1-③



 イサム君もバイトの時間だというので、細い路地の手前で別れた。ボクとカッキー君は、一緒いっしょに駅に向かう。

 のんびり歩いていると、自然と鼻歌がもれた。もちろん、リリカちゃんのキャラクターソングだ。

「うーん、実に有意義な時間を過ごせた気がする。やっぱ、たまにはみんなと過ごすって

のも大事だよね〜」

「マルコス君ってさ……なんだか不思議だよね」

 足を止めてり返ると、カッキー君のメガネのレンズが夕日に反射していた。

「……やっぱ、そう思う?」

「うん、思う」

 カッキー君はどこで買ってきたのか、ソーダアイスをにぎり締めながら頷いた。それも少しけて、垂れてきている。

薄々うすうすそうなんじゃないかと思ってたけどさ。謎多き不思議系天才イケメンミラクルチートキャラってのが、ボクだよね〜っ!」

 ボクはほどいた手を顎にえながら、夕日に染まる空を遠く見つめる。

「やばいっ、なんかかっこいいかも。リリカちゃんに相応ふさわしすぎる男の気がしてきた!」

 無反応のまま、カッキー君はソーダアイスをくわえている。かわりに、せせら笑うように鳴いたのは電柱にとまっているカラスだ。ボクが見上げると、白けたように片方の羽を広げてついばんでいた。

「なーんちゃってさ。その実体はただのニートだけど……」

 ボクもすぐに白けた気分になって前を向き、歩き出した。

「マルコス君って、自分のことあんまり話さないからさ……」

「特に話すこともないからねー。ひまを持て余してるだけだし……家でゴロゴロ、毎日ゴロゴロ……代わりえなしってさ。そんな話、聞いてもつまんないじゃん」

 今日はみんなと集まるために、冬眠とうみんから目覚めたクマのようにのそのそ巣穴から出てきたけれど、そういう特別な用事でもなければずっと家の中に引きこもっていただろう。

 それがニートの本分で、ニートたる由縁ゆえんなのだから仕方ない。

 毎日活発に家から出て、近所とか公園とかを散歩したり、朝の体操をしたりしているのは、余生を満喫まんきつ中の隠居いんきょ老人か、有閑ゆうかん貴族といったところだろう。それはそれで理想的だけど、ボクとしてはニート生活ってものをもう少しきわめてみたい。

「それより、ボクとしてはカッキー君の話のほうが面白おもしろそうだと思うけど。名前のことも知らなかったしさ」

「僕らって、会ってけっこうつのに、おたがいのことあんまり知らないよね」

「んーまあね。みんなのこだわりと趣味しゅみ嗜好しこうなら、だいたい把握はあくしたけど」

「それ以外のことだよ……僕はマルコス君のこと、全然知らないけど、それでもやっぱり、友達だって思うし……だから、ちょっとは、知りたいって思うんだ。マルコス君だけじゃなくて、イサム君とか、ミミッチのこともさ。僕にはここしか……居場所がないから」

 ボクと並んで、カッキー君はメガネを外す。真っぐ見つめられて、「まぶしい!」とボクは視界をさえぎるように手をかざして一歩下がった。

「やばい、カッキー君のイケメンオーラに負けそうっ!」

「また、話をはぐらかしたね」

 カッキー君はため息をくように言って、ソーダアイスの棒をポケットから出したゴミ袋に入れる。

「………… 普通ふつうだよ」

 ボクは視線をわずかに下げて、そう答えた。

 カッキー君がボクをジッと見てくる。道路に映るボクらのかげも、向き合ったまま動かない。

「……だから、話すようなこともないんだよ」

 ぎこちなく笑ったボクは、「それよりさ」と話を変えた。

「先週のリリカルルカ、めちゃくちゃいい展開だったよね〜。改造ウネウネタコマリン博士とのバトルシーン、エグいくらいに動くしさ。制作じんの意地と根性こんじょうとクリエイターだましいを感じて、感動と感激のあまりに涙腺るいせん崩壊ほうかいしたんだけど。ていうか、リリカちゃんがステッキうばわれた時に、ルルカちゃんが飛び出して奪い返すシーンさ、かっこよくなかった!? あの二人の熱い友情で、ボクのほうがだこになりそうだったんだけど。『リリカッ!』ってルルカちゃんがステッキ投げわたした時のリリカちゃんの顔が、完全に乙女おとめだったしさ!」

「あのシーンのリリカちゃん、目がハートでウルウルだったね」

「あの顔をボクは百万回くらい見たい! っていうか、絶対見る。早く円盤えんばん出ないかな〜」

 ボクらは熱く盛り上がりながら並んで歩く。駅に辿たどり着くと、カッキー君は駐輪場ちゅうりんじょうから自分の自転車を出してきた。

「んじゃ、またね〜」

「うん……また」

 ボクはヒラヒラと手を振り、カッキー君が自転車に乗って走り去るのを見届ける。

 学生たちが笑って雑談しながら歩いてくる。ボクはパーカーのフードを深めにかぶり、うつむきがちに歩き出した。

(友達……か……)

 カッキー君たちと一緒にいる時は楽しいと思う。だからって、友達と呼んでいいのかボクにはわからなかった。友達と呼べるような相手は今までいなかった。

 今だって、友達がほしいと思っているわけじゃない。カノジョもいらないし、推しのリリカちゃんがいればいいと思ってる。

 台詞せりふなんて全部覚えているのに、毎日、毎日、何度もり返しアニメをて過ごすし、リリカちゃんグッズはほとんどそろえてる。カラオケに行けばアニメの曲やキャラクターソングばっかり歌ってるけどきない。イベントに行けば、リリカちゃんカラーのサイリウムを振って飛びねて、応援おうえんして、グッズを手当たり次第しだいに買ったりもする。

 そのためには朝四時に起きてまだ薄暗うすぐらいうちから物販ぶっぱんのブースの前に並ぶことだって平気だ。いつもなら、昼過ぎまでグーグーてるけど。

 しのためなら、地球のどこだってイベントがあればけつけもする。地球圏外けんがいだったとしても、ファン魂にかけて自力で向かうさ。自前のロケットを開発するくらい、ボクにとっては朝飯前だ。

 別にボクの生き方をだれかに理解されたいなんて思っていない。他人のことは、しょせん真に理解することなんて不可能だ。だったら、べつに気にするようなことじゃない。自分が満たされる方向に進めばいい。

 人にどれだけ望まれても、何をやってみても、何を達成してみても、むなしくなるだけだった。

 だから、ボクは無意味だと思えるもの全部を捨てることにした。

 そうしたら、なんと、おどろくべきことに何にも残らなかった。つまり、ボクにとって意味があることは、何一つなかったってことだ。

 十数年も生きれば、普通、大切にしたい思い出とか、大事な人間関係とか、多少はできるはずなのに。ボクには何にもなかった。誰かとのつながりも、ボクは持てなかった。けれどそれでいいと思った。

(ああっ、ちがうかな……)

 ボクを理解しようとしてくれた人もいたんだ。少なくとも一人は――。

 飛び級で海外の大学に進学したボクは、相変わらず友人もできなくて一人でいることが多かった。そんなボクのことを、何かと気にかけてくれた教授がいた。ボクを研究室にさそってくれた人でもあった。

 足のみ場もないほど本やファイル、計測器が置かれていた大学のせまい教授室で、教授の研究のことや、雑誌に掲載けいさいされていた論文についての議論を、時間を忘れてしていたのを思い出す。ボクが長々と語る話を、教授はいつもうなずきながら楽しそうに聞いてくれていた。

 あの人はいつだってフェアだった。ボクを特別あつかいすることなく、ほかの多くの生徒たちと同じように扱ってくれていたから。それが、ボクには居心地いごこちよく思えた。

 大学を卒業する少し前、教授に『時間をもどせたら、人生をやり直せるのに』と話したことがある。そうすれば、別の自分になれるような気がしたから。タイムマシンの開発に着手しようかと、真剣しんけんに考えたこともある。

 教授は『なるほど、それは人類誰しも、一度は思うことだろう』と、笑いながら頷いていた。

『しかし、人生をやり直したとしても、別の自分になれるとは限らないさ。人はそう変わらないものだからね。心が求めるものはいつだって同じだ。だから、人は何度でも同じ選択せんたくを繰り返す。そして必ず同じ未来に辿り着くのだ。もちろん、検証をしてみたわけではないがね。なにせ、私にはタイムマシンは作り出せない。それを立証するすべもないわけだ。君ならば、もしかすると可能かもしれないが』

 ボクのかたたたきながら、教授はそう話してくれた。あの人くらいだっただろうか。ボクを理解しようと努めてくれたのは。

 大学を卒業して日本に戻った後、教授とは一度も顔を合わせてはいない。けれど、メールやメッセージのやりとりは今でも続いている。

 繫がりをとうと思わなかったのは、教授との時間が、ボクにとって少しばかり意味のあるものに思えたからだろう。

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