第64話 太陽と未来 1

story teller ~中学時代の四宮太陽~


 中学2年生の4月。

 進級し、クラス替えでクラスメイトも新しく入れ替わるが、俺は相変わらず1人だった。

 特に何をした訳でもない。いじめられてるとかでもない。何となく自分から誰にも話しかけなかっただけ。

 そしたらいつの間にか1人になっていた。

 唯一の友だちの堅治も別のクラスになっている。


 ただ授業を受け、ただ給食を食べ、ただ帰る。

 それが当たり前で、そんな当たり前がこれからも続くと思っていた。


 転機は4月17日。

 その日は雨が降っていた。

 学校からの帰り道、傘をさしながら歩く人は俺の他にいない。


 川を跨ぎ、向こう岸まで続く橋の手前に差し掛かると、俺の耳は雨音の間に、別の音を微かに聞き分ける。

 その音は、教室でいつも聞く音に似ているが、僅かに違って聞こえる。

 その音を頼りに、河川敷を降り、橋の下を覗き込むと、そこに葛原未来に似た誰かがいた。

 正確には、姿形は葛原未来だが、俺には別人に見えた。


 入学当初から可愛いと噂になり、勉強もでき、スポーツも万能。常に笑顔で、誰にでも優しく、友だちも多い。

 文武両道。才色兼備。無敵の天使に、最強の女神。そんな風に言われていて、進級して俺と同じクラスになった、2年1組のアイドル。

 それが葛原未来だ。


 でも俺の目の前にいるのは、大声で、死ねや殺す、滅べ、朽ち果てろなど。思いつく限りの罵詈雑言を川に向かって叫ぶ1人の女の子だった。


 俺は時間が経つのも忘れて、そんな葛原に見とれていた。

 葛原はすっきりしたのか、叫ぶのをやめ、はぁはぁと荒い呼吸をしていた。


 俺が見ていることに気づき、はっとしたような顔をした後、クラスでよく見る、いつもの葛原未来に戻る。


「同じクラスだよね?えっと確か、四宮くんだっけ?」


 ニコニコした笑顔を顔に貼り付け、俺を見ている。

 そんな葛原の事が、少し気持ち悪く感じた。

 まるで人形のように作られた笑顔。設定されたプログラムを忠実に実行する、ロボットのように見えた。

 先程の汚い言葉を口にしている時の方が、生き生きしていて、人間に見えた。


 俺は葛原に返事もせずに、ただただ見つめる。


「四宮くんじゃなかったっけ?」


 葛原は不安そうにこちらを見ている。

 数秒経ち、俺ははっと我に返る。


「あ、えっと」


「大丈夫?」


「は、はい。大丈夫です」


「とりあえず、こっちに来なよ。そこじゃ濡れちゃうし」


 俺はみとれているうちに傘を下げてしまっていたらしい。

 既に全身が濡れていた。


 橋の下に移動した俺の顔と頭を、葛原は自分のハンカチで軽く拭いてくれる。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


 俺と葛原は、それだけ言うと、後は黙って座り込む。

 普段、家族以外の人と滅多に話すことがないため、こういう時になにを話せばいいのかわからない。


「・・・さっきの見た?」


 俺は気まづくなり、帰ろうかと思っていた矢先、葛原は聞いてきた?


「さっきの?」


「その・・・死ねとか殺すとか」


「う、うん。見たよ」


「・・・・・・忘れて。さっきのは言ってみただけというか、叫んでみただけだから」


 言いたい事を言い終えたのか、立ち上がると自分のカバンを持ち、帰ろうとする。


「あ、あの」


 俺が呼び止めると、立ち止まりはしたが振り向きも返事もしない。

 俺は立ち止まってくれたので、そのまま続ける。


「見られて嫌だったのかもしれないけど、さっきの葛原さんはすごく、その・・・素敵だと思ったよ」


 俺は素直な気持ちを伝える。

 それを聞いた葛原は、こちらを振り向きもせず、ただ一言。


「そっか」


 そのまま雨の中に消えてしまった。

 俺は葛原が歩いていった方向をずっと眺めていた。


 次の日から、俺を取り巻く環境が変わっていく。

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