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 美術部の部員は六人で、二年生はあたしと夜雨ちゃん、淡雪ちゃんの三人だ。三年の先輩せんぱいは受験勉強やじゅくがあるから、時々部室に顔を出すくらいだ。

 一年生二人は中庭で絵を描いているから、美術室にいるのはあたしたち三人だけだった。

 窓は開いていて、心地ここちいい風がき込むたびにカーテンがれる。

 日の当たるまどのそばの大きな作業机で、あたしはクロッキー帳にスケッチをしていた。

 夜雨ちゃんはマンガが好きで、最近はタブレットでデジタルマンガを描いている。なかなか構図が決まらないのか、「うーん……」とペンを揺らしながらなやんでいた。

 玄冬淡雪ちゃんは、丸いフレームのメガネをかけた、フワフワしたショートボブのかみの女の子だ。

 淡雪ちゃんは作業机の真ん中に置いてある凜々りりしい顔立ちの石こう像を見ながら、さらさらとクロッキー帳に鉛筆を走らせる。淡雪ちゃんが得意なのは、油絵と水彩画すいさいがだ。

 展覧会に出品する絵を描く時や、体育祭の看板製作、文化祭の準備をする時にはいそがしくて、おそくまで学校に居残りしている時もあるけれど、いつもは自由気ままに好きな絵を描いて過ごしていた。

 そんな美術部ののんびりとした雰囲気ふんいきが居心地よくて、あたしはこの部活の時間が好きだった。

 真剣しんけんな顔をして考え込んでいた夜雨ちゃんは、頰杖をつきながらため息を吐く。それから、となりに座っているあたしのかたにもたれかかってきた。

「おおっ。アリスの得意なキノコの不思議な森シリーズだね。かわいいじゃん」

 あたしはクロッキー帳いっぱいに描いたキノコを色鉛筆でくなぞりながら、「うん」と返事をした。

「アリスちゃん、キノコ好きだね」

 淡雪ちゃんも絵を描く手を休めて、「フフッ」と笑う。

 うす綺麗きれいな羽の妖精ようせいたちが、キノコの周りをせっせと飛び回っている。

(今年の展覧会の絵も、キノコと妖精をモチーフにしようかな?)

 あたしは色鉛筆をあごにちょんっと当てながら、ぼんやりと考える。

「ちょっと、休憩きゅうけいして紅茶をいれようか」

 淡雪ちゃんが鉛筆とクロッキー帳をおいて、立ち上がった。

「待ってました! アリス~、お茶会にするよ~」

 夜雨ちゃんもびをしてから腰を上げる。あたしは楽しみにしていたお茶会の言葉に目をかがやかせ、「うんっ!」と急いでクロッキー帳を片づけた。

 あたしが机にチェックがらのクロスを広げると、夜雨ちゃんがバッグからお菓子かしかんを取り出す。

「今日はジンジャーマンクッキーだよ!」

 夜雨ちゃんが缶のふたを開くと、中にはアイシングで目や口を描いた人形型のクッキーが入っていた。

「季節外れなんだけどね~」

 ジンジャーマンクッキーはクリスマス定番のクッキーだ。今は初夏だから、ちょっとどころではなく気が早い。

「それじゃ、今日は早すぎたクリスマスのお茶会だね」

 水筒すいとうの紅茶を紙コップに分けながら、淡雪ちゃんが笑う。

 あたしはソワソワして、「うんうん」と二回うなずいた。

 お茶会の紅茶は、いつも淡雪ちゃんが用意してくれる。お菓子を用意してくれるのは夜雨ちゃんだ。

 あたしは淡雪ちゃんみたいにおいしい紅茶もいれられないし、夜雨ちゃんみたいに手作りのお菓子を作ることもできないから、クロスを用意して紙皿と紙コップを準備している。

 淡雪ちゃんが「はい」と、あたしに紅茶を注いだ紙コップをわたしてくれた。

「ありがとう、淡雪ちゃん。わぁ……いいかおり」

 ダージリンティーのいい香りがする。淡雪ちゃんは紅茶やハーブティーにこだわっていて、いつもいろんなお茶を用意してくれる。

「ん~、高貴な香りがする~」

 夜雨ちゃんが目をつぶって香りをぎながら、うっとりしたように言った。

「そのようにお褒めいただけるとは光栄です」

 淡雪ちゃんはかしこまったように答える。あたしたちは笑って、紅茶を味わいながらクッキーをまむ。

「そういえば、アリス~。今朝、白秋君に声をかけられてたじゃん」

 夜雨ちゃんがあたしのほうにグイッと寄ってくる。今朝のことを思い出しただけで、あたしの顔がパッと赤くなった。

「白秋君って、バスケ部の王子様だよね」

 ジンジャーマンクッキーを頭のほうからパリッとかじりながら、淡雪ちゃんが言う。

「バスケ部でイケメンで、人気者だからね~。モテないわけないよ」

 夜雨ちゃんはうでを組んで頷いてから、「どうする、アリス~?」とニマニマしてあたしにきいてきた。

「ライバル、絶対多そうだよ~?」

「あたしは……ええと……っ」

 あたしは困って、紅茶をグイッと飲み干した。

「ふーん、アリスちゃんの好きな人なんだ? それは知らなかったなぁ~。聞きたいな~」

 淡雪ちゃんもメガネをクイッと上げて、椅子いすを寄せてくる。二人にジーッと見つめられたあたしは、「白秋君は……」とおずおずと口を開いた。

「うんうん、白秋君は?」

 頷きながら、夜雨ちゃんが先をうながしてくる。

「かっこいいと……思うよ!」

 正直に答えると顔が熱くなり、パタパタと両手であおぐ。

「アリスちゃんの好みって、王子様タイプの男子だったんだね」

 淡雪ちゃんが人差し指を顎に当てて言った。

頑張がんばらないとね、アリス。隣の席っていうアドバンテージがあるんだから、今のうちに距離きょりを縮めるんだよ。次の席替せきがえの時には、はなれた席になっちゃうかもしれないんだし!」

 夜雨ちゃんのその言葉に、あたしはハッとする。

(そうだよ……!)

 今は隣の席だから、白秋君も時々あたしに話しかけてくれる。離れた席になったらきっかけもなくて、ただ遠くから見ているだけになるかも――。

 あたしは「どうしようっ!」と、あせって胸が苦しくなってきた。

「男子と仲良くなるって難しいよね。白秋君はあまり人見知りしないみたいだから、話しかけやすいほうだと思うけど」

 淡雪ちゃんが紅茶を飲みながら、少し首をかたむける。夜雨ちゃんが「だね~」と、相づちを打った。

「きっかけとかあればいいけど。あとは、共通の話とか?」

趣味しゅみが同じとか? 白秋君って何が好きなの?」

 淡雪ちゃんにきかれて、あたしと夜雨ちゃんは同時に、「「バスケ!」」と答えた。白秋君は昼休みの時も、クラスの男子たちと体育館に移動してバスケをしているみたいだ。白秋君の性格はあたしと正反対で趣味もちがう。共通の話題なんて、すぐには思いつかなかった。

「それは……うん、難しそうだね」

 苦笑くしょうした淡雪ちゃんは、メガネのフレームを指で少し上げる。「だよね〜」と、夜雨ちゃんもため息をいていた。

「あたしがもっと、バスケが得意だったらよかったんだけど……」

 運動が苦手なあたしは、バスケの時もチームのみんなよりおくれてしまう。だから、バスケが得意な夜雨ちゃんが少しうらやましかった。

「じゃあ、反対に白秋君が絵を好きとか?」

「どうかなー。マンガは普通に読んでるみたいだけどね」

 淡雪ちゃんと、夜雨ちゃんがそう話をしている。

 白秋君は友達に借りたマンガを読むくらいで、やっぱりスポーツのほうが好きみたいだ。

 あんまり興味はないのかもしれない。あの日は、あたしがいていた絵を『うまい』とめてくれたけど。

 白秋君は人気で、告白したいとか、付き合いたいと思っている子はたくさんいる。その中で、あたしが選んでもらえる可能性はほんの少しもなさそうだ。

(告白する勇気もないよ……)

 あたしはため息を吐く。少しだけでも仲良くなりたい。せめて、友達だと思ってもらえるようになれたらいいのに。

 でも、今のままではいつまでも自分から話しかけられず、一年間『遅刻ちこくのライバル』のまま終わってしまいそうな気がする。

(そんなの、ダメだよ!!)

 あたしはプルプルと小さく首を横にって、助けを求めるように二人を見る。

「夜雨ちゃん、淡雪ちゃん。あたし、どうすればいいかな?」

「そうだねー。こういう時にはやっぱり、作戦が必要じゃないかな!」

 夜雨ちゃんはそう言いながら、自分のバッグを開いた。

 淡雪ちゃんが「どんな作戦?」と、たずねる。

「んー……それはやっぱり」

 夜雨ちゃんは取り出したノートをあたしと淡雪ちゃんに見せ、ニコーッと笑った。

完璧かんぺきノートでばっちりアピール大作戦でしょ!」

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