小学生 後編
私はね、昔はね、君と同じように一人だったの。独りぼっちだった。孤独を抱えて生きてきていたの。親は母親だけ。父親はね、妊娠した母だけを置いてどこかへ逃げてしまった。そして、一人で私を産んだ母は、私のことをよくいじめていたのよ。ごはんだってまともに食べたことはなかった。常におなかをすかせていた。親の帰りが恐かった。なにかされるのではないのかって。
道すがらに通る家族を見るとすごくうらやましかった。父親もいて、母親とも仲がよさそうに3人で歩くその姿がすごくうらやましかった。憧れだった。いいなって。わたしもそんな家族を夢見ていた。
母親はよく家に男をつれこんでいた。柄が悪そうな男やおっさんだったり、いろんな男をとっかえひっかえしていた。
そして、その男がやってくると私は家を追い出されていた。ぼろいアパートの廊下でその二人の愛の慰めが終わるのを、膝を抱えて待っていた。
母親の耳をつくような、吐き気を感じるような甲高い嬌声。一室から漏れ出すそれを私は耳をふさぎながら、聞こえないようにしていた。
事が終わると男は私を見下ろして、鼻で笑っている人もいた。同情して、中にはお小遣いをくれる人や、お菓子をくれる人もいた。
母親は私に対して愛情のかけらもなかった。毒物でしかなかった。一度も好き、愛しているなどとは言われなかった。嫌い、死ね、産まなきゃよかった。
そんな罵詈雑言を浴びせられ続けていた。
私は親からの愛情がほしかった。どんなにくだらないことでもいい、家族の話がしたかった。楽しく話したかった。家族の輪というのを感じたかった。だけど、私には父親はいない。顔すらも知らない。名前だって。
そんな私が人から愛されるなんて想像もつかなかった。愛ってなんだろう? 人から愛されるってなんだろう? 人を愛すって何だろう? そんな疑問を抱きながら私は大きくなっていった。
私が大人になっていくにつれて、周りの男性たちが見る目が変わっていったのを知っている。いや、理解できるようになったのだ。
私のことを好きだって言って。付き合ってほしいと。
私は色々な人と付き合っていくことになる。
みんな好きだって。愛してるとかいって、私に近寄ってくる。
でも、私にはその言葉が何も響かなかった。響いてほしかったのにもかかわらず、それがなかった。なぜか。わからなかったからだ。
親の愛をまともに受けなかった。この私が他人をどう愛せるというのか、どう愛されるというのか。それがまったくわからなかった。知らなかった。出来なかった。
でも、私は男の欲望をただただ受け入れていた。かつて……今の母がそうであるように。
ただ、でも、なんでだろう、この行為をしていると、心が、体が、なんだか満たされているような気がするのだ。なぜだろう? 本能的な悦びだからだろうか? いいえ。きっとこれが愛だからなんだ。……違う。
この時だけ、私が幸福になれるのは必要とされている喜びを……悦びを得られるからなんだ。きっとそうなんだ。
男は私を求めてくれる。親には捨てられたような存在として扱われていたこの私を大事だって、必要だって、大切に、求めて求めてきてくれるんだ。
私がここにいてもいいんだって、唯一思える幸福な時間。
一人ぼっちだと思っていた私にとってすごくうれしかったんだ。これが、この行為こそがすべてだったんだって。
私は信じて疑わないようになった。
これが愛なんだって、愛されるってきっとこういうことなんだなって。
私はそう思ったんだ。
ねえ? 君はどう? 君も私と同じ。必要とされてどうだった? 愛を感じてどうだった? 幸せだった? 気持ちよかった? うれしかった? 悦びを得られた?
……。
そう……。でもね……このことは絶対に言ってはいけないんだよ。わかる? まあわからなくてもいいけどね。
絶対に言わないって君は言うけど、人間は子供はぺらっと意識なしに、無邪気にしゃべってしまうんだ。
そんな時にね、教わったとっておきの約束の仕方があるんだ。教えてあげるね。
まずは、さるぐつわをしなくてはね。タオルで口を塞ぐね。
そして、これはペンチ。はさむものなんだ。
ねえ? 指切りげんまんって知っている? あれってもともとは遊女とお客さんの約束のものだったんだってさ。お客さんがね、遊女をもらう。その約束をするために。遊女は小指をこう……切り落として、プレゼントする。
そして、約束を交わすんだよ。
うふふ……。
暴れんなよ、暴れんなよ……。
こうやって、小指の爪をつまんでね……強く引っ張るんだよ。
ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。
指切った!
……。
あらら……。
イタイイタイなのでした。
ねえ……。
誰にも言ったら……ダメだからね?
——
オレは包帯で巻かれた小指を握りしめながら家に帰った。
今日の出来事を悪夢としてとらえていた。
やがて親が帰ってきた。
小指のケガもそうだし、顔にもあざがあった。そんな姿を見た親にどんな言い訳をすればいいのか、隠せばいいのか、わからなかった。思いつかなかった。
そして、そうしたとき、親はオレを見て……。
何も言わなかった。
いつも通りだった。オレに対して何も抱いていなかったのだった。
……。
オレはまた行くかどうか迷った。
でもあんなことがあっても、あんなことをされても、足が自然とあの家に向かったのだった。
爪をはがされた後オレに対して心配してくれたのだった。
それも原因の一つだったのかもしれない。
オレはいつものように家のインターホンをならした。
でも、反応がなかった。
今日はいるはずだったのに、どこかへ出かけてしまったのだろうか?
ドアを開けてみた。鍵がかかっていなかったのだ。
オレはゆっくりと家の中に入っていった。
そして、オレはとんでもないものをみた。
ベッドの上に眠っていた。
ただ眠っているだけだったのならよかったのだが、そのベッドは血まみれだった。血の池のようにびしょびしょだった。
あの人は目を見開いたまま、手にナイフを持って静かに眠っていたのだった。
オレはその光景を見て絶叫した。
そして、その場から逃げ出した。
あれ以来オレは、女性に対して恐怖を抱くようになった。
そして、関わること、触ることでさえ、できなくなってしまったのだった。
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