第32話 自室にて

story teller ~寄宮花江~


 わたくしには、冬草涼という友だちがいる。

 最近友だちになったばかりだ。


 わたくしの存在が邪魔なはずなのに、それでも素直に、バカ正直に自分の気持ちを伝え、その上でこんなわたくしと友だちになりたいと言ってくれた人。

 そんな優しい人の恋路をこれ以上邪魔したくない。

 その点で言えば、この結果は最善だったのかもしれない。

 自分の幸せを願うなら、最悪の結果だ。

 だけど、そんな優しい人にだからこそ、任せられると言うのなら、結局はどちらも最善なのかもしれない。


 もっと早く出会えたら、もっと早く友だちになっていたら、もっと違う未来があったかもしれない。

 そう思うと少し後悔してしまいそうになる。


 結局は1番警戒していた、の手のひらの上だった。

 わたくしの不安を煽り、冬草さんに出会い、そして、堅治さんに会えない寂しさ、不安。そういった負の感情でひらいた心の隙間に男をねじ込んできた。


 わたくしの女の部分は。弱った心は、いとも簡単に男を受け入れてしまい、1度受け入れるともう抗えない。あとは堕ちるだけだった。

 悔しいが、全てあの女の筋書き通りなのだろう。わかっててもそれをなぞってしまった。


 きっとあの女は堅治さんへの嫌がらせのためだけにここまでの事をしたのだろう。


 あの女は最終的に、太陽くんを手に入れようとしてくるはずだ。


 わたくしに出来ることは、あの女。葛原未来くずはらみらいに気をつけろと忠告することだけ。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 夏休みも半分が過ぎ去り、俺は家でダラダラと過ごしていた。


 海に行った日以降、予定を立てていた訳でもないので春風さんたちとも会ってない。


 一昨日、堅治を遊びに誘ってみたがメッセージは未読のままである。

 花江さんと旅行でも行ってるんかね。


 そう軽く考え、何度もクリアしているゲームを起動しモンスター狩りをしていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴る。


 来客か。くらいにか思ってなかったが、母さんが玄関をあけて、なにかを話す声が少し聞こえたあと、階段を上がる足音がする。


 星羅の友だちかなと思ったが、部屋の前で音が止まり、コンコンと扉をノックされる。

 誰だろう。


 扉をあけると、春風さんが立っていた。


「あ、えっ?春風さん?なんで?」


「こんにちは、四宮くん。今日はちょっと聞きたいことがあって」


「メッセージでも良かったのに」


「あっ、いや、そうだよね、そうなんだけどね。ちょっとその近くに寄ったからというか、四宮くんにも会いたかったというか、ううん、なんでもない!」


 早口になり、焦ったように手をワタワタさせている。

 凄く可愛い。もう春風さんのどんな行動でも可愛い。恋って怖い。


 ん?会いたかった?


 春風さんが言ったことを思い出し、少し意識して顔が熱くなる。きっと友だちとして会いたかったってことだね。そういうことにしよう。


「とりあえず部屋に入る?」


「うん、ありがとう」


 お邪魔しますと部屋に入るやいなや、春風さんの目が輝く。


「あの、あれって」


「うん、前家に来た時にやったRPGの新作だよ」


「あれってやってもいい?」


「うん、俺は何度もクリアしてるから最初からしても大丈夫だよ」


 そういうと春風さんはすぐにモニターの前に座り、コントローラーに手を伸ばす。


 その時に気づいた。俺が部屋着である事に。

 ヨレヨレのTシャツ。色褪せた短パン。これはまずい。

 そう思い、春風さんに声をかける。


「春風さん。俺着替えたいんだけど」


「あっごめんね、じゃあ部屋出て待って――」


 春風さんは急いで立ち上がろうとし、コントローラーを踏んでバランスを崩す。


 危ない!


 俺はすぐに春風さんに抱きつき衝撃に備える。


 ドンッと鈍い音がなり、痛みが背中と肩に走る。


「春風さん、大丈――」


 俺が閉じていた目を開くと、目の前に春風さんの顔があった。お互いの鼻が触れそうな距離。離れることが出来ない。離れたくない。


 やばい、このままだとほんとにやばい。


 わかってはいても好きな女の子の顔が目の前にある。今ならキスできる。欲望と理性がせめぎあい、欲望に身を任せそうになったその時。


「すごい音したけど、大丈夫!?」


 母さんが入ってきた。


 俺と春風さんはお互いに扉に目を向ける。

 あっこの状態はまずい。


「あ〜お邪魔しました〜。ごゆっくり〜」


 そういって母さんは扉を閉めた。


 俺と春風さんは急いで離れ、俺は誤解を解くために部屋を飛び出したのだった。

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