておいで」


 わかりましたと返事をすると、店長は部屋から出ていく。

 用意された椅子に座り、スマホを眺めることにする。


 出勤時間の10分前になり、山田さんは部屋に入ってきた。


「おはようございます」


「おはようございます」


 お互いに挨拶をするものの、気まずい。

 俺はスマホを眺めているのも失礼な気がしてロッカーにしまうが、手持ち無沙汰になってしまう。


「四宮さんっていくつですか?」


 唐突に話しかけられ、少しビックリする。


「えっと、15です。高一です」


「って事は俺と同い年ですね。お互いタメ口でいいですか?」


「はい、大丈夫です」


 俺がそう答えると、じゃあ今からタメ口ねと山田さんは早くも口調を切り替える。

 少し気が引けるが、俺もタメ口にした方がいいのだろうか。


「そういえば、自己紹介まだだった。俺は山田健太。よろしく」


「俺は四宮太陽です。よろしくお願いします」


 思い出した様に自己紹介をしてくる山田さんに、俺も自己紹介を返す。

 その後、山田さんはパソコンを操作して、勤怠管理システムを起動し、自分の名前を退勤から、出勤に切り替える。

 俺も教えて貰いながら、同じように出勤に切り替えた。


 2人で表に出ると、俺が来た時と同じく、お客さんはおらず、店長はカウンターでスマホをいじっていた。


「おっ、2人とも来たね。じゃあ山田は四宮くんに接客の仕方とか教えてあげて。私は事務所で発注とかしとくから、なにかあれば呼んで」


 そういうと、俺たちと入れ替わりで事務所に入っていく。

 山田さんと2人きりだと少し気まずいが、これから色々おそわるので、慣れていこうと思った。


 ______


「こんな感じだね。あとはお客さんが来たら実際にやってみようか。俺も横につくし、困ってたら助けるから」


 一通り教えてもらったが、実際に対応するとなると緊張してきた。

 とはいえ、出勤してから約1時間、お客さんは1人も入ってこない。このお店大丈夫なのだろうか。


「暇だな。四宮はスマホ事務所に置いてきた?」


「うん、ロッカーにしまってきたけど」


「お客さんいなくて暇な時はスマホいじっててもなにも言われないからさ、次からはポケットに入れて持ち歩いても大丈夫だよ」


 思ったよりも緩い職場のようで、少し安心する。と言っても、サボる気はなく、これくらいの空気感なら結構安心して続けられそうだ。


「山田さん、軽食とかも俺たちが作るの?」


「四宮にはまださせないけど、慣れてきたらちょっとずつ手伝ってもらうよ。まぁ作るって言ってもサンドイッチとかだから、店長が朝仕込んだ物を挟んだりするだけだから簡単だよ。コーヒーだけは店長が淹れるんだけどね」


 なるほど。それなら料理が出来ない俺でも大丈夫そうだ。もしガッツリ作るなら、それはそれで経験してみたかったが、仕方ない。


「あと、山田さんじゃなくて、山田もしくは健太でいいよ」


「分かった、じゃあ山田って呼ぶね」


 軽くやり取りをしながら、2人で時間を潰す。

 退勤時間までに、お客さんが2組だけ来たので、俺が対応したが問題なくこなせたと思う。


 ______


 午後9時になり、山田と俺は退勤した。

 お店自体は10時までらしいのだが、高校生は9時までにしているらしい。


 事務所に入り、エプロンを脱いで、カバンに詰め込む。

 ロッカーからスマホを取り出して、メッセージを確認しようとすると、山田がそれと声を発する。


「どうかした?」


「あっごめん。スマホの画面が見えちゃってさ。その待ち受けに写ってるのって、四宮と彼女?」


「うん、そうだよ」


「へー彼女いたんだ」


 俺は普段、月の事を自慢する相手がいないので、可愛い彼女を山田に見て欲しい欲に駆られる。

 俺が他の写真も見る?と聞くと、いいの?と俺の横でスマホを覗き込んでくる。

 写真を見せると、山田の表情が少し曇ったように思える。


「・・・ありがと、すごく可愛い彼女だな」


「そう言って貰えると嬉しいよ。ありがとう」


 山田の態度が気になったが、まだ会って間もないため、深入りするのをやめる。

 先に帰る準備を終えた山田は、じゃあ先なるわと言って事務所を出ていった。

 お疲れ様と返し、俺は月にメッセージを送る。


('SUN' 今終わったよ。これから帰るね)


 返信はすぐに来なかったが、この時間だしお風呂にでも入っているかもしれない。

 そう思い、スマホをポケットに入れて、俺も事務所を出る。

 カウンターに立っている店長に、お疲れ様でしたと声をかけてからお店を出ると、冷たい風が俺の体温を奪っていく。

 俺は早く帰るために、急ぎ足で帰路に着いた。

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