第30話 老師の贖罪

 ランス帝国帝都アンジュランス。

 宮殿の隣に建てられた女神神殿分院めがみしんでんぶんいん

 それはアレシアがオブライエン公爵邸から保護される数時間前のことだった。


 神殿の奥にある神殿主しんでんしゅ執務室では、神殿主オリバーが力なく椅子に体を預けていた。


 前に置かれたテーブルには、2人分のお茶の支度がしてあった。

 茶碗からはまだ湯気が上がっている。

 つい先程まで、オリバーは客人を迎えていたのだ。


 ランス帝国の若き皇帝、カイル。

 カイルは突然訪ねたことを謝りながら、言った。


「アレシアが行方不明になった」


 オリバーの心臓がね上がり、思わずカイルをまじまじと見つめる。


「いつものように神殿から街に出て、そこでさらわれたのだ。私には、心当たりがある。それが正しいかどうか、知りたい。オリバー、話す気はあるか?」


 オリバーの顔が青ざめた。


「アレシアとはもともと、あなたに話を聞こう、と話していたところだった。だが、相手の動きの方が早かった」


 カイルはオリバーから目を離さず、言葉を続ける。


「オリバー、あなたは皇家の呪いを調べていた私達を幾度となく助けてくれたね? 資料もさりげなく用意してくれていた。あなたは……私達に真相を見つけて欲しかったのか? あなたは……私達に、オブライエンが犯人だと伝えたかったのか?」


 オブライエンの名前を聞いて、オリバーはがっくりと、椅子の上で崩れ落ちた。

「まだ間に合うかもしれない。陛下、どうぞアレシア様を、助けてあげてください」


 カイルはうなづいた。


「私がこの年齢になってもまだ、神殿にお仕えしているのは、贖罪しょくざいのためです。私が、毒薬『黒の封印』を作りました。皇家に代々伝わっているレシピを使って。それがオブライエン公爵の依頼でした。そして多くの人の命を奪ったのです。それは恐ろしいことです。神殿に、創世の女神に仕える人間であるはずなのに」


 オリバーは両手で顔をおおった。


「私はアレシア様をよく知っております。まだお小さい頃から、アレシア様の教育係に任命され、毎日、あの愛らしい、才能に満ちあふれた姫君と勉強を進めたのは、この上ない喜びでした。やがて、神殿の姫巫女として成長されました。そして、月日が流れ、アレシア様が帝国に嫁がれることを知り……私は文字通り震えたのです。私はようやく目が覚めたのです。この皇家の呪いは、アレシア様のお命をも奪うでしょう。私には耐えられないことでした。そして、私は皇家の呪いを終わらせようと決めました。陛下」


 オリバーは真っ直ぐにカイルを見つめた。


「どうぞ私を捕らえてください。何でもお話しします。私は私の犯した罪を認め、同時に、オブライエン公爵を告発いたします」

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