第5話 入り口

 あれから1,2週間であろうか。オレたちは何回か付き合っているふりをしたデートを行った。こうして愛華につきまとっているストーカーがあきらめてくれるだろうと信じていた。

 しかしながら、ドラマとかのようにことはあっさりと解決しないというのが現実だったのだなとわからされた。

「先輩、ちょっと相談したいんですが」

 チェーン店のファミリーレストランでオレたちはドリンクバーのみの注文で長く居座ろうとしていた。そんな時、神妙な面持ちで口火を切った愛華は手紙をオレに渡してきた。こうした手紙というとストーカーからのものであろうと感づいた。諦めてくれたのだろうかという疑問は愛華の態度が答えを示してくれていた。

「これは……」

 オレはその中身を見て驚愕した。まさかと思った。

 たしか以前見たものはワープロで打ちこまれていた文章だった。だが今回は丁寧にも新聞で文字を1文字ずつ丁寧に切り取って並べられた脅迫文とも呼べる代物だった。

「『俺はお前を許さない。女神も、その害虫も』」オレは中身を読み上げてしまった。生唾を飲み込んだ。まるで背筋が凍ったかのようだった。

「ねえ……先輩……どうしたらいいんでしょうか……」

 手紙の他に写真が同封されているのにも気が付いた。その中身から、多分オレと愛華の2人で並んで食べ歩きしている姿が映し出されていた。どうして多分なんかという言葉を付け加えたのかというと、その写真の顔に針で何度も刺されたかのような穴が空いていていたからだ。

「……」

 オレは背もたれにもたれかかった。これはどうしたらいいものかと頭を悩ます。

 良かれと思ったことが逆効果になってしまったという事例であった。寝た子を起こしてしまった。

「とりあえず、オレは大丈夫だ。自分の身は自分で守るまで。だけど、問題は愛華だな。1人にさせたら問題だ。……家には帰っても大丈夫なのかな?」

「それは、わからないです。もしおじいちゃんおばあちゃんに迷惑をかけてしまったら……」

「うーん……」

 オレは腕を組んで考えた。とりあえずこういう時はもう、本当に困ったときはもう、市民の味方に頼るしかないのだろう。

「藤田さんに電話してみるよ」

 そうしてスマホを取り出した。愛華はやっぱり、という表情をした。

 藤田さんというのは以前お世話になった刑事さんだった。愛華の父親の件で色々と親身になってくれた人だ。解決した後にまた何かあればいつでも連絡してくれていいといってくれていた。

 こうなるくらいなら、最初から一声だけでもかけておくべきであったか、と少し考えてしまった。

「……出ないな」

「なにか仕事が立て込んでるんですかね?」

「まあ、そうだろうな……。また折り返しかかってくるかもしれないからそれまで待ってみるか」

 そうして、1時間以上待ったが返信はこなかった。

 オレたちはしびれをきらして、もういいか、と別の案を考えていた。

 とりあえずまずは愛華はオレの家に泊まってもらう事としようという事になった。自分の家なら心配ないという考えだ。そうして、藤田さんからの連絡を待って、着次第、そのアドバイスに従う事とした。

 そして、オレたちはファミリーレストランを離れ、自宅に向かった。外はすっかりくらくなっており、肌がちくちくするような寒さだった。風が冷たく、それが吹くたびに体を縮こまらせた。

 吐く息も白く、かじかんだ手にそれを吹きあてていた。愛華は短いスカートをはいており、この寒い中頑張って白く長い足を出していた。寒いと言いながら体を縮こませぶるぶると震えるさまを見て、大変だなと思った。

 しばらく歩く。その間に会話というものは存在しなかった。横に並び、寒空の下を黙々と進むだけであった。

近道をと思い、大通りから小道へ進んでいった。人通りはなく、二人だけがその道を使用していた。

 時々スマホを確認しながら、藤田さんからの連絡がないかと待っていた。

 そんな時だった。後ろから急に声をかけられた。

 オレたちはてっきり二人だけだと思っていたため、心臓が飛び出るのではないかというレベルでたいそう驚いた。

 その声の主は誰なのかと振り返って確認をした。すると、そこには肥満体形の30代くらいの男性がいた。

 ねめつけるような目でオレたちを、敵視していた。

 その覇気にオレは身震いを覚えた。思わず一歩後ろへ身を引いてしまった。

「お、おまえが、ぼ、ぼ、僕の女神ちゃんを奪ったんだな」

 ややどもった声で理解できない言葉を紡いできた。

「えっと、どういう事ですか?」

 オレは思わず訪ねてしまったが、最悪なケースが頭の中によぎった。

「まさか……あなたって……」

 愛華が胸の前に手を押し当てて不安そうな面持ちで言った。

「そ、そうさ……僕の女神。ひ、久しぶりだね。君が、僕の女神なのに、ど、どうして、そんな男と一緒にいるんだな? 僕、僕だけの女神だったんじゃない、のか!」

 最初はゆったりとしていたその声に段々と怒気がまぎれてきた。そして、その怒りと憎しみさえ籠ったその言葉の次に、とんでもないものをこの男は見せてきた。

「う、裏切ったな。裏切ったんだ。みんなと同じでボクを裏切ったんだ。ほ、他の女と同じだったと、い、いうのかー!」

 男は暗い帳が降りているこの空の下にきらりと光る恐ろしいものが現れたのだった。光が反射し、オレの目を細めさせた。そして、畏怖を抱かせた。

 持っていたものは包丁だった。その切っ先をオレたちに向けたのだった。

「ひっ……!」

 愛華は小さな悲鳴を上げた。オレは思わず彼女の前に出て、背中に隠した。

「どうして、どうしてなんだよー。僕をどうして裏切ったんだ。君は僕の女神だったんじゃないのか!」

 そうして、男は突っ込んできた。愛華に「逃げるぞ!」といったが、おびえていた愛華はその声に気が付かなかった。そして、オレは思わず愛華の肩をたたく。そうするとハッとしたように意識を取り戻した。そして思わずオレは愛華の手を引き、走る。

 この男から愛華を守ってやらねばならなかった。そう思い、とっさに逃げるという選択肢を取った。それ以外頭になかった。

 そして、オレたちは自分たちの命を脅かそうとしている者から背中を向けて必死に走る。その背中から強い憎悪をひしひしと感じながら、どのようにして撒くかと頭の中を思考でめぐらした。

 無我夢中で走ってしまったが、この先はさらに人通りがなく、住宅街でもないため、誰かに助けてもらえるような状況を中々作れないでいた。

 完全に初動間違えてしまったことを後悔するが、引きづっていてもしょうがなかった。

「せ、せんぱい……」

 息を切らしながら、愛華は悲痛な声色でオレを呼んだ。すこし、走るのに疲れてしまったようだ。オレは仕方がなく、身を隠せるような場所を探した。そうすると、誰にも使われていないであろう、廃工場を見つけた。その敷地内に入り、身をひそめることとした。

 オレも運動などしない人間であるため、久々に全力で走って体力を消耗してしまった。お互い肩で息をしながら、乱れた呼吸を整えていった。しかしながら、大きく呼吸をすると、その音でどこに隠れているかが分かってしまう。だから、なるべくひっそりとおこなうようにしたが、この静寂とした建物の中では、どうしても、致命的な要因になりかねなかった。

「どこだー!? 逃げるなー!?」

 男もここまでたどり着いてきた。そして、廃工場の中に響くような声で叫んだ。

 愛華はぶるぶると身を震わせていた。オレは「大丈夫だ」と小声で励ました。

 小動物のようにおびえていた。オレは下唇をかみしめながら、守らなければという思いを強く抱いた。

「もしかして、あいつなのか?」

 愛華は小さく頷いた。

「たぶん、です。……よく、覚えていないのですが……いや、でも、たしか、最初の……。とにかく、言動から……ストーカーかも、しれません……」

「……そうか」

 遠くの方でドタバタと、なにかをひっくりかえしたり、蹴飛ばしたりする音がする。

 とにもかくにも、この状況をどうにかしなければならない。

「先輩は、大丈夫ですか? さっき……」

「オレは大丈夫だ。それよりも、自分の事を考えてくれればいいよ」

「……」

 オレはそうだ、とこんな時には藤田さんに助けを求めよう。そうして、スマホを取り出して、電話を鳴らすが出なかった。

 いや、110番にかければいいのではないか、そう思いかけなおそうとしたとき、今隠れている部屋に男が入ってきた。オレは思わず電話を切ってしまい、息を殺した。

「めーがーみちゃーん! どこかなー? いたら返事をしてー! 目の前で、害虫を駆除して、君を本当の僕の物にしてあげるよー。ねえー、めーがーみちゃーん、一緒に遊びましょうー!」

 オレたちは身を押せあった。体の芯からくる震えに対して歯を食いしばって耐えていた。このまま、このまま静かに。荒れ狂う嵐を過ぎ去るのを待つだけ。そうすれば、チャンスがこちらに回ってくる。その機会をうかがっていた。

 その時だった。

 オレのスマートフォンから着信が入った。

 静寂なこの空間にそれが不気味にこだました。

 着信の相手は藤田さんからだった。

 こんな時に……! 自分の不注意さに苛立ちを覚えた。

「みーつけたー!」

 男は足早と音がした方へ走ってきた。そして、オレたちは隠れ蓑から飛び出していった。

「ころしてやる。ころしてやる。僕の、大事な大事な女神を奪おうとしやがって」

 男は包丁を構えた。

「きっとこれは夢なんだよ。なあ? 女神ちゃん。このクソ男にほだされて悪い夢を見ているだけなんだ。君はボクと一緒にいることだけが、幸せなんだよ。僕のこの情熱的な愛を受け入れてこそ、僕たちは幸せになれる。だからねぇ、悪い夢は早く醒めないとなぁ?」

 男はじりじりと前へ進んでいった。その圧力に気おされていた。

 だがこらえて、物を言い返そうとしたとき、愛華が先に言葉を突き出した。

「ば、馬鹿にしないでよ! 勝手に私の幸せだとかそういうのを妄想するな! 私は、私だけの物なんだから! 好き勝手にモノ言うな! 私にとっての悪夢は、あんただ!」

 愛華の怒声が響き渡る。足元を見た。ぶるぶると、震えていた。徐々に目線を上げていく。握りこぶしを震わせていた。そして、眉間にしわを寄せながら奥歯をかみしめていた。

「な、なんだとぉー!」

 男は立ち止まった。一歩下がった。予想外の言葉に呆気に取られていた。

「愛してる。愛してる。僕は君を愛しているんだ! こんなにも愛して愛して愛しているのに! なぜそんなことをいうんだよぉー! 僕の愛が君の幸せで君の愛が僕の幸せなんだなー!」

「自分勝手に言わないで! 愛してなんかいない! 嫌い、キライ、大っ嫌い!!」

「僕の女神は僕だけの女神はそんなことは言わない。決して言わない。言わせてなるものか。……そうか。きっと君の頭は毒されてしまったんだね。きっとそうだ。でもなければ優しさという微笑みをささげてくれていた君がそんなことを言うなんて決してあり得ない。そうかそうか。つまりこのクソ虫が毒なんだね。害虫。宿主を蝕む寄生虫。なら、それを取り除いてあげなきゃね。この害虫を駆除して、その頭の中をかっさばいて、取り除いてあげなきゃね……えへへ」

 男は覚悟を決めたのか包丁を向けて突進してきた。オレは愛華を横に突き飛ばして、その男の攻撃から愛華を遠ざけようとした。

 男はオレに狙いを定めていた。そうだとわかり、オレは「逃げろ! そして、連絡して、ここに来てもらうようにしろ! わかったか!」と愛華に命令した。

 愛華は「でも……」とためらっていたが「大丈夫だ、信じろ。そして、頼んだ」といった。愛華は覚悟を決めたのかこくりとうなづいて走っていった。

「まて!」

 男は逃げる愛華の方を向いた。その時、空いたた背中にタックルをした。男はよろけ、思わず手にしていた包丁を手放した。

 オレはその包丁をどこかへ蹴飛ばした。そして、出入口に立ちふさがり、愛華を追わないようにした。とにかく自分にできることは時間稼ぎぐらいだった。愛華が助けを呼んでくれるまでの間、自分は堪えればいいだけの話。体格が自分よりもいいこの巨漢にスポーツ経験もそうだし格闘技など一切やっていない自分が挑むのはやや無理難題だが、大丈夫だ。

 男は切れて襲ってきた。オレはそのタックルをよける。もう、男の狙いはオレのようだった。攻撃をかわして時間稼ぎをするのだが、それも長くは続かずに、服をつかまれて、取っ組み合いになってしまった。膂力は断然向こうが強い。オレは耐えきれずに押し倒されてしまった。

 馬乗りにされ、重い体重が腹にどっしりと乗っかる。身動きが取れない中、オレは暴れまわる。だが効果をなさない。男はオレの顔にこぶしを入れた。こめかみに入り、激しい痛みが襲う。2発、3発と続けて放たれる。それを腕でガードする。口の中を切ってしまったのか、口からじんわりと熱い感触と鉄の味が染み出てきた。

 意識が飛びそうだった。しかしながら、オレはそれでも必死にこらえた。そして、すきをみて、悪あがきとでもいおうか、カウンターパンチを放つ。それは鼻に直撃する。男はあまりの痛みに悶絶し、転がった。

 解放されたオレは荒い息を垂らしながら、血を地面に吐き出した。

「きさまぁー! なにをするんだぁー!」

 激高した。ボルテージが上がっていく。

「あんたこそ、みっともなくないか? いい年したおっさんが未成年にこんなに熱中して、恥ずかしいとは思わないの?」

「害虫になにがわかる! 僕の何が分かるってんだ! 貴様は僕の女神になにをした! なんで、女神は貴様なんかと一緒にいるんだよ!」

「知るか」

 オレは短く言い放った。男の言葉をあっさりと一蹴させるためであったが、この言葉は本心だった。

 確かに、どうして、オレは愛華の為にここまでするのだろうか。愛華はなぜこうして一緒にいるのだろうか。それは全くと言っていいほどわからなかった。

 戦況は拮抗していた。じりじりと間合いを取って図っていた。

 先に動いたのは向こうだった。そして、また取っ組み合いになってしまった。そして案の定押し倒される。

 そして、首を絞められる。オレは必死にその手をほどこうとしたが、向こうの力が強く、無理だった。


「しねー! しねー! しねー!」


 オレは死を悟った。


 その時だった。


「警察だ!」


 聞き覚えのある声が工場内に響き渡る。

 男はあっという間に取り押さえられた。

 解放されたオレは大きく咽た。

「先輩、大丈夫ですか?」

「あ、愛華……?」

 彼女は心配そうにオレの体を起こした。

「藤田さんに連絡がついて、たまたま近くにいたそうなので、すぐにかけつけてくれました」

 男はあっさりと藤田さんに取り押さえられ、現行犯で後ろ手に手錠をかけられていた。

 オレは終わったと安堵の混じったため息をついた。

 これで、終わった。よかったと。

「先輩、血が出てるじゃないですか!?」

 彼女はそう言ってハンカチを渡した。

「大丈夫、大丈夫。呼んできてくれてありがとう」

 にっこりと笑った。

「どうして……ですか?」

「ん?」

「どうして、こうなっても、私なんかを守ってくれるんですか? そんな価値なんてあるわけないのに。どうして、いっつも、私なんかの為に、自分自身を大事にしないんですか? どうしてなんですか?」

「……」

 愛華の瞳から一筋の涙がこぼれ始めた。

「なんでかな? わからない。ただ……うーん……わかんないんだよね、なんでだろう? なぜか、君を見ているとほっとけないんだよ。バカなんかな?」

「はい。物凄く馬鹿です!」

「あっさり言うなぁ……」

「ばか……です……」肩を震わしていた。

「まあ、愛華になにもなかったんだから、それでいいじゃないか」

「……ありがとう……ございます……」

 下を向いて愛華は嗚咽を漏らしていた。こんな愛華を見るのは珍しかった。


「うおおおおおおおお!!!!!!!!」


 男は暴れだしていた。

 藤田さんが取り押さえていたが、それを必死に抵抗していた。

「僕の女神! 僕だけの女神! なぜだ! 僕はこんなにも君を愛しているのに! なぜだ!」

「こら。黙れ。静かにしろ。やになっちゃうよ、ホント」

 藤田さんがそう男に言う。


「……」


 愛華がおもむろに立ち上がった。そして、男に近づいていく。静止しようとしたが、「いいです」と拒否した。

「めーがみー」

 男は近づいてくる愛華に相好を崩した。

「貴方は、私のことを愛しているんですか?」

「そう! そうだよ! 僕は女神を愛している! 愛しているんだ!」

「じゃあ、私の名前はなんですか?」

「えっ……」

 男は呆気にとられたような声で言った。

「め、女神は……女神ちゃんだよ?」

「私の好きな食べ物は何ですか? 飲み物は? 好きな服は? 好きな本は? 答えてください」

「え、いや……その……」

 男は言い淀んでいた。何も答えられない。そんな男を見て愛華は珍しく感情を高々と表現していく。

「そんなことすら私の事を何も知らないのに? 何一つ知らないくせに? そんなくせして、私を愛している? 馬鹿にしないでください!」

 愛華の声が工場内に響き渡った。

「ほら! 言ってみろ! 趣味は!? 好きなものは!?」

「ぁ……ぅ……」

「ほら! 何も知らない! 何も言えない! 結局あんたは! 自分のことしか考えてない! そこに私なんて存在してないんだよ! 自分勝手で自己満足! ふざけないで! そんな程度で私に「愛している」なんて! ふざけるのも大概にしろ! 何が女神だ、ばかばかしい! 私の名前すら知らない、なにも答えらないような人が私に対して「愛」なんて「幸せ」なんて、くちにするな……。所詮、お前なんて、男なんて、この女の股にある小さな穴しかみてないんだろ! それしか興味ないんだろ!? 見てないんだろ!? 邪な、劣情でしか女を見てないやつが、愛なんて幸せなんて語るな! 反吐が出るんだよ! もううんざりなんだよ!!」

 愛華の悲痛な叫びが響く。そして、膝から崩れ落ちた。悔しさがにじむ涙声で男にこういった。

「二度と私に近づくな」

「……」

 迷惑なほどに叫んでいた男は一転して静かになった。うつむいて何も言わなくなった。そして、応援もかけつけてきて、男はその警察官に連れられていった。


「愛華……」

 オレは床に倒れこむ愛華にどんなことばをかけていいかが分からなかった。

「先輩……」

「ん? どうした?」

「私の名前ってなんですか?」

「……東雲愛華だろ?」

「……好きな食べ物は何ですか?」

「……チーズケーキだろ?」

「好きな趣味ってなんですか?」

「カラオケ、だろ? 十八番はガーネット」

「……好きな服は?」

「それはわからんけど、今日着ている服とか? スカートコーデとかが好きなんじゃないか? 知らんけど」

「……」

 愛華はくるりと、オレの方を見た。

「……ねえ、どうして、私なんかを助けてくれるんですか? 私なんて守る価値なんかないんですよ。弱くて、卑怯で、ずるくて、弱虫で。汚いんです。身も心も全部汚れていて、存在価値など微塵もない。そんな私をどうしてこんな怪我をしてまで、身を投げ打ってまで庇おうとしてくれるんですか?」

「何でだろうね。それが……わからない」

「デコピンしてもいいですか?」

「いや、それはやめてほしい。ただ、君は愛華は自分が思っている程の人間なんかじゃ、決してないと思うよ。絶対に」

 オレはそう言い張ると愛華は目線を落とした。鼻を啜り歯を食いしばっていた。しばらくの沈黙の後、顔を上げて震える唇で言葉を紡いだ。

「あの、逃げるときに手を握ってくれましたね。どうしてですか?」

「……そういえば……どうしてだろうね……気にならなかったな」

「……あの、頼みごとを一つ言っていいですか?」

「いいよ」

「ちょっと、頭を、胸の前におきたいんです。いいですか?」

「……ああ。……いいよ……」

 彼女はそういって、こつんとちょっと強めにオレの胸に額を押し当てた。

 そして、大きな声で泣き始めた。

 オレは彼女が落ち着いて静かになるまでずっと待つことにした。

 彼女は自分のたまった感情を吐露していた。全てを吐き出すのだった。

 

 

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