第25話 行方不明

 カイルは久しぶりにアレシアと直接会って話そうと思いついた。


 エドアルドを通し、アレシアが古い記録を読んでいることを知っていたし、自分もわかる範囲で当時の記憶を辿たどり、記録にも目を通していた。

 そろそろ会って、直接情報交換をする時だろう。


 カイルは母の死、そして続くエレオラの死の記憶を改めて辿たどっていた。

 とはいえ、カイルの母が死亡したのは、彼がまだ5歳の時。

 異母兄弟達が死亡したのは、7歳、エレオラが死亡したのは、8歳の時。

 父である皇帝の死亡は12歳の時だ。


 自分の記憶だけではなく、カイルは自分より年上であるエドアルドにも改めて話を聞いた。

 そうして、確かだと思えることは幾つかある。


 死亡した兄弟達も含め、共通点は黒く変質した皮膚。医師の見立ては流行性の風土病、死病だ。

 しかし、彼らを介護した皇宮の使用人や召使いに被害者が出なかったのはおかしい。彼らの中には、直接、被害者を看病した者も含まれるからだ。


 自分自身は感染から避けるために、彼らからは遠ざけられていた。

 もっとも、カイルは皇帝が死亡するまではずっと宮殿から離れ、農園で暮らしていたのだ。


 あれは本当に病気だったのだろうか?

 あるいは、毒だろうか。しかし、毒物は検出されていない。


 カイルは神殿に花を奉納ほうのうすることにして、エドアルドを伴い、神殿に向かった。

 聖堂の中に入ると、いつものように参拝者と共に祈るアレシアの姿があった。


「これは皇帝陛下。お久しぶりでございます。お元気でいらっしゃいましたか?」

 神殿主のオリバーがカイルを見つけてやってきた。


「今日はこの花を奉納ほうのうしに来た」

 カイルの言葉に、オリバーが礼を取る。


「ありがとうございます。早速、祭壇さいだんに飾らせていただきましょう。陛下は私の執務室でお待ちください。姫巫女様にぜひ会っていらしてください。姫巫女様もきっとお礼を申し上げたいはずです。そろそろお務めを終えられる頃ですので」

「わかった」


 にこやかな笑顔で、1人の神官が近づき、カイルとエドアルドを神殿主しんでんしゅの執務室へと案内した。


「カイル様」


 アレシアが執務室に来たのはそれから20分ほど経った頃だった。

 急いで戻ってきたのか、心なしか頬が赤く、息が切れていた。


「お花を……美しいお花をありがとうございました。参拝者の皆様方もとても喜ばれて。口々に褒めていらっしゃいました」


「礼には及ばない」

 カイルはそう言うと、アレシアに椅子に座るように促した。


「お務めの後で疲れただろう。まず座ってくれ。話はそれから」

「アレシア様、そうですよ。少しは休憩きゅうけいしませんと。陛下、アレシア様は最近、夜中まで色々な資料に目を通されているのです」


 ネティがてきぱきと熱いお茶を用意しながら言った。

 サラとエドアルドは壁際に置かれた椅子に腰を下ろす。


「何か、見つかったか?」

 カイルの問いにアレシアはうなづいた。


「あくまで予想ではあるのですが」

「カイル様。私達は外で待ちましょう」

 体を浮きかけたエドアルドとサラに、カイルは首を振った。


「いや、構わない。一緒に状況を見てほしい」

「ネティは大丈夫ですか?」

 アレシアは心配そうに言った。


「ネティも構わない。知っておいてもらった方がいい」

 アレシアはうなづいた。


「まず、あなたの話から聞こうか、アレシア」


 アレシアはこくん、とうなづくと、話し始めた。


「神殿で、一緒に祈らせていただいた時に伺いましたが、『黒の封印』についてのことです。カイル様はご存知ない、とおっしゃいました」


 カイルはうなづいた。


「あれから、歴代の皇帝の手記などを読み、そこにも『黒の封印』について書かれた箇所かしょを見つけたのです。それから色々と考えてみたのですが、皇帝の後継を中心に、皇家の人々が死んでゆく。皇家の呪いには、風土病だとされている、伝染病が関わっています。しかし、もしそれが風土病ではなく、毒物だとしたら? 『黒の封印』という名前の、代々皇家に伝わる秘伝である毒薬だとしたらどうでしょう?」


「私も、その可能性は考えた。伝染病と言いつつ、皇家以外の人間に被害は出ていなかったからな。しかし、私は父である先代の皇帝から、何も聞いていないのだ」


「先代皇帝が崩御ほうぎょされたのは、カイル様が12歳の時。まだ未成年でした。それで、もしかしたら、成人した皇家の人々にのみ伝えられたのではないか、と考えたのです」


「そうすると……もし、今誰かが『黒の封印』を知っているとすると、父の弟であるオブライエン公爵か……?」


「はい。その可能性は高いのではないかと」

 アレシアは静かな声で言った。


 部屋は静まりかえっていた。誰も声をあげない。


「そしてもし……オブライエン様以外で、その薬を知っている人物があるとすれば、神殿にいるのではないか、と思っています」


「な!?」


 アレシアはカイルを見つめた。


「神殿には治療院が併設されていて、薬も調合します。それは男性の神官の仕事なのです」


「アレシア……」

「オリバー先生に話を聞きましょう」


 アレシアが言う。


「皇家の呪いとは、もしかしたら心の弱きものが身内に使った悲劇ではないかと」

 アレシアが考えながら、注意深く言葉を選んでいる。


「もし今、黒の封印を知る人物がいるなら。先代皇帝はもういません。カイル様は未成年だった。先代皇帝にも仕えた人物、となると、オリバー先生ではないかと考えております」


 オリバーは、緑の谷の神殿で、アレシアの先生を務めた神官だ。しかし、今は帝国の神殿の祭主であり、以前も帝国の神殿で仕えていた。

彼が何かを知っているかもしれない。


「わかった」


 カイルはオブライエン公爵について考えていた。

 もうあまり時間はないはずだ。


「アレシア、くれぐれも身辺に注意してくれ。皇家の呪いで継承者けいしょうしゃが死ぬのなら、皇帝の妃となるアレシアが狙われるのは自明のこと」


 カイルははっきりと言った。


「近いうちに、神殿主と話す機会を設けよう。その時はあなたも来てくれ」

「わかりました」


 そう言っていたアレシアだが、その後カイルがアレシアに会うことはできなかった。

 会いに行く前に、アレシアが行方不明となってしまったのだ。カイルは急遽きゅうきょ、1人で神殿へと向かうことになる。

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