第84話 朝の光景
story teller ~春風月~
私は鏡の前で頭を悩ませていた。
体の前に緑色のセーターを持ってくるが、なんだがしっくりこない。
「うーん、なんか違う気がする」
普段から四宮くんに会う時は、服装や髪型など、いつもより可愛く見られるように気を使っているが、今日は付き合って初めてのデートなので、より悩んでしまう。
床にはクローゼットから取り出した服が乱雑に積み上がり、山を作り出していた。
今まで彼氏なんてできたことも無く、彼氏とのデートは初めてなので、経験の無さからどんな服を着るのがいいのかが分からない。
こんな事なら、涼に聞けばよかったと後悔する。
服を取り出しては投げ、取り出しては投げを繰り返し、四宮くんがお迎えにくる時間が近づくにつれ焦りが生まれる。
そんな時、クローゼットの奥から1着のセーターベストを見つける。
腰より少し長め丈で、薄茶色のセーターベストだ。
去年冬に買ったが、1度着けたきり存在を忘れていた。
私は白のワイシャツの上から、セーターベストを着る。意外と可愛いかもしれない。
下はレザーのショートパンツを履くと、オシャレに着こなせた気がする。
11月も終盤に差し掛かり、外は冷えているかもしれないが、そこは我慢するしかない。
鏡の前でくるりと1周まわってみる。
全体的におかしなところはないはずだ。
やっと服が決まったことに安堵すると、インターホンが鳴り、お母さんから四宮くんが来たことを告げられる。
少し待ってと部屋から顔だけだし、返事をする。
私は荷物をバッグに詰め、机の上のジュエリーボックスの中から、四宮くんに貰ったネックレスを取り出し、首元に着け、部屋を出る。
初めての彼氏と初めてのデート。
それだけで心が弾み、軽やかな足取りで階段を駆け下りる。
「おまたせ」
玄関で待つ四宮くんに声を掛けると、今日の服装似合ってると言ってくれた。
私はスキップしたくなるほど嬉しくなるが、お母さんもいるので短くありがとうとだけ伝える。
2人で行ってきますとお母さんに伝え、手を繋いで外に出る。
今日はどこに行くんだろう。きっと四宮くんと一緒ならどこでも楽しいだろうな。
******
story teller ~四宮太陽~
12月も中盤に差し掛かり、気温も下がっているため、朝起きて布団から出るのが躊躇われる。
出来ることなら、布団に入ったまま授業を受けたい。リモート授業にしてほしい。
それでも、学校には行かないといけないので、決死の覚悟で布団から這い出て、1階に降りる。
リビングに入ると、ここ最近の見慣れた朝の光景が目に映る。
母さんの作った朝食を、星羅ともう1人の制服を着た女の子が食べている。
その女の子は俺がリビングに入ってきたことに気がつくと、嬉しそうに笑顔になる。
「おはよう春風さん。今日も早いね」
「おはよう。四宮くんが遅いんだよ」
そうは言うが、まだ7時半だ。俺が起きるよりも先に家に来ているとなると早すぎる気がする。
付き合ってからは、なるべく早く会いたいという春風さんの要望に応え、用事がある時以外は毎朝一緒に登校することにしている。
最初は俺の準備が終わる頃に合わせて家に来ていたが、母さんが朝食をうちで食べていきなさいと言い出したのだ。
春風さん本人は申し訳ないと言っていたが、春風さんのお母さん、桜さんにも母さんから連絡を入れて、了承を得ていた。
春風さん経由でお金を渡されそうになるも、頑なに母さんは受け取らない。
娘がもう1人増えたと思うと嬉しくて、お金はいらないとの事らしい。
そんな訳で、毎朝起きてリビングに入ると、春風さんがいるという夢のような光景が完成している。
俺は春風さんの隣に座り、朝食を食べる。
腕もすっかり良くなり、無理な運動をしなければ問題ないという事で、ギプスを外して貰ったため、利き腕でご飯が食べられる。利き腕が使えることってこんなにも素晴らしい事なのか。
「ねぇ、月さん、お兄ちゃんのどこが好きなんですか?」
「えっ!四宮くんの好きなところ?」
唐突な星羅の質問に、少し焦っているようにみえる。
うーんと言いながら、母さんの方をチラチラ見ているのは、きっと母さんの前では恥ずかしくて言いにくいのだろう。
「えっと、優しいところとか、友だち思いのところとか、家族を大切にしてるところ、とか・・・かな?」
「でも顔はブサイクですよ?」
春風さんが恥ずかしそうに小声で答えると、星羅は俺の顔にダメだししてくる。
こいつ、帰ったら覚えとけよ。
だが、春風さんは違ったようで、先程の小声とは違い、今度はしっかりと声を出して反論する。
「四宮くんはかっこいいよ!」
そんな春風さんに、星羅も少しびっくりしたようで、すみませんと謝る。
「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」
咄嗟に反論したのだろう、はっと我に返り、春風さんは星羅に謝罪する。
そのあと、かっこいいと言ったことで恥ずかしくなったのか、俺をみてから顔を背けてしまった。
俺まで恥ずかしくなってきた。
「太陽は幸せ者ね。こんなに可愛くて素敵な彼女ができたんだから。絶対逃しちゃダメだからね、うちの娘にするんだから」
俺たちの様子を見ていた母さんはキッチンからそんな事を言っている。
春風さんは、うちの娘、結婚・・・?とか言って更に顔が赤くなっている。
意識すると俺まで顔が暑くなるので、急いで朝食を食べてから、準備するためにリビングを出る。
毎朝会えるのは嬉しいけど、母さんたちに茶化されるの続けるのは嫌なので、これからはもっと早く起きて、早めに家を出ようと決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます