第3話 時には昔話でも

「やあ、元気かい?」

 日が沈んだ後の公園にオレ達二人はいた。お互いにブランコに腰を掛けてゆらゆらと揺れていた。

「元気そうに見えますか? もしそうなら先輩のその眼はいらないかもしれませんね」

 淡々と言っていた。刃先のようにするどく冷たかった。今の寒空と同じようだった。毒のような言葉は白い息とともに吐き出していた。

「とりあえず聞いてみただけだよ」オレは薄く笑った。「でも、いいじゃないか。そんな軽口もいえるなら、大丈夫だよ」

「……」

 愛華は星空を眺めた。両方の目でキラキラと輝く夜空を眺めていた。それを横目に見ていたオレは口を一の字にしていた。彼女は気のせいかもしれないが頬を少しだけほころばせていたように見えた。宙を見る彼女の瞳はなんだか星空以上に輝いていたような気がしていた。

「どうだ? 新しい生活は? 慣れたか?」

「そう……ですね。まあ、あの地獄に比べたらどこでも天国ですよ。……そうですね、やはりいいなと思いますよ」

 オレの目を見てふふっと笑った。ようやく、彼女の笑顔を見れてほっと一安心だ。言葉に温もりが戻っていた。

「先輩、ごめんなさい。ちょっと意地悪言っちゃいましたかもしれません」

「気にしてないさ」

 オレは小さく笑った。

「血色もよさそうだし。ご飯もきちんと三食食べれているのだろう? 育ち盛りなんだから、栄養もとらないとな。その点は、大丈夫そうだな。今日の夕飯はこれからだろう? 何が出るんかな?」

「ええ。なんでしょうね。楽しみですよ。先輩の夕ご飯は一体なんですか?」

「コンビニの弁当とかかなー。カップラーメンでもいいけど」

 自嘲気味にして笑った。

「……それなら、ちょっと一緒に夕ご飯食べませんか? 申し訳ないですが、家には連絡しておきますので」

「いいのかい?」

「はい」

「じゃあ、いいね。近場のファミリーレストランでどう?」

 彼女は「はい」と大きな声で言った。

 ブランコに座っていた東雲がそれを大きく揺らしたかと思ったら、両の足をついて、膝の屈伸運動をうまく使って振り子を大きく動かす。

 明るく楽しそうに鼻歌を歌っていた。オレと彼女の二人しかいない静かな公園にそれが響いていた。オレは彼女を真似して立ちこぎに切り替えてブランコを大きく揺らす。

 彼女は「負けませんよ」とそう言って、限界までいこうとする。

「そこまでやったらスカートの中丸見えになるぞ」

「どうせ誰もいないんだから大丈夫ですよ。そう思うのならこっち見ないでくださいよ」

「はいはい」

 オレたちは競い合う形でブランコを揺らし続ける。二人とも自然と笑いがこみあげてきた。

 オレは「見てなよ」と調子に乗って彼女にかっこいいところを見せようとした。オレは最大限まで大きく振ってから、ジャンプした。彼女は小さな悲鳴を上げた。

 オレは空中に浮いた。重力に逆らうことが出来た。鳥のように羽ばたく。まるで自由を感じた。だがその自由も長くは続かなかった。落ちていき、足で着地しようとしたが失敗してしまった。

 変な声を上げてころころと砂の地面を転がっていく。

「先輩! 大丈夫ですか?」

 オレは「いてぇ」と小さく言いながら仰向けになった。制服が砂で汚れまくっているが気にしなかった。

 急いでブランコを降りた愛華がオレに小走りで駆け寄ってきた。オレを起こそうとしようしたが、それを大丈夫だと断りを入れた。

「馬鹿じゃないですか? あーあ。もう、こんなに汚して……」

「そうだったな。失敗しちまったな」

 オレは服についたホコリを、はたきおとす。

 そんな時じとっとした目線を感じた。そして、オレたちはお互いに両目を見合わせた。

 すると、彼女のほうから噴き出した。それに釣られてオレも笑ってしまった。二人とも馬鹿みたいに笑った。昔にあった暗い出来事がかき消そうとするかのような勢いで笑う。

 二人しかいない小さな公園に楽しい笑い声が響き渡ったのだ。


「それでね、先輩。私のことなんですが、少し困っていることがあるんです」 

「どうしたんだ? 藪から棒に。それは、まさか……あいつか? いや、もしくはあいつらが……?」

「どちらも違います。新たな第三者なのですが……」

 君も気苦労が絶えないなと言おうとしたが抑えた。

「それで? どんなことなのさ。オレで役に立てるなら、するよ」

「ありがとうございます。やっぱり、先輩ならそう言ってくれるんですね。ふふ。実は、最近私、ストーカーにあっているんです」

「ストーカー? だれに?」

「わからないですが、多分……前に会ってた男の誰かだと思います……」

「それはなんでまた……」

「無理やりだったとしても……まあ、私、見ての通り可愛いですし!」

「……」

 オレは神妙な面持ちになった。面倒なことになったなと、思った。そして、なんでこいつはこんなにも不運に見舞われてしまうのか、と同情してしまった。

「あの……ちょっと何かしら言って笑ってもらわないと困るんですが……」

「ああ、ごめんごめん。しかし、どんな風にあっているんだ?」

「先日こういうのが家に送られてきたんです」

 そう言ってテーブルに置いた。何の変哲もない茶封筒だった。厚みが少しあった。手に取ってみて中を覗いてみると三つ折りの手紙が入っていた。オレはそれを取り出して紙を広げる。文字はワープロで書かれており、奇麗なフォントだった。そして、封筒の他に写真が3枚同封されていた。それは、愛華の普段の日常を切り取った瞬間の一枚一枚であった。家から出てく姿。本屋に立ち寄っている姿。家に入ろうとする姿。それを見て苦虫を嚙み潰したようような顔になった。続いて、手紙の内容に目を通してみた。


「元気かな? ぼくは元気だよ。いつもね君の事ばかりを考えているんだ。朝昼晩毎日だよ。出勤の時もご飯を食べている時も、お風呂に入っている時も。年中君の事ばかりを考えている。愛おしいぼくの女神様。ずっとそばにいられないのは悲しくて辛いことだけど、この距離が会えない時間がぼくたちの愛を育んでいるんだってそう信じているよ。どうやら学校も家も代えたようだね。なにがあったのかな? なにかあったらいつでもボクに相談してくれればいいのに。ぼくはね、君の為に生きているんだよ。きみはぼくだけの物。ぼくだけの宝物。ぼくだけの女神。今もこうしてきみのことを考えて手紙を書いていると、あそこがほてってきてしまう。毎日毎日君を集めた写真をみつめてこの隆起したものを鎮めているんだよ。ぼくは遠くから君をずっとずっと見ているからね。忘れないでね。どんな時でも。ぼくは君の傍にずっといるから。彼氏はいるのかな? いないよね? ぼくが君の彼氏になってあげるからね……」


 オレは途中で見るのをやめた。

「まあ、もういいよ」

「ね? 先輩。気持ち悪いでしょ?」

「うん。そうだね。愛華も厄介者によく絡まれるものだ」

「ねえ……先輩、どうしたらいいですか? このままだとおじいちゃんやおばあちゃんに迷惑をかけちゃうんですよ。……私には頼れる人がいないんです。……誰も……」


「もう、これに見せて相談してきた時点で、オレに迷惑かける気まんまんじゃん」

「……すみません」

「だから、いいよ。どうせオレは暇だしね」

「ありがとうございます」

「だけどさ、警察とかはどうかな? ほら、藤田さんだっけ? あの人とかなら聞きやすいんじゃないかな?」

「えっと……なんか、警察のお世話になるのも少し抵抗あるっていうか……ちょっとしづらいっていうか……」

「うーん……よくわからないけど、まあ、君がそう言うなら、そうするよ」

 そうしてストーカー相談に乗ることとなったのだ。



――

「ゆきじーせーんぱーいー。どうしたんですか? ぼっとなんかしちゃって」

「あーいやな、ちょっと昔のことを考えていてな」

 オレたちはカラオケ店にいた。いつものようにぼちぼちと歌ってドリンクバーをのみあさっていた。時々宿題もやりながら時間をつぶしていた。

「昔ってなんですかー? 白亜紀とかですか?」

「意味が分からない。いやさ、君もストーカー被害に遭っていたころ、どうだったか思い出そうと思っててな。あのときのね対処について」

「……またもう一度やりますか? でも、なんか、まあいろいろありましたけど、まあその……」

 歯切れが悪い感じだった。

「酷い目にあうのはもう懲り懲りですし、なによりも、ふりってのは嫌ですね」

「……」

――


「一つ手が浮かんだんだけど、愛華はどうかな? 嫌だとは思わないか?」

「何がですか?」

「付き合っているように見せて、あきらめさせる」

「……」

 愛華はわかりやすくうなだれた。物凄く深いため息をついて、テーブルに突っ伏した。

「あの、傷つくんだけど」

「……」

 愛華は何も答えなかった。物凄くうねりながら頭を抱えていた。テーブルに額を押し当てながら体を揺らしていた。

「いやまあ、あくまでも一案だからな。他にもあるから。まあとりあえず警察に行くのが一番いいんじゃないか? こうして手紙もあるし写真だって撮られてられているわけだし、証拠なんてばっちりあるじゃん」

「わかりました。先輩、付き合うフリをしてしまいましょうか」

「その言い方……」

 オレは嘆息したが、特に気に留めないようにした。

「まあでも、どうするかだよな。ここしばらくは放課後には会う様にした方がいいかな。他には、土日とかどこか遊びに行くとかぐらいかな。まずは一週間くらい試しでやってみるかね」

「それでも私は大丈夫です。しかしですよ、先輩。着地点はどうしますか? こういう手紙が来なくなったら、終わり、みたいな感じですかね? なんだかすごくアバウトな感じがしますが」

「そうなんだよな。まあ、まずはやってみて、だめだったらその後の事を考えるでもいいかな」

「先輩って意外に計画性ないですよね。行き当たりばったりばかりですよね。そういうのも、悪くはないのですが」

「あまりそういうの言わないでもらえると助かるのだが」

「しかし先輩また学校で変な目で見られるんじゃないですか?」

「そんなんどうでもいいよ。元から浮いてるし」

「……ふーん」

 愛華は唇を尖らして鼻の空気を漏らした。どこか遠くを見ながら水を飲みほした。

「とりあえずですが、今度の土日ですが、予定は空いていますか?」

「なんでそんな変な聞き方するんよ」

「別にいいじゃないですか」

「まあ、うん……。大丈夫。オレはいつでも暇だよ」

「そうですか。暇そうでいいですね」

「言い方が気になるけど。まあ、土曜日のお昼からでどうかな?」

「わかりました」

 そういう形で、オレたちは疑似的なデートを行うこととしたのだった。



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