第26話 誘拐・1

 意識が浮かび上がったり、また深く沈んでいったりする。

 頭がズキズキと痛む。


 アレシアは不快な感覚に包まれていた。

 最後に見えたのは、何か叫んでいるネティの顔と、必死にアレシアに向かってこようとする、サラの顔だった。


 2人の背後には、3人の騎士が地面に横たわっている。

 サラが短い、小ぶりの剣を握っているのが見えた。

 赤い血が飛んだ。


 サラの身体がぐらりと傾くと、黒装束くろしょうぞくの騎士と重なるようにして、地面に倒れ込んだ。

 アレシアは声にならない叫び声を上げ、そして再び、意識は深く沈んでいったのだった。


「目が覚めましたかな。まだまだ意識は混乱しているでしょう? 心配しないでいいですよ。時間はありますからな。ゆっくり……ここで休まれると良い」


 その声には聞き覚えがあった。

 自分を見つめ、ニヤリと笑う、緑色の目が見えた。


「オブライエン公爵……?」


 オブライエンはうなづいた。

「今はまだ、殺しはしませんよ? 少々時間をいただきましょうかな。あなたにどれほどの価値があるかはわかりませんが。まあ、ここから逃げ出そうとは考えないことです。もっとも、その体ではまともに動けますまいが」


 そう言うと、オブライエンは部屋を後にし、ガチャリ、と重い鍵を下ろす音が響いた。

 アレシアは深いため息をつくと、沈みゆく意識に体を任せたのだった。


 * * *


「カイル様、申し訳ございません……!!」


 皇帝の執務室に、服は汚れ、血が付いたサラが膝を付いている。

 その隣には、サラの身体を支えながら、必死で涙をこらえるネティが震えていた。


「アレシア様が……陛下、どうぞアレシア様をお助けください……!」

 ネティが声を振り絞って訴える。


 エドアルドはすぐさま表情を厳しくすると、執務室の扉を開け、警護の騎士に誰も入れないように指示をした。


「ネティ、サラ、まず座ってくれ。そして話を」


 ネティは言われた通りに座ったが、サラは服が汚れているから、と椅子に座るのを断った。


 エドアルドが気を利かせて、サラの血のにじんだマントを受け取り、上から自分のマントを羽織らせた。


「陛下、申し訳ございません。本日、アレシア様はいつも通り神殿でお務めをされた後、街に出られました。そこで何者かに待ち伏せされており、アレシア様は何かの薬物を鼻と口元に当てられたようで、意識を失われました」


 サラは苦しげに説明した。


「護衛の騎士3人は不審者に対応したものの、相手はかなりの腕前で、負傷し、私も不審者に対応している間に、アレシア様を連れ出されてしまいました。私の責任です……! 大変申し訳ございません……!」

 サラは歯を食いしばって謝罪し、床にひれ伏した。


 しばらく沈黙が流れた。


「……アレシアは必ず助け出す。まだ時間はあるはずだ。私は神殿主オリバーに会いに行く」

「カイル様……?」


「エドアルド、何人か見繕みつくろって、オブライエン公爵邸を監視しろ。サラはまず、怪我の手当を受けること。それから、変装した上で、見覚えのある騎士がいるかどうか、調べてくるんだ」


「承知いたしました」

 エドアルドとサラが退出する。


「ネティ」

「はい」


 ネティが涙にれた顔を上げた。


「アレシアは病気で療養中ということにする。いつでも、アレシアが帰ってきてもいいように、準備しておいてくれ」

「は、はい……! かしこまりました」


 カイルはうなづくと、神殿主オリバーに会いに行く準備を始めた。


 * * *

 

 そうして長い時間が経ったと感じられた時、アレシアは目を覚ました。

 目を開けると、自分が大きな部屋のベッドに寝かされていることに気づく。


「……痛っ」


 起き上がると、軽い頭痛と目眩めまいがする。

 アレシアはゆっくりと目を開いて、周囲を見回した。


 ベージュの絨毯じゅうたんに、クリーム色のカーテン。

 部屋に家具は少ないが、けして粗末な部屋ではなく、ベッドもベッドリネンも質の良い高価なものが使われているようだ。


「……オブライエン公爵邸……?」


 意識が朦朧もうろうとしている中聞いた、オブライエン公爵の声は本物だったと思う。

 であれば、今自分はオブライエン公爵邸にいるのは明らかなように感じられた。


 アレシアは足を床に下ろした。

 アレシア達が襲われたのは、街歩きをしている時だった。アレシアはその時のままの服装をしている。


 履いていた革のサンダルがベッドの下に置かれている。

 ドアに手をかけ、ノブを動かしてみるが、当然の如く、ドアは開かなかった。

 次に大きな窓に向かう。


 カーテンをめくると、外には美しい庭園の景色が広がっていた。

 しかし、窓には鍵がかかっていて、やはり開くことはできない。


 開けたとしても、アレシアのいる部屋は少なくとも4階部分にあるようだ。

 とても、外に飛び出していける高さではなかった。

 アレシアは震える足で、再びベッドに戻り、腰をかけた。


「……どうしよう。ネティ、サラ、カイル様……皆無事かしら……」


 アレシアは広い室内を動き回っていた。

 時折、ドアに耳を付けて部屋の外を伺ってみるが、見張りらしい人間はいないようだった。


 アレシアが目覚めてからは、1度、騎士が水とパンを持って来てくれた。

 それ以来、誰かが来る気配はない。

 アレシアは再度窓を確認し、鍵を開けられないか、試みてみた。

 天井も調べたかったが、部屋に置いてある家具に乗っても、天井までは手が届かない。


「やはり窓から……」

 アレシアは呟くと、再び、窓を調べ始める。


 その時だった。

 不意にドアが開き、誰かが入室してきた。

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