第31話 皇家の呪い・2

 アレシアはゆっくりと目を開けた。


 淡いベージュに塗られた天井。ペールグリーンのカーテンが、外の明るい日差しを遮っている。

 アレシアが体を起こすと、同じくペールグリーンのシーツとカバーがさらりと鳴った。


 いつの間にか見慣れてしまった、帝都アンジュランスの宮殿に用意された、自分の部屋だ。


 何時だろう、とアレシアは首を傾げる。

 少し体がだるいのは、眠りすぎたからだろうか?

 なんだかずいぶん、時間が経ったような気がするのだ。


 アレシアが部屋の中を見渡していると、不意ふいに扉が開き、小柄なネティが飛び込んできた。


「アレシア様!!」

 目をうるませながら、ネティがアレシアの両手をしっかりと握った。


「なかなか目を覚まされなかったので、心配いたしました……! よかった、皆さん心配されています。早速護衛の騎士の方にカイル様のところまで報告に行ってもらいましょう」


 カイル?


 アレシアの記憶が少しずつ戻ってくる。

 そうだ。オブライエン公爵邸から逃げようとして捕まり、わたしはオブライエン公爵と、そしてカイルとも同時につながって、過去をてしまったんだった。


「アレシア様、すぐにお茶をお持ちいたしますね。まずはゆっくりなさってください。お話はその後に……細かいところもありますから、カイル様から直接聞かれた方がいいでしょう」

 そう言うと、ネティはにっこりと笑って、寝室を出て行った。


 再び部屋に1人になって、アレシアは頭の中をぐるぐるする様々な考えに翻弄ほんろうされた。


 カイルは無事だったのだろうか?

 オブライエン公爵は?

 オリバー先生は?


 そしてあの毒薬、黒の封印はどうなったのか?

 そうだ、アレキサンドラもどうなったのだろう?

 彼女はどこまで知っていたのか。


 それに、アレキサンドラには、荷物を預けたんだったっけ。

 アレシアが麻の長衣の上に重ねていた、絹のチュニック。

 カイルがアレシアに贈ってくれた絹刺繍の飾り帯。


 ちゃんと覚えていて、保管してくれているかな……?

 アレシアは思いつくままに、そんなことを考えていた。


「そうだ。お祈りをしなくちゃ。皆の想いを、浄化できるように……。神殿に行かなくちゃ」


 しかし、そうつぶやいてベッドを出た途端とたん、アレシアは急いでやってきたカイルに、ぎゅっと抱きしめられてしまった。


「カイル様……?」

 アレシアは驚きながら、カイルのふところからカイルの顔を見上げた。


「アレシア、大丈夫か? 気分は悪くないか? あの後、あなたは意識を失ってしまって。それにかなり体力を消耗しょうもうしてしまったように見えた。あなたは3日間も眠っていたんだよ」

「えっ!?」


 アレシアが驚いて思わず顔を上げる。


「エドアルドも、サラも、もちろんネティも、皆あなたのことを心配していた」

「あ……」


 急なことばかりで、ぐるぐると目が回る。

 アレシアがふとため息をついた。


「カイル様も、あれ、を見たのですか?」

「あれ、とは。あなたがオブライエンに触れた時に見えた映像のことか?」


「はい。あの映像は、わたしがいつも参拝者の方につながって祈る時に見えるものなのです。でも、今回のように、他の方も巻き込んで映像を見たのは、初めてで……。カイル様にも見えたのですね」


「そのようだ。もちろん、私も驚いたが……。アレシアはあんな映像をいつも見ているんだな」


 そう言われて、アレシアは困ったような顔になった。


「そうですね。わたしにとっては、自然なことで。いつもはあの後に、一緒に祈るのです。その過程かていで、浄化が行われて、皆さん、気持ちが楽になっていくのかと思います」


 カイルはうなづいた。


「あの……、今回関係した方々と、改めてお祈りしたいと思っているのですが、可能でしょうか? 例えば、カイル様もそうですし、オブライエン公爵、アレキサンドラさん、オリバー先生……それに、何かゆかりのものがあれば、すでに亡くなった方の想いも、浄化することができます。例えば、エレオラ伯母様とか……」


「オブライエンは今回のことで、すでに逮捕されて、裁判を待つ身だ。アレキサンドラとオリバーは謹慎きんしん中ということにしてある。今後どうするか、検討しているところだ」


「そうですか……」


 アレシアがうつむいていると、頭をぽん、と叩かれた。


「私が聞いてみよう。もし、先方が同意したら、私も同席の上、あなたに浄化を行ってもらおうと思う」


 アレシアは顔を上げた。


「でもまずは体を休めてから。誘拐ゆうかいされた時に与えられた薬物の影響が残っていたら大変だ」

「わかりました。ありがとうございます」


 アレシアが笑った。

 その笑顔は、アレシアが帝国に来てから初めて見せた、晴れやかな笑顔であったかのように、カイルには思われた。


 それからアレシアは少しずつ、普段の生活に戻って行った。

 今までと同様、午前中は神殿で過ごし、午後は勉強をしたり、街へ視察に出たりする。


 1つだけ、以前と変わったのが、サラの不在だった。

 アレシアが誘拐ゆうかいされた際に軽いケガをして、農園で養生していた。ケガが治ったら、追加訓練をして、改めて職務に復帰する、とエドアルドがアレシアに約束してくれた。


 サラが不在の間は、新たにベテランの騎士が1人、アレシアに付くようにカイルが手配した。


 安全面での問題から、アレシアを自身から遠ざける必要がなくなったカイルは、アレシアと食事を共にしたり、午後にゆっくりとお茶の時間を楽しむようになった。


 2人で他愛ない話をしたり、一緒に外出することも増えた。

 アレシアとカイルは順調にお互いの距離を埋めているように見えたのだった。


 そんな中でカイルは、神殿主しんでんしゅを失った神殿の人々から、アレシアが次の神殿主となることを期待されているのに気が付いたりした。


 当の本人であるアレシアは、周囲の期待に気づきつつも、今はあえて普通の暮らしを大切にしている、そんなように見えていた。


「そろそろ、結婚式の日取りを決めた方がいいのではありませんか?」


 突然言い出したのは、エドアルドである。


「もう障害はなくなったと思うのですが、お2人とも結構奥ゆかしいのですね? それに、アレシア様のお誕生日、この騒ぎの中で過ぎてしまったと思います。成人を迎えられる特別な日でしたので、そこで改めてのプロポーズなどもよろしかったとは思うのですが……今回は仕方ありませんが、少々タイミングが悪かったですね」


「む」

 カイルは少し不満げな表情を見せたが、そこは持ち前の冷静さでカバーする。


「アレシアはまだオブライエンやオリバー、アレキサンドラと話したいと言っているんだ。それで区切りが付くのではないかと思って、まだそうした話はしていない」


 すると、エドアルドは顔を上げた。


「……少なくとも、オブライエン公爵にお会いになるのは無理ですね。ちょうど、刑が決まったところです。決済けっさいの書類が回ってきていますよ」


 カイルが渡された書類を開く。


「ヘンリ・オブライエン元公爵、流刑」

「彼はもう面会者を受け付けていませんよ」


 エドアルドはそう言った。静かな声だった。


「あとは生涯しょうがい、辺境の施設で暮らすことになります」

「そうか……」


 そう言ったカイルの表情には、確かに、悲しみの色が見えたのだった。

 先代皇帝の弟。現皇帝の叔父にして、帝国宰相にまで上り詰めた男が辺境でただ1人、老いていく。

 それがオブライエンの人生最後の姿だった。




========

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


事件の真相が明らかになったことで、アレシアとカイルは、この後、いよいよ2人の関係に向き合っていきます。


もし少しでも気に入っていただけましたら、ぜひお星様にて評価いただけますと嬉しいです。


引き続き、最終話まで、ぜひ物語をお楽しみくださいませ♡

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