第3話 若き国王、クルス・リオベルデ

「お兄様!」


 神殿の一角に造られた客間に、アレシアは飛び込んだ。

 神殿には、神殿に仕える者のための区画があり、巫女と男性神官、それぞれのための宿舎が造られていた。

 その他に、会議室や内外の客人を迎えるための客間なども用意されている。


「アレシア」


 巫女の宿舎から駆けつけ、アレシアが客間に入ると、膝丈のチュニックに帯を締め、乗馬用の短めの丈のマントを傍に置いて、リオベルデ王国の若き国王、そしてアレシアの実の兄であるクルス・リオベルデが椅子に腰掛けていた。

 クルスは立ち上がると、やさしくアレシアを抱きしめた。


「久しぶりだね。元気で過ごしていた?」


 その声と同じく、やさしい顔立ち、ブラウンの髪にヘイゼルの瞳のクルスと、銀色の髪と深い青の瞳のアレシアは、一見、まったく似ていないように見える。

 しかし、2人の間に感じられる労りと信頼の絆に、たしかに兄妹だと感じることができるだろう。


 それにーー。

 2人の両親を知る人にとっては、疑う余地すらないだろう。

 アレシアは思う。


 クルスは父に、アレシアは母にそっくりなのだ。

 昨年他界した父は、早くに亡くなった母の分も2人の子供達を心から愛しんでくれた。


 国王の重責を担う父は多忙を極めていたが、それでも精一杯、父親としての時間を作った。

 そんなやさしい父は、クルスと同じ、ブラウンの髪とヘイゼルの瞳をしていた。


 一方、母はアレシアと同じ、銀色の髪と深い青の瞳。

 リオベルデ王国の王家では、王女達のほとんどが巫女として神殿に仕える。中でも、神話にも登場する創世の女神と同じ銀色の髪を持って生まれた王女は、とりわけ力が強い存在であり、姫巫女として尊ばれるのだった。


 アレシアはまだ子供のうちに王宮を離れ、緑の谷にある女神神殿に迎えられ、聖なる姫巫女としての務めを果たしてきた。


「ええ。……お兄様にお会いできて、本当に嬉しいです。でも」

 アレシアは微笑んだ。そして、かすかに首を傾ける。


「お知らせもなく国王陛下が直々にお出ましになるなんて……何か、大変なことが?」


 クルスは勘のいいアレシアの手を取って、椅子に座らせた。

 アレシアは美しい少女に成長した。


 白い肌はきめが細かく、艶やか。創世の女神と同じく銀色の髪を受け継いだ姿は、彼女が特別な存在であることを見る者に伝える。

 そして大きな青の瞳は、理知的で、銀の髪と相まって、神秘的な印象を強く与えた。


 しかし、アレシアを幼い頃から知るクルスは、アレシアがただの神秘的な姫君ではないことをよく知っている。

 アレシアは感情豊かな少女であり、驚くほど行動的で、実際家な側面を持っているのだ。


 自分ではどこにも行けない、華奢で繊細な姫君ではなく、どこまでも文字通り自分の足で歩いていける、そんな強さを持った少女だった。


 まるで神殿の中を、生き生きと飛ぶように駆けてきた姿がその証拠。

 女神神殿のある緑の谷を子供の頃から自分の足で駆け回り、この土地でアレシアが知らないことは何もない。


 クルスは困ったような、反面どこか誇らしげな様子でアレシアを見ると、そばに控える侍従じじゅうから1通の書簡を受け取り、アレシアに差し出した。


 アレシアはクルスにとって、可愛い妹であり、正直どんな姿をしていても、愛しくて仕方ないのだ。


 その一方で、姫巫女という重責を十分以上に担っているアレシアの賢さ、実力、そしてその誠実さを国王として信頼していた。


 その書簡に押された、2頭のわしの紋章に、アレシアはクルスを見つめた。

 それはリオベルデ王国の宗主国そうしゅこく、ランス帝国の紋章だった。




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ぜひ物語の続きをお楽しみください。

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