第一部「愛のカタチ」(幸司の章)
第1章(ストーカー編) 第1話 紹介
彼女――愛華と出会ったのはいつだっただろうか。1年前、いや。半年くらい前であったか。まあそんな些細なことはいいか。
あの頃の愛華は心が凍てついており、そして、脆く、すさんでいた。そんな時に出会ってしまった。まるで運命であったのだろうか。なんでかというと、そんなオレも同じく心が痛んでいた。だからこそ、出会ってのだろうか、そんなことを考える。
そして、オレは愛華から愛の告白を受けた。人の愛なんて受けたことのないオレが愛と共に形のあるモノを受領するなんて思いもよらなかった。
オレは愛華からの授かり物からどのような反応をすればいいのだろうか、なんて答えを返せばいいのだろうか、なんて反応を示せばいいのだろうか。
オレにはわからない。いや、怖いのだ。答えを出すことが。だから、オレは先延ばしを選択してしまった。それが、自分の弱いところだ。
「ねえ、先輩ー。答えはいつ聞かせてくれるんですか?」
「うーん、ごめん。もうちょっと考えさせて」
放課後の日が暮れ始めたころに、オレたちは行きつけのチェーン店の喫茶店でコーヒーをたしなんでいた。オレは唇をかんで、指をこすり合わせていた。普段はコーヒーは砂糖やミルクを入れて飲んでいるのだが、入れずに無糖で飲んでしまっていた。そして、意味もなくスプーンでかき混ぜ続けていた。そんなオレを彼女は両肘をつき、顎を手に乗せて、少し小首をかしげて眺めていた。
「まったくもう。こーんなにも私が幸司先輩の事を想いに思って心をキュンキュンさせているのが分からないんですか?」
「わからないんだ。悪いけど、そんなの初めてだからさ」
「私だって、そうですよ」
背もたれによりかかり、天井を見上げた。意味もなく手をたたいていた。
無言のままオレはコーヒーをすすった。
「もう少し、時間が欲しいんだよ。君の事だ。軽く考えたくないんだ」
そういうと、愛華は満面の笑みを浮かべた。
「先輩ー。もうー。そんなに真剣に考えてくれて、すっごくうれしいです」
顔を赤らめて、体をくねくねと揺れ動かす。
相も変わらずなんだな、と嘆息する。
彼女はオレの1つ下の後輩。いや、元後輩といったほうがいいだろうか。少し前までは同じ学校に在籍していたのだが、彼女は、ちょっとした訳ありで退学した。そして、今は通信の高校へ転校したのだ。オレと違って、行動には融通が利くようだ。
オレは
「それよりも、これからどこか遊びに行きませんか? そうそう、カラオケとかはどうですか? カップルにおすすめのカラオケ屋さんがあるそうですよー。あんなことや、こんなことできたらいいですねー」
「いや、いいよ。お前も分かるだろうに。もう、ちょっと今日は帰らせてもらうよ」
「嫌です、もうちょっと先輩と一緒にいたいですー」
「そうはいってもだな……」
オレはばつが悪そうに言った。愛華は軽いため息をついて、手を伸ばして、飲み物を取ろうとした。しかしながら、コップを持つ手は空を握ってしまった。彼女は「あれれ」と照れくさそうにして笑った。
「まだ隻眼に慣れていない感じだよな?」
オレはつばを飲み込んだ。
「えへへ。ちょっとしばらくは距離感をつかむのに時間がかかるかもしれませんねー」
彼女はあっけらかんとして言ってのけた。オレは目を伏せた。でも彼女はそんなオレを逆に励ますかのようにいつもの調子でにこやかに笑った。
「……」
これも、オレのせいなんだろうか……。オレは湧き上がる罪悪感に蝕まれた。
そんな時、オレのスマホからバイブレーションがなった。
「浮気ですか?」
「なんで第一声がそれなんだよ。違う違う」
そういって、メールの本文を読んだ。
「『今どこでなにしていますか?』」
「勝手に見るなよ」
「へー。ミキっていうんですかー」
「ちょ、ちょっと……」
「ねえ、先輩? 私というものがありながら、浮気ってどういうことですか? え? はっきり説明してください。私にあんなことやこんなことをして、責任取ってくださいよ」
愛華は眉間に皺を寄せて、捲し立てるように喋り出した。
「いや、違うって、これは話せばわかる」
そうすると、メールがまたまたきた。
「『私というものがありながらって、どういう意味ですか? 浮気しているんですか?』。先輩、ねえ、二股かけているんですか?」
「いや、だから勝手に読むなよ。それに、二股もなにも誰とも付き合っていないし、このメールの子は知らないんだよ」
「知らない? どういうことですか? ん? 『そんなことをいうなんてひどい』。ですって。っていうか、近くにいるんですか?」
愛華はあたりを見渡した。
「『いないよ、馬鹿女』。って、完全に聞いているじゃないですか? てか、馬鹿女っていうなよ。この馬鹿女。『うるさい』? は? なに言ってんですか? 『彼は私の物なんだから、手を出さないで。泥棒猫』。いや、泥棒猫って、古っ! 今時死語ですよこんなの。おばさんですか? 『彼を理解しているのは私だけ、だから手を出すな。私だけの、私だけの愛の形でしかない』。いいえー。違います。私が愛している人なんですよ。まるで自分の所有物みたいな物言いしちゃって、馬鹿らしい!」
そういって、愛華は怒気がまじった深いため息をついて、ふんぞり返った。腕を組んで口をへの字に曲げていた。
「てか、メールと喧嘩をしないでもらえるかな? あと、平然とメール見るなよ」
「もう、なんですか? こいつは? 先輩のなんですか!?」
バンッ! と机を強く叩いた。店内に響く音だった。周りのお客さんの怪訝な目線が居心地悪かった。
メールが鳴ったが無視をした。それよりも、愛華の誤解を解くことが先決だった。
「実はオレ……」
そう言いかけて、ふと気が付いた。そういえば、会話の内容がまるまる聞こえているという事は、このすぐ近くにいるのではないか、と思った。オレは何かあると困る。そう考えて、場所を変えるように提案した。
彼女はそれに同意して、とりあえずカラオケにいくことにした。
場所はそこまで遠いというわけではなかった。徒歩で10分くらいだろうか。大通りから少し離れたところに、ゲームセンターがあるのだが、その裏にある、年季の入ったカラオケ店だった。塗装がところどころ剥げており、中も少し小汚い形で、まともに経営されているのかが怪しいところである。店員の愛想がなく、だるそうに小声でマニュアルを読んでいた。受付からでも多少歌声が漏れているため、防音もそこまでしっかりなされていないお店なんだなと感じた。
まあ、ただ会話をするだけだから、そう思って、適当にフリータイムにして、ドリンクバーでたしなみながらのんびりとしようと思った。
入ると、煙草のこもった嫌な臭いが鼻を刺激する。冷房と換気扇を回して、少しでも緩和させようとした。
「で? なんですかー!?」
部屋についたとたんに、愛華は抑えきれなかった衝動を一瞬にして解放した。オレの耳はキーンとなった。愛華は怒声をマイクに乗せてはなった。うるさいと耳をふさいだ。
「だから、誤解なんだよ」
「誤解って何ですか!」
「まず、マイクでしゃべるなって。オレがこう言っているんだから、聞いてくれ」
「はい」
こういうと、素直に聞いてくれるんだな、と勉強になった。
「まあ、とりあえず、先にドリンクでも持ってこよう」
「まさか、このまま逃げる気ではないですよね?」
「バカいいなさんなって。とりあえず、何がいい?」
「お酒はダメですので、オレンジジュース下さい!」
「当たり前だよ。あれ? カルピスじゃなくていいのか?」
「さすが先輩! 私の好みを把握してくださってるんですね! 私うれしいー!」
そう言ってキャッキャと飛び跳ねる。オレはため息をつきながら出て行った。
ジュースを両手に持つと愛華はちょこんと椅子に座って待機していた。
オレが戻ってくるのをじっとして待っててくれていたのだろう。オレは彼女に飲み物を渡すと彼女はありがとうございますとにこやかに礼を言った。
オレは飲み物を一口だけ飲んでそこから、尾の長いため息をついた。
「実はオレ、最近ストーカにあってるんだよ」
「へ?」
愛華はきょとんとした。口をぽかんとさせていた。言葉を中々頭の中にしまうことが出来ていないようだった。
「ストーカーって、本当ですか?」
「ああ。君にそんな嘘をつくわけないだろうに」
「まあ、それもそうですね……。そうですか。先輩も同じ目に合うんですね」
「……そうだな」
「やっぱり私たちって気が合うんですね!」
「そんな気の合い方は嫌だよ」
実は、少し前だけれども、愛華もストーカー被害に遭っていたことがある。それは機会があればお話ししようと思うが、今はいったんおいておこうと思う。
「まあ、ざっくりというと先週……先々週辺りからだけど、ああいう風にメールが頻繁に来るようになったんだ。内容はなんてことはない、今何してますか、とか。私は今こうしてます、とか。ちょっと度がひどい場合はさっきみたいに行動を全部把握しているようなメールが来るんだ。なんだったら、写真付きでも来るさ」
そう言いながらオレはメールの本文を愛華にみせた。愛華は舌をべーっと出して、眉間にしわを寄せ、不快感をあらわにした。
「どうしてストーカーてどいつもこいつも偏向的というか一方的というか、そんなものを身勝手にしてくるんですかね。まあ、変なポエムを送ってきたりするよりはまだましじゃないですか?」
「まあ、君の時は他人ながらも恐く感じたけれど、今自分がその体験をしていくようになると、それ以上の感情が迫ってくるもんだね」
「もし、お弁当とか送ってくるようだったら、捨てたほうがいいかもしれませんよー。何入っているかわかったもんじゃないですし。まあ、まずメールだけで済んでいるのならそれでいいのですが、この調子だと、先輩の距離をもっと詰めてくるような気がしますよ」
「というと?」
「まあ、先輩の家に突撃してくるかもしれませんよ」
「うわぁ、それは嫌だね」
「他人事のようなリアクションですね。まあ、あまり実感わかないのかもしれませんが」
愛華はスマホをオレに返した。オレはそれを受け取ると、机に置いた。そうすると、メールが届いた。
『お弁当、ほしいですか? それでしたら今度さしあげます』
「……」
ピリッと雰囲気が凍った。二人で目線を合わせた。愛華は上目遣いでみつめてきた。軽く呼吸をして、小さく首を横に振った。そして自分の頭を指さして、その指を1,2周くるくると回して円を描いた。そして、舌を鳴らして、手を大きく広げた。
オレたちの声が途絶えた。この狭い個室の中では、大きなテレビ画面から流れる、PRの音声がリピートして流れている。自分の思考と類似しているような気がした。
オレは乾いたのどを潤した。炭酸ジュースを選んだのだが、のどにくる刺激なんかが気になる様子もなく、一気に飲み干してしまった。
陰鬱とした部屋の薄暗さが、自分たちの心境をうまい具合に表していた。
「藤田さんに相談してみたらどうですか? 手を貸してくれるんじゃないですか?」
「うーん。なんか、警察の人に頼むっていうのも、なんかやりづらいんだよね。それほどでもないような気もするし」
「……幸司先輩がそう思うならそこまで深く言いませんが。でも、私も先輩の悩み事もわかります」
愛華は深く何度も頷いた。
「あの、もしかしてですが、私の返事が先送りになっているのはそのせいですか?」
「いいや、それは、君のことに関しては真剣に考えたいというのがあるからだ。これとは関係ない」
「先輩ーうれしいですー」
さっきまでの鬱蒼とした空間が嘘のように花畑のように明るく模様替わりした。
愛華はこういう時ありがたい存在だよなという感じがした。メールがきたがまあ、無視した。
抱き着こうとしてきたので、オレは避けた。とりあえず、せっかくカラオケにきたのだから、歌わないともったいない。だから、曲を予約して、愛華と楽しい時間を過ごすこととした。
「じゃあ、先輩! また明日ー!」
大きく両手を振っていた。相変わらず、周りを気にしない彼女。ちょっと恥ずかしいからやめてもらいたいな、とは思いつつ否定はしない。
愛華は大きく口を開けて、「えへへ」と嬉しそうに笑う。まるで、太陽のように明るく笑う子だ。本当に楽しそうだな、と思う。その反面、その笑顔がオレの心を痛ませる。
オレは「じゃあな」と軽く片手をあげた。
そうして、オレは家にそのまま帰ることにした。
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