第2章(愛し愛されたかった編) 友人 前編

「あいつが、行方不明になったんだ」

 放課後の時だった。隆文がオレに対して神妙な面持ちで相談があると言ってきた。そして、その最初の一言がこれだった。

「あいつとは?」

 オレは隆文に尋ねた。オレはある種の驚きが出てきた。そして、どうしたのだろうか。という疑問も同時に出てきた。

 オレはうまく言葉を選ぼうと思ったが、それはしなかった。とりあえず、行方不明になってしまったのかを知ろうとした。

「俺の……天使がいなくなってしまったんだ」

「天使……? ああ。……そうか。お前がいつも言っているあの子の事か。どうして急に?」

「それが、わからないんだ。前にな、山登りへ行ったんだ。あの子は。そして、それから戻ってこないんだ。あの時、俺は熱を出してしまって、行けなくて。そして、彼女は一人で行って楽しんでって言ってそしたら、それから連絡が一切つかないんだ。俺はもうどうしたらいいのか、わからないんだ」

「そうか。そうなんだ。大変だったな」

 オレはばつが悪そうに目をそらした。こんな時になんていえばいいのかが全く分からなかったからだ。

 隆文は頭を抱えていた。この世の絶望を味わっているかのようだった。表情はうかがえなかったがその纏う黒いオーラには深い悲しみと切なさと、自分に対してのやるせなさ、怒りが仰々しく溶け合っていた。

 オレはその雰囲気に気おされそうになった。

 口を一の字にし、まばたきの回数が多くなった。生唾を飲み込み、どのように言葉を紡いでいこうか頭で考えていたが、同じ考えが2周も3週もするだけであり、無言という有り体でいた。

「どうしてだ……どうしてなんだ。あの時の俺を俺は一生許せない。どうして、体調を崩したんだ。どうして一人で行ってくれって言ったんだ。俺は……俺は……」

 こいつがどれほどその子の事を好きだったのかは想像に難くない。ただ、あくまでも他人な為に、心中を察することが、共感まではできなかった。

「……それで、どうしたらいいんだ?」

 オレはこれを聞いてどうしたらいいんだかわからなかった。だからこう尋ねた。

「なあ。頼む。一生のお願いだ。行方不明というだけなんだから、もしかしたらまだ生きているのかもしれない。だから、探すのを手伝ってほしいんだ」

「手伝う?」

「ああ。あの子が行った山へ行こうと思うんだ。そして、捜索したいんだ」

「でも、オレは、登山の経験なんかないぞ」

「大丈夫だ。本当はあの山はハイキングコースで、そこまでえらいものではないんだ。だから、どうして……というのもあるんだが、きっと何か良からぬことに巻き込まれたんじゃないかって、そう思うんだ。だから、頼む!」

「……わかったよ」

 オレはすぐにその頼みを聞き入れた。

 オレは言えなかったが、見つけるのは難しいのだろうと思っている。

 彼女は捜索はされたんだ。だが見つかることなどなかったからだ。

 それは知っていた。

 隆文が言うまでもなく、いないというのはとうの前に知っていたんだ。とっくに。

 なぜか? そう。だって、行方不明になったのは1年も前の事なんだから。

 彼女の名前は一ノ瀬文美いちのせあやみ。本来生きていたら、いや、まあ今も生きている可能性もあるのだが、ともかく、同い年の女の子。

 一年前のちょうど同じ時期に彼女は行方不明になった。そして、誰も見つけることができなかった。

 1年前の隆文は一人で探しにいったそうだ。でも、見つけることはかなわなかった。

 こいつは相当なほど落ち込んでいた。現実を受け入れることなどできないでいた。しばらく学校を休んでいた。それぐらい心も体も疲弊した。

 そして、久しぶりに登校してきた際だ。みんなは隆文の事情を知っていたために少し距離を測りながら接していた。一ノ瀬さんという地雷を踏まないように慎重にしていた。

 だが、隆文はその時にこういったんだ。「昨日さ、あの子とご飯食べたんだ。遊びに行って、楽しかった」と。あの子とは誰の事だろう? 気持ちを速攻切り替えて次の女の子にうつったのか? 案外薄情なところもあるのかな、などとみんなが思ったはずだ。

 そして、誰かが「あの子」とは誰の事? と尋ねたんだ。そうしたら、「決まっているじゃん文美ちゃんだよ。一ノ瀬文美。俺の素敵な天使ちゃんさ」

 その言葉を聞いたみんなはシンと静まり返った。場の空気が凍り付いたのだ。誰もがその言葉によって金縛りにあったかのように硬直していた。

 誰もが嘘であってほしい、とそう願った。でも、隆文はとの思い出を意気揚々と語り始めたのだった。

 それからみんなは隆文から距離を置くようになったのだった。

  

――

「えっとつまりどういうことですか?」

 いつも通りにカラオケで愛華と放課後を過ごしていた。

「一ノ瀬さん、通称天使ちゃんというのは、1年前に登山へ出かけたきり帰らなかった。遭難してしまったんだ。そして、捜索も虚しく見つからなかった。その現実を隆文は受け止めることが出来なかった。だから現実逃避をするようになってしまったというわけだ」

「はへー。なんだかかわいそうですね。でも、なんで今頃になって、いないって気づいたんですか? 今まで、1年間いるよーっていう体で過ごしてきたんですよね? いまさら感がすごいんですが」

「……1年たったからじゃないか? わからないよ。聞くに聞きづらいし。気持ちが。きっとループしてしまったんじゃないかな? と思うんだ」

「なるほど? ……ふーん。愛って複雑なんですね!」

「お前、適当に流したろ?」

「ばれちゃいました? えへへ。で、先輩は今度山登りに行く羽目になったと。大丈夫ですか? 先輩ひ弱だからすぐに歩けなくなりそう」

「馬鹿にするな。大丈夫だ。それなりに大丈夫だ」

「受け答えが雑なんでダウトですね」

「まあ……とりあえず頑張るよ」

「はい。応援してます! でも、まあ無駄骨になるんじゃないですか? だって、救助隊でも見つからなかったんですよね?」

「そうだな。まあ、形だけだよ。だって、1年も前の話なんだから」

 オレはジュースを口に流し込んだ。不安と面倒くささの気持ちを一緒に飲み込んだのだった。


――

「よし。登山口まで来たな」

 オレと隆文は電車とバスを使い、なんとか目的地に着いた。

 オレは運動とかしたことがないので大丈夫かなという心配をしていた。ただ、隆文にとっては、彼女の安否が心配なので、そういうことはくちにしないようにした。

「しかし、どれくらい歩くとかわかるのか?」

「とりあえず、長丁場になるのは間違いないだろうな。調べたんだが」と言って地図を取り出した。「どうやら、このあたりに文美のザックが見つかっているそうだ」そう言って、つけてあったしるしを指でトントンと叩いた。「まずはここを目指すのが得策だろう。そこからどう動いたのかが気になるが、闇雲に探すよりはこの情報から当たったほうがいい。距離的に……お前のペースも考えて2時間でつけたらいい方かな」

「おう……そんなに歩くのか?」

「短い方だよ。幸司は登山経験ないから、あまり気を抜かないようにな。ただ、自然の中を歩く気持ちよさとかを堪能してくれ」

「まあ、それなりに」

 オレは軽く息を吐く。軽く準備運動をした。

「見つかるといいよな」

 オレは屈伸運動をしながら軽く言った。

「ああ。そうだよ」

 真剣なまなざしでそう返してきた。

 オレたちは進もうとしたときに看板が立っていた。そこに、例の彼女の写真が貼ってあった。横顔しかなかったが彼女を識別するには十分だった。これは要するに彼女を探してます、というポスターだ。

 隆文はその写真をじっと眺めていた。表情は曇っていた。

 そのポスターの横にもう1人あった。小学生ぐらいの女の子だ。顔写真つきで、この子も彼女と似たようにこの山で行方不明になったみたいだ。意外にも、この山は危険なのかなと思った。

「じゃあ、行くか」

 オレたちはそうして歩き始めた。山を登るなんてどれくらいぶりなのだろうかと考える。小学校とか確かそういうイベントがあったようなそんな気がしたが、まあ、それくらいぶりか。

 運動もしていないので、えらく疲れるかなと覚悟をしていた。歩いて数分でしんどさがにじみ出てきた。これをまずは2時間も歩くのか? そう思うとああ地獄とはここの事を言うんだなと泣きたくなった。

「あまり大股で歩くなよ。坂の時は半歩ずつ歩くのがおすすめだ。石とか岩場とかは滑りやすいからなるべくふまないように。とりあえず、先頭の俺の踏み場を見て進んでいけばいいさ」

 そんなかんじでアドバイスを受けながら進んでいった。

 自然の中にいる雰囲気を楽しめと言われたが歩くのに精いっぱいでそんな余韻に浸る暇なんかない。世勇壮な隆文はオレに色々と話しかけているが、息が上がっているオレは吐いた息で返事するのがやっとだった。

「おっと。ちょうどいいし、ここらで休憩しとくか」

 広そうなところに出たので、そこで休憩をとることにした。10分ほど休憩して、また再開ということだ。オレは軽い悲鳴をあげながら、その場に座り込んだ。想像よりしんどかった。その姿を見て隆文は笑っていた。

「お前本当に体力ないんだな」

「そうだよ」

「ふーん。なんだか、昔を思い出すな。俺もこんなんだったなって。ただ、慣れて一人でこうしていけるようになって、そんな時にたまたま出会ったんだ。マイエンジェルと」

「……」

「意外にも同じ学校でな……全然知らなかった。近いほど見えないってものかな。それで、俺たちは意気投合して……。こうして一緒に山へ登るのが楽しかった。共通の趣味で一緒にいられるのが好きだった。共有した空間が居心地がよかった。……なんでだろうな。だから、俺がぜったいに探して見つけなきゃいけないんだ」

「……」

「さて。休憩は終わり。行くか」

 オレはため息で返事をした。

 黙々と進んでいった。オレは目的地にまだつかないのかなと思っていた。

 もう一度の休憩の後にまた昇り始め、そうして、目的地に着いた。

「大体このあたりかな。彼女のザックが見つかったのは」

 途中、整備されていない道を通った。隆文曰く足でも滑らして、落ちてしまったのではないかと。そうした予想を立てたが、あながち間違いではないのかなとは思った。

 ザックの中身には貴重品とかはなかった。だから確実ではないが、保護者の証言から、彼女ん持ち物であると判明したそうだ。

 予想すると、彼女は足を滑らして、滑落してしまった。そのあと、意識を取り戻し、荷物を置いて、下山しようとした。だがその途中で何かがあった。そうして、行方不明になってしまった。そう考えるのが自然だろうか。

 さて。はたしてここからどこへいっしまったのだろうか。問題はそこだ。

「彼女はどうしたんだ? ここからどうする?」

「遭難したら目印を探したり、元の道へ戻るのを優先させるのがいいが、あとは登って、見晴らしがいいところへ出て、探るというのがいいんだよな」

「登ればいいのか? なんか、沢を下ったりとかそういうのじゃないのか?」

「まあ、そうすると例えば崖だったりとか滝とかでさらに滑落する危険があって大変なんだよ」

「ふーん。そういうものか」

「とりあえず、ここからは注意して、いかないとな」

 オレは隆文の進む方向についていくだけだった。なんとなくだけれど、オレいる意味ない気がしてきたが、言うのをやめた。

 どれくらい歩いたかは分からないが、彼女の痕跡は見つかるはずがなかった。それも当然だ。もう1年も前の話だし、捜索されても見つからなかったのだ。オレたちが簡単に見つけられるわけがない。

 そうして体力と時間だけが過ぎていった。オレは登るのに疲れてへとへとだった。隆文は段々と焦りが見え隠れしていった。1日そこらで見つかるとは思わないし、またチャレンジすればいいのではないかと思うが、一日でも早く見つけたいという気持ちが強いのだろう。

「もう、そろそろ下山しないか? 下山の時間考えると日が沈みそうじゃないか?」 

 オレはそう進言した。だけど、もう少しと言ってきかなかった。オレは肩を落とす。

 とりあえず、いったん休憩をとることにした。

 腰を下ろして、疲れたなと言っている時、隆文が彼女の事を話し始めた。

「あの子はな、俺にとっての天使だったんだ」

「それは聞いている」

「そういうのもな、別にのろけているわけじゃない」

 自覚はあったんだな。

「俺にはな……なんというか、心の傷というか、体の傷というか、いわゆるコンプレックスがあったんだ……」

「コンプレックス?」

「ああ。そう。人には秘密にしておきたい、他人と比べて劣っていると感じてしまう、劣等感をひしひしと痛感してしまうそんなものが俺にはあったんだ」

「そう……だったのか? 全然わからないけど」

「それはそうだ。いいたくないんだから。お前でも見せることは出来ない。嫌だ。そんなものが俺の腕にあるんだ」

 隆文は指をさした。包帯で隠されているそその右腕を凝視した。

「昔な、親の不注意で、熱湯を浴びてしまったんだ。もちろん、腕だけではないが。ちょうど服で隠せる範囲。右側のな。それで今でもその酷いやけどの痕がくっきりとこの体に腕に、刻まれてしまっているんだ。それが俺のコンプレックス」

「……」

「子供の頃から、このやけどの痕をな理由にいじめられていたんだ。気持ち悪いっていう感じでな。それが俺にとって物凄く嫌だった。苦痛でしかなかった。本当に、しんどかったんだ。だから、この痕を俺は死ぬほど憎んでいた。みんな気持ち悪いっていうんだ。大丈夫だとかいうやつでも、顔を引きつらせてそっと去っていく」

「……お前はそれをオレに言っても大丈夫なのか?」

「まあ、お前は大丈夫だろう。しゃべるくらいじゃ気にしないと思った。結構お前ってドライだからな。他人に対してそこまで興味なさそうだし。だけど、傷跡は見せられないよ」

「別にそれはいいけど」

「俺は隠れて過ごしたかった。人がたくさんいる空間が苦手だった。また罵倒されるような気がして。だから、こんな人なんていない、そんな嫌な空間にいなくてもいい、だれもいない、自然の中で静かな時を過ごせる、そういう思いで、登山を始めたんだ。この自然の中が居心地よかったんだ。そうしたときに、あの子にであったんだ」

「一ノ瀬さんだな?」

 こくりとうなづいた。

「お前、あの子の写真をみただろう?」

「まあ、そうだな。あんま覚えていないけど」

「あの子も実は俺と同じコンプレックスを抱えていたんだ。だからなのかわからないが……いやそんなのは関係がなかったのかな? お互い惹かれあったんだ。最初はな、俺のひとめぼれだった。こう、なんというかな、電流が体中に走ったんだ。そして俺はいてもたってもいられなくなった。。そして、話をした。意外にもウマが合った。そして、同じ学校だったって知った。それから友達として距離を縮め、そして、付き合うようになったんだ」

「一ノ瀬さんのコンプレックスってなんだ?」

「デリカシーないな。まあ、いいけどさ。あの子は顔の半分が大きな火傷で皮膚がふがただれているんだ。同じく子供の頃にな、親からの虐待で熱湯をかけられたことが原因だって……」

 オレは言葉に詰まった。

「それからな、その火傷の顔がコンプレックスになったって。周りから気持ち悪がられ、怖がられ、距離を置かれ、独りぼっちに。孤独が嫌で、かといって、人と接するのが嫌で……俺と同じ……いや、文美の方がずっとつらかったはずだ。……俺たちは似た者同士だったのかな? シンパシーをどこかで感じたのかな? 俺は文美を好きになったのと同じで、彼女も俺の事を好きになってくれた。いいや、なんか、嫌だな。そんなのは関係ないんだって信じたいな。あのひとめぼれが、遺伝子が好きだってそう叫びたがっていたあの感じにそんな同情が挟み込まれることなんか決してない」

「……」

「彼女は親さえも彼女の事を好いていないんだ。どこにも居場所はないんだ。一方俺にはまだ親も、こうして友人もいるし、恵まれていたのかもしれない。そんなにも辛い目に誰もいないのなら、せめて俺だけが……俺だけが彼女を……」

 声が震えだしていた。目頭を押さえその指先も少し震え始めた。

「実はな、まだ俺たちヤッてないんだよ」

「お、おう……」

「キスはしたことがあるけど、それ以上は……。結婚してから。って決めているんだ。そういうことは。責任をきっちりと取れないと。男として示しがつかない。だから、そういうことはしないって決めているんだ」

「ふーん……」

「俺は彼女を好きになった。愛した。そして、行方不明になってしまった。俺にとって彼女は俺のすべてだ。だって、こんな気持ち悪がられてきた俺を好きだって言ってくれたんだから。砂漠の中で見つけた美しい一輪の小さな花。放っておいたら枯れてなくなってしまうそれを、俺は傍で見守り続けなければならないんだ。だから、探すんだ」

 隆文は立ち上がった。もう少し探してダメだったらまた後日探そうという事になった。オレは了承し、歩き始めた。


 しばらく歩いていた。狭い道を通っていた。下はすごい傾斜で滑らせたら大変そうだなと思っていた。

 そうすると、隆文は何かに気を取られていた。そうしたとき、足を踏み外してしまう。そのまま下へ滑るように落ちていったのだった。

 オレはそれを危険ながらも追いかけた。

 声は聞こえた。その声を頼りに歩いて行ったら隆文はいた。

「いてて。やっちまった……」

 足首を痛そうにさすっていたが、命に別状はなかった。

「……素人ばりの情けない姿だな」

 そう言って隆文は自嘲気味に笑った。オレはあたりを見渡し、腰を据えて休めるところがないか探した。そうすると、近場に洞穴のようなものがあった。そこにオレは向かった。

「うわ……なんだ?」

 オレはその洞穴の中を見て驚愕した。

 中には白骨死体が横たわり静かに眠っていた。

 足を引きづりながら隆文がやってきた。そして同じく驚いていた。

「まさか……?」

 なにがまさかなのかは言われてなんとなく察した。隆文はこの白骨死体が一ノ瀬文美だとでもいうのではないだろうか。

 隆文は躊躇せずにそのまま白骨体に近寄った。そして、持ち物を探した。

「これは……文美だよ……」

 財布の中身を見てそう確信した。

 隆文はその場で泣き崩れた。

 オレはそれをただ眺めていることしかできなかった。

 オレは気になるものを見つけた。なにか、手帳のようなものを見つけた。それを隆文に伝えると、それを読んだ。

 そして、盛大にあいつは泣き叫んだ。

 悲しい雄たけびを上げた。せっかく見つけた彼女がもう、この世にいないからだ。肉もない白い骨だけになって地面に横たわって存在していた。

 手帳の中身は一体何だったんだろうか。しかし、その中身を借りてみようとはしなかった。そんな雰囲気ではなかった。

 しばらくの沈黙の後、隆文はゆっくりと立ち上がった。

「頼みごとがあるんだ」

 真剣なまなざしでそう告げた。

「悪いけど、一人で下山してもらえるか? 俺はちょっとここへ残りたい」

「いいけど……。大丈夫か?」

「ああ。俺は大丈夫だ。お前はきちんと帰れるかが心配だが……」

 隆文は口頭でざっくりとした道を説明してきた。オレはよくわからなかったが、とりあえず、指先の方向に向かっていけばいい。

 隆文は地図に印をつけた。ここが大まかな現在地らしい。

「一週間くらい、このことを秘密にしてほしいんだ。誰にも言わないでほしい。約束してくれ。そして、警察でも何でもいいが、大人に頼んでこの印に来てもらってくれ。そして、彼女を返してやってくれ」

「お前はどうするんだ?」

「オレはちょっと心の整理をしたい。少し静かになりたい。1人に……いや、2人にしてほしい」

「わかった」

 そうして、オレは隆文を置いて下山していったのだった。

 1週間経ってもあいつは帰ってくることはなかった。

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