第58話 頑なに

story teller ~夏木光~


 ワタシは横に座る車谷を完全に意識していた。

 今日告白してきた人だ。振ったとはいえ、嫌でも意識してしまう。


 今までワタシに近づいてくる男のほとんどは、月目当てだった。

 ワタシが男に対して最初に冷たい態度をとるのはそういう理由がある。


 だから車谷ももしかしたらと思ってしまう。

 もしほんとにワタシの事を好きだと言っていたとしても疑ってしまう。


 ワタシは注文したドリンクを飲みながら、チラリと横を見るが、当の本人は初めて来たお店に、緊張と興奮が隠せない様子だ。


「堅治くん、それ美味しいですか?少し飲みたいです」


「いや、関節キスになるから」


「気にしません。むしろ関節キスがしたいんですが」


 車谷とは反対側のワタシの横に座る2人は、付き合ってもないのにイチャイチャしているし。

 秋川も、出会った当初は嫌な奴だと思ったが、今はそうは思わない。

 涼に手玉に取られている、このやりとりを見ているのは結構好きだ。早く付き合えばいいのにと思うけど。


 月にも涼の積極性を見習って欲しい。

 ワタシから見たら、四宮も月の事が好きなように見えるが、お節介を焼かずに見守る方がいいだろう。


 それにしても車谷。キョロキョロしすぎだ。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 午後7時頃になり、俺たちは帰ることになった。

 優希くんとは駅前で別れ、逆方向の堅治とは改札で別れた。


 意外だったのが、善夜と家が近かったことだ。

 俺の自宅から、歩いて5分ほどの場所に住んでいた。

 今まで全然気づかなかったが、関わりがなかったので仕方ないだろう。


 春風さんを自宅まで送り、俺と星羅と善夜は3人で歩いていた。


「今日知り合ったばかりだけど、急に誘って迷惑じゃなかった?」


 俺は善夜が、俺たちに合わせてただけなのではないかと少し気になっていた。


「むしろ、誘ってくれてありがとう。ほんと楽しかった」


 前髪で顔がほとんど隠れているが、口元は笑っているのでほんとに楽しかったのだろう。

 俺は新しく出来た友だちが、ちゃんと楽しめたようで嬉しくなる。


「善夜さん髪切らないんですか?」


 星羅は善夜の髪が長いことが気になっているらしい。

 俺も思ったけど、なにか言えない理由があるのかもしれないから触れなかったのに。


「いや、切りたいなとは思うんだけど、どんな髪型がいいとかわからないし、なにより、床屋って苦手で」


「ふーん、そうなんですか」


 星羅は自分から聞いておいて、興味無さそうに返事をする。こいつしばこうかな。


「じゃあ今度一緒に美容院にいく?」


「えっ、美容院!?」


「一緒ならいけるかと思ったんだけど、ダメだった?」


「ダメじゃないけど、美容院ってオシャレな場所でしょ?緊張する。ボクは別にチェーン店の床屋とかでいいんだけど」


 棒有名コーヒー店に入った時も思ったけど、善夜はオシャレな雰囲気のお店や、いかにもオシャレですみたいな名前のお店が苦手なのだろう。

 善夜の中では美容院もどちらかというとオシャレなイメージなのかもしれない。


「行ってみたら意外と大丈夫だと思うよ?髪を伸ばしてる理由が特にないなら今度いこう。堅治も一緒に3人で」


 俺の提案に対し、わかったと言ってくれた。


 話しながら歩いていると、善夜の家に着いたので、俺と星羅の2人になる。

 星羅は家が近づくにつれ、元気が無くなっているように見える。


「なんか元気ない?大丈夫か?」


「・・・お兄ちゃんさ、もし今日もお母さんが優希くんと別れろって言ってきたら味方してくれる?」


 なるほど。それで元気がなかったわけか。


「まぁ元はと言えば俺が母さんに話したのが悪いし、俺個人としてはお前と優希くんが付き合うことに反対ではないからな。母さんが納得するかはわからないけど、味方はするよ」


「ありがと。朝は怒ってごめん」


 ちゃんと謝れる、素直で可愛い妹だ。

 俺も勝手に話してごめんなと伝える。


 家に着いたのが午後8時前。

 母さんには、みんなで星羅と遊んで帰ることを伝えている。


「ただいま」


 リビングの扉を開けて、俺と星羅は2人で母さんに声をかける。


「おかえり。ご飯すぐ食べる?」


「うん、ありがとう。食べるよ」


「もうお腹空いたぁ〜」


 母さんはすぐにご飯をテーブルに出してきてくれる。

 俺たちがご飯を食べてると、やはり母さんは星羅に優希くんの話をしてきた。


「優希くんとは別れたの?」


「なんで?」


「朝も話したでしょ」


「嫌だっていったじゃん」


 お互いに、別れろ、いやだで譲らない。

 そんなやり取りが何度か続き、星羅は俺にアイコンタクトをしてきた。

 話に入って味方しろということだろう。

 母さん相手だと大変だろうけど、やるだけやってみるか。


「母さん。今日も優希くんと会ったけど、別に別れる必要はないと思うよ」


「太陽まで何言ってるの。葛原さんが関わってるんでしょ?」


「朝も話したけど、関わってるのは関節的にだし、それに優希くんは葛原の事知らないらしい。別れるって判断するのはまだ早いと思う」


 それでも母さんは引かない。

 表面上は冷静に見えるが、内心はそうでも無いのだろう。


「俺と春風さん、夏木さんもついてるし、堅治もいるんだ、母さんが心配するようなことは起こらないよ。なにかあっても俺たちが星羅を守るし」


「それでもよ。私は反対よ」


「母さん。星羅も優希くんもちゃんと節度を守って付き合ってるから。もう少し考えてあげてよ」


 俺が何を言っても聞く耳を持たない。

 こうなると母さんは折れそうにない。


 その後も星羅と俺、母さんの話は続いたが、最終的には星羅が泣き出して部屋に篭ってしまった。


「母さん。心配してくれてるのはわかるし、ありがたいけど、許してあげられないの?」


「ダメよ。葛原さんと少しでも関わってるなら」


 俺のせいでこうなったのだから、どうにかしてあげたいが、現状難しいだろう。

 もう星羅には隠れて付き合ってもらうしかないかもしれない。

 そう思いながら、部屋に戻る。


 そして、次の日。

 土曜日で学校が休みなので、朝から遊びに出かけた星羅は、母さんと約束した午後8時を過ぎても帰らなかった。

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