第89話 元カレ

story teller ~葛原未来~


「今回は全部、俺1人でさせてよ」


 そうわたしに言い放った男は、早々に部屋を出ていった。

 わたしはまだ1人で進めていいとは言っていない。

 だがあいつは、わたしが止めても聞かないのだろう。


 はぁとため息を吐き、ベッドに倒れ込む。


 あいつの事だ。を見て、欲しくなったのだろう。

 まぁ結果的にわたしの望むようになれば、好きにしてもらっても構わないと考え、任せることにする。

 必要な情報を渡したし、逆にわたしが手を出さない方が、面白いことになるかもしれない。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 俺と月は倒れている善夜にすぐに駆け寄る。


「大丈夫?」


「太陽。ボクは大丈夫だけど、夏木さんが・・・」


 善夜は赤くなった頬を押さえながら、夏木さんを心配している。

 夏木さんを見ると、少し震えているようだ。

 月はすぐに夏木さんを抱え、俺たちから距離を取る。

 状況から察するに、目の前に立つ男が、善夜を殴ったのだろう。夏木さんはそれで怖がっているように思える。


 俺は目の前の男を警戒しながら、善夜に何があったのか話を聞こうとするが、レジの奥から責任者らしき人が出てくると、男はクソと一言残し、店内から逃げ出す。


「大丈夫ですか?立てますか?」


 善夜は責任者の方の腕を借り、立ち上がる。

 その間、責任者の方は他の従業員に指示を出す。


「お話を聞かせて貰えますか?」


 そう言われた俺たちは、責任者の方の案内で事務所に入り、何があったのか話をする。

 とは言っても、俺と月は事が起きた後にきたので、なにもわからないと伝え、善夜と夏木さんの話を聞くだけになる。


 2人の話によると、先程の男は、この前夏木さんと善夜が会ったという、夏木さんの中学の頃付き合っていた元カレらしい。

 2人がレジで注文するために並んでいたところに、偶然店内に入ってきて、話しかけてきたらしいのだが、前回断ったにも関わらず、夏木さんにしつこく連絡先を聞いていた。それを善夜が間に入って、迷惑だと伝えると、急に殴られたとの事だ。


 話を聞く限りでは善夜たちは完全に被害者である。

 責任者の方にも被害者だと言うことは伝わったらしい。

 警察を呼ぶかと聞かれたが、善夜と夏木さんは断った。

 ちなみに、元カレは別の店員が追いかけたが、逃げられてしまったらしい。


 ご迷惑をお掛けしましたと伝え、事務所を出てから、堅治たちの元に戻る。

 2人は俺たちが戻ってくるのが遅かったため、気づくとすぐに駆け寄ってきてくれた。


 2人にもなにがあったのかを伝え、今日は帰ることになった。

 もしかしたら、元カレがまた来るのではと警戒し、念の為、夏木さんをみんなで送ってからそれぞれ帰路に着く。


 俺と月はみんなと別れ、2人で歩いていた。

 ずっと疑問に思っていたのか、確認するように俺に聞いてくる。


「太陽くん。偶然2回も元カレに会うことってあるかな?しかもこんな短期間に。葛原さんが関わってるんじゃないかな?」


 月の言いたいことはわかる。

 これが偶然じゃなくて、狙ってやっているとしたら、葛原が関わっているのではないかと考えてもおかしくはない。

 だが、証拠がないので断定も出来ない。


「夏木さんとさっきの元カレは同じ中学だったの?もしそうなら同じ地元で偶然会うのも不思議ではないけど」


 俺の言葉を、月はううんと否定してから続ける。


「同じ中学じゃないんだよね。でも校区が違うってだけで、同じ街に住んでるから偶然会うこともあるよね?」


「うん、十分あると思う。警戒するに越したことはないけど」


 月は不安そうに顔を伏せる。

 その不安を少しでも取り除ければと思い、月の手を握る。

 俺に手を掴まれたことで、少し安心したのか、顔をあげ、笑顔を見せてくれる。


 葛原が関わっていないことを願うばかりだ。

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