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 平日の午前中、リリカちゃんデザインのエプロンと三角巾さんかくきんを身につけたボクは、「ドリーム☆はたきリリカバージョン〜っ!」と、はたきを取り出す。ただ、ピンクのリボンを結んだだけの、どこにでも売られているごく普通のはたきだ。

「さて、始めるか……」

 こしに手をやりながらつぶやいて、ボクはたなの上のほこりをそのはたきではらう。

 かざってあるのは、リリカちゃんやルルカちゃんのフィギュアやぬいぐるみ、ケースに入った限定品のマジカル☆ステッキなど、今まで苦労して集めたボクの命より大事なコレクションである。総額は――どうでもいいとして。

 アニメのOP曲を口ずさみながら、ボクは一つ一つ、丁寧ていねいに埃を払っていく。

「ん〜やっぱ、めちゃくちゃよくできてるよなー」

 ケースに入ったリリカちゃんのフィギュアを、手を止めてしげしげとながめた。スカートのフリルまで細かく再現してある。ジッと見ていると、アニメの場面が思いかんできて、声や動きまで忠実に脳内で再現される。

 こういう時、無駄むだにいい記憶きおく力が大いに役に立つ。ただ、没頭ぼっとうしていると時間だけが過ぎていって掃除そうじが少しも進まないため、ボクは慎重しんちょうにケースを棚に戻した。

「よしっ、完璧かんぺきっ!」

 来月には注文していた新しいフィギュアが届く。これでおむかえする準備は万全ばんぜんだ。

 鼻歌まじりに掃除を続けているとインターフォンが鳴る。

「何か注文してたっけ?」

 三角巾を外して玄関先げんかんさきで荷物を受け取り、部屋に戻ると、海外からの荷物だった。『精密機械』『取扱とりあつかい注意ちゅうい』『天地無用』と、ベタベタと箱にシールがられている。

(もしや、これは……っ!)

 ボクはゆかに箱を下ろし、急いでテープをはがした。梱包こんぽう材をかき分けて中に入っていたものを取り出すと、先日、クレーンゲームで入手したリリカちゃんのまくらが入っている。とある場所に送っていたものが、ようやく戻ってきた。

「ついにきたーっ! これを待ってたんだよね〜」

 ボクは抱き枕をギューッと抱きめた。これは、ただの抱き枕じゃない。特別に改造をほどこした『ボク専用夢を叶かなえるリリカちゃん抱き枕』だ。

「その名も……リリカちゃんに愛を込めて! ドリーム☆マジカル抱き枕・マルコス’55バ〜〜〜ジョン!」

 ボクははたきと抱き枕を手に、リリカちゃんの決めポーズを取る。もちろん、この部屋にいるのはボク一人だから、反応してくれる相手はいない。

 静かな部屋の中で急に冷静になったボクは、スンッとなってその場に体育座りをした。

 ひざにおいた抱き枕に顔をうずめると、リリカちゃんのにおいーーなんてするはずがない。工場から運ばれてきた繊維せんいの匂いだ。

 スンスンいでいると、エプロンのポケットにっ込んでいたスマホが鳴る。

 ボクが連絡れんらくを取る相手は限られている。スマホを取り出して画面を表示すると、大学時代の教授からのメールだった。

『やあ、マルコス君。ギフトは届いただろうか。スペシャルな夢の時間を楽しんでくれたまえ』

 そんな簡単な文面だった。悪戯いたずらっぽいみを浮かべている教授の顔が浮かんでくる。ぼう研究機関の支援しえんのもとで、ボクと教授はあるデバイスの開発を行っていた。

 教授に一緒いっしょにやってみないかと話を持ちかけられた時、面白おもしろそうだったからまあ少しばかりならかかわってみてもいいかなと思い、ちょっとばっかり協力することにした。

 簡単に言えば、『自分の思い通りの夢の世界を体感できる、まさに人類の夢と願望と妄想もうそうがたっぷりつまった〝夢〞の装置』だ。

 この抱き枕の中に組み込んだデバイスによって、遠隔えんかく的に夢に干渉かんしょうすることができる。

(まあ、これがニートの本気ってね〜)

 時間とひまならたっぷりある。このために、しばらく家にもりきりの生活だった。

 ボクは「フフフッ」と、ふくみ笑いをらした。これを抱き締めながら見たい夢を思いえがいてれば、その通りの夢を見られる。

 もちろん、夢だから安心安全。ぐっすり快適な睡眠すいみんをお約束。ストレス軽減効果もあったりなかったり。アロマスプレーをシュッとかければ、よりリラックスしながら心地ここちよい夢を見られるってわけだ。

 しかも、寝過ごし防止のための目覚ましタイマー機能もついているすぐれもの。

「さーて、リリカちゃんに会いに行きますか」

 ボクはウキウキして、スキップしながらベッドに向かった。

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