いじめ-壱

忌避感ってあるじゃないですか。

例えばご飯が盛られた茶碗に箸を突き立てるとか、道端に咲いている花を踏みつけるとか。別に犯罪ではない、人に見られたら咎められるかもしれないけれど誰も見てなければ構わない、でもやりたくないこと。

僕の知り合いにどうしても「鏡」を見たくない奴がいたんですよ。どうしても見たくない、見るくらいならば死んだ方がマシだって豪語するレベルで。

ちょっと視界に入るとかなら問題ないみたいなんですけどね、それと少し映るくらいなら。ただ鏡とちゃんと向かい合うのが嫌みたいで。美容師をわざわざ個人で雇って鏡のないところで髪を切ってもらったり、公共トイレで手を洗う時も絶対顔を上げずにジーッと洗面台見てるんですよ。

でもそんなの、傍から見たら面白いじゃないですか。こいつは鏡を見たらどうなっちゃうんだろうって気になっちゃうじゃないですか。

だから、ある日友達数人に協力してもらって、そいつに鏡を見せてやることにしたんです。やり方はシンプルで、そいつを数人が羽交い締めにして、一人が鏡を見せる。それだけ。


で、僕が見せる担当したんですけど、そいつ面白いくらいに抵抗して。鏡を見た瞬間、火がついたように泣き出したんですよ。

成人男性がですよ、もうそれはそれは大泣きして。恥ずかしげもなくぎゃあぎゃあ泣き始めて、一向に泣き止まない。何とかして泣き止ませようとしているうちに、パタンと倒れてそのまま寝始めたんですよ。

仕方がないからそいつの親呼んで、そのまま連れ帰ってもらったんだけど。親もずっと僕らにぺこぺこ頭下げて面白かったですね。


後から聞いたんですけど、そいつ言葉を喋ることも理解することもできなくなっちゃったみたいで、突然泣き始めて、あやされて、メシ食って、寝てを繰り返してるらしいです。まるで産まれたての赤子みたいに。それを親がずっと面倒見てるみたいで。いやー、大変そうですよね。


で、その時あいつのこと羽交い締めにしてた友人の一人から聞いたんですけど、鏡に映っていたの、そいつの顔じゃなかったみたいなんですよね。

20歳くらい若くなったあいつの両親がこちらを覗き込むように見つめていたんですって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る