友人 後編
「また、お前か。この1年で何回だ? やになっちゃうよ、ホント」
オレは藤田さんと2人でいた。
藤田さんに頼るのはこれで何回目だろうか。藤田さんはそれが嫌になっていたそうだ。いつものような口癖を言いながらため息を大きくついた。
藤田さんは以前からお世話になっている警察の人だ。30代半ば。髪は整えておらずぼさぼさだ。頭をよくかく癖や「やになっちゃうよ、ホント」という口癖を持っている。結婚はしているそうで、子供が1人いる。文句を言いながらもなんだかんだで毎回頼りにしてしまっている。
「また、ありがとうございました」
オレは適当に礼を言った。
オレは隆文の言った通りにした。一週間が経ち渡された地図を藤田さんに渡した。事情ももちろん説明した。そして、捜索隊が出動し、向かった先には2対の死体が存在していた。白骨死体のそばに新しい死体が。
身を寄せ合い、その白骨死体を抱きしめるようにして亡くなっていたそうだ。
「なんでもっと早く言わないんだ」
「……あいつの遺言みたいなものだったからですよ」
「……」
目を細めて、何かを言いたげだったが、追求してこなかった。
「まあ、とりあえず、お前は帰れ。そして、もう二度と事件を起こすなよ」
「でも、こうして行方不明になってしまった女の子がみつかったじゃないですか?」
「新しい死体と一緒にな。面倒くさいんだよ。やになっちゃうよ、ホント」
オレは一礼をし、その場を去ろうとした。だが、気になることがあり、足を止めた。
「そういえば、手帳があったはずなんですが、あれってどういった中身だったんですか?」
「あ? ああ……見たいか?」
「見たいというか、気になったなと思って……」
「まあ、これぐらいはいいか。見せてやるよ」
そうして、藤田さんは手帳を持ってきてくれた。
オレはその中身を読むことにした。最後には新しく文面を付け加えられていたようだった。
――
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。景色に目が行き、その少しの不注意で足を踏み外し、滑落してしまった。後悔でしかない。
そして、目が覚めたとき私はあたりが暗くなっているのに気が付いた。このまま動くのは危険であったため、一晩はここで過ごそうと思った。近場には雨風が凌げそうな場所もなかったが動かずにが鉄則だと判断した。
私は夜中にふと目が覚めた。その時に近場で何か物音が聞こえた。その時に、人がいたのだ。私は助かったと思ったのだが、その時に、私はすごく恐ろしいものを見てしまったのだ。
その私に気が付いた人は私を追いかけていった。私は急いで逃げた。場所など気にする余裕などなかった。誰か助けてほしかった。
そして、私は考える暇もなく走っていった結果、再び滑落してしまった。慌てていて、また、足をすくわれた。
そして、私はこの洞穴を発見した。ここで息をひそめて過ごしていた。滑落した影響で足が折れてしまったのかひどく腫れていた。そのため、私は身動きが出来なかった。だから、静かに救助を待つことしかできなかった。
水や行動食はザックに置いてきてしまった。だから早く見つけてもらわないとという絶望が広がる。
携帯も圏外で通信手段がない。
このまま私はきっと見つからないだろう。ここで最後なのだろうか。そう悟るしかないのだろうか。だからせめて遺書として、書いていきたい。そう思った。
私は望まれずに生まれた子供だった。父親はわからない。母親だけで私を産み育てられた。しかしながら、私はその母親にまともに育てられなかった。その証拠が、この約12年ほど付き合い続けた顔の痕である。
幼いころから私は母親に虐待を受けていました。暴力、暴言、放置。これが日常でした。そして、5歳くらいになったとき、私はこの一生消えない傷跡を残されたのです。熱湯をかけられ、顔がただれ、体に半分の火傷の痕という刻印を刻まれました。
そして私は周りから気持ち悪がられ、差別され、距離を置かれ、独りぼっちになりました。母親でさえこんな私に「気持ち悪い」「醜い」「死ね」と汚い言葉を浴びせ続けました。
私は嫌になりました。誰からも必要とされない。誰からも愛されない。こんな世の中が嫌でした。
でも、死ぬ勇気がでなかったです。臆病者だったので、自ら死ぬことが出来ませんでした。だから、事故とか事件に巻き込まれて死ねないかなと他力本願で日々を過ごしていました。
でも、幸せなことは起こりませんでした。
私は16歳になりました。その間、私は人目を避けて生きてきました。この顔のあざは、私を孤独にさせました。隠せればいいのに、それができない。そして、通りすがる人私を見て「気持ちわるい」「気味が悪い」「化け物」そんな風なことを言っているような気がしてなりませんでした。
だから、私は人のいないところがよかったです。自室にこもっていると、息が詰まりそうで、頭がおかしくなりそうで。だから、アウトドアのこの自然に囲まれた登山という趣味を持とうと思いました。
ここには、この自然には私という存在がひどくちっぽけになるのです。微生物は見えないから気にすることはない。それと一緒で、何も私を気にしない。そう思うと気がすごく楽になれたのです。
同じ登山客と会うのは嫌でしたが、こらえました。
そんな時に、とある男の子と出会いました。それは私の一番大切な人。隆文さん。同い年、実は同じ高校だった。そんな男の子と私は出会いました。
私は最初人目を気にして、話しかけられるのもすごく嫌でした。でも、彼はそれを気にせずに私に声をかけて気ました。
どうせ、この顔を見たらいつものように、顔を引きつらせて言葉を失って去っていくのだろう、そう思っていました。
でも、そんなことはなかった。こんな私に好意を寄せてくれていたのです。
私は天地がひっくり返るかのような衝撃を受けました。
私は、彼に、可愛いと言ってもらえたのです。嘘だろうと思っても、その眼は真剣でした。私は初めて自分という存在を認めてくれたかのような気がしました。
絶望という暗闇の中にポツンと輝く光。
私は常に人生を辞めてしまいたいと思っていました。そんな失意、絶望の中に隆文さんは現れました。絶望の中に小さな光が灯っていたとして私にとってそれが隆文さん、貴方だったのです。
私たちは意気投合し、そのまま付き合うことになりました。隆文さんはこんな私に好きだって、愛している、って言ってくれた。本当にうれしかった。嬉しかったんです。
ありがとう。
隆文さんは私にとってかけがいのない大切な人でした。私が隆文さんを好きになったのは、例えるなら途方もなく広大な砂漠の中にひとりぼっちで咲く花を見つけてくれた。そしてそれを美しいと言ってくれた。それなのかもしれません。そして、私はそれだけで満足でした。
隆文さんも同じく体に消せない刻印があるというのを話してくれましたね。私と同じ。似た者同士だった。隆文さんはきっと勇気がいたでしょう。その傷跡を私に見せてくれましたね。あなたは震えていました。怖かったですよね? 私がどこかへ行ってしまうのではないか、って。そんなことはなかった。私は隆文さんが好きだったから。そんなことは些細なことなんです。
そう言ったら、あなたは泣いてくれましたね。
隆文さんとは本当はこの山を一緒に登る予定でした。
でも、体調を崩してしまって行けなくなった。だから、私は予定通りに一人でこの山を登ることにしました。本当は隆文さんと一緒にいたかった。でも、隆文さんは自分のことはいいから、行っておいでと言ってくれた。
だけど、それが。
こうなったのは全部私が悪いのです。
隆文さんがもしこれを読んでくださったのなら、大丈夫です。何も悪くない。気にしないでください。
ここには誰も来ないです。誰も、私の事を見つけてくれません。だから、きっと、私の命はここで尽きてしまうのでしょう。
助けてほしい。それが本音です。でももう無理みたいです。力がもう出てこなくなりました。
最後に隆文さんに会いたかったです。もっといろんなことをしたかった。いろんなはなしをしたかった。
もっと、好きでいたかった。愛したかった。愛されたかった。もっともっとおおくのときをすごしたかった。
たかふみさん。あなたはわたしをいちどもだいてくれませんでした。けっこんしてからと、あなたはいっていました。
わたしもそれでよかった。でも、ほんとうは、あなたはまだこわかったのかなとおもいます。そんなことはないのに、あなたのきずあとをふくめて、わたしはすきだったのに。
あなたにはそのことをきにしないというゆうきをもってほしかった。
わたしは、あなたのそのやさしく、あたたかく、ちからづよいうでに、だかれたかった。つつまれたかった。ねむりたかった。
たかふみさん、さようなら
あいしています
――
文美へ。
すまなかった。
俺は文美の言うとおりに恐かったんだ。こんな汚れた腕でお前を抱くのが。
俺はもっと文美と一緒にいたかった。一緒に話したかった。楽しみたかった。笑いたかった。もっと多くの時間を過ごしたかった。一緒に年を重ねて、よぼよぼになっても一緒にいたかった。
ごめん。
こんな洞穴で独りぼっちにさせてしまって。
恐かったね。寂しかったね。辛かったね。
だから安心していい。俺がずっとそばにいてあげるから。
俺だけが文美を愛しているから。
愛している。
愛してる。
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