1-②



 喫茶店を出たボクらが向かったのは、一番近い場所にあるゲームセンターだ。

 平日だから、それほど人は多くない。昨日は行列や人だかりが出来ていたクレームゲーム機も今はいていた。ケースの中には、まだリリカちゃんとルルカちゃんの大きな抱き枕が残っている。

 となりのクレーンゲーム機では、カッキー君とミミカさんがボタンを操作してアームを移動させていた。

「ああっ、落ちそう……カッキー君、助けて〜っ!」

「ミミッチ、もう少し、頑張れ!」

 あたふたしているミミカさんを、カッキー君が真剣しんけんな顔で応援おうえんしている。

 どこからかゲットしてきたソフトクリームも、しっかりとその手に持っていた。

「なんだよ……あっち、完全にカップルじゃん?」

 イサム君が二人を見て、うらやましそうに呟く。

「んー……」

 ボクはあごに手をやって、ケースの中をのぞき込んだ。

 アームの角度や、可動域、強さ、抱き枕までの距離きょり 、重心、反動など諸々もろもろ考慮こうりょしつつ、最短で景品を落とし口まで運ぶ方法を、頭の中でパパッとシミュレーションしてみる。

「まあ、行けそうかな……さすがに一回じゃ無理かもだけど」

 イサム君が、「資金はたっぷりあるからよ。遠慮なくやってくれ!」と小銭こぜにわたしてくる。それを受け取って投入すると、ボクはボタンを押した。

『魔法少女リリカルルカ』の曲が鳴っているから、ついボクらも一緒になって口ずさんでいた。

 アームの先が、抱き枕のタグにちょうどうまく引っかかったようだ。

「おっ、よし、きた!」

 ボクは思わず片手で拳を握る。ミミカさんやカッキー君もやってきて、息をむように見守っていた。イサム君はなぞの念力をボクに送りながら、「ルルカちゃん、ルルカちゃん」といのるように名前をり返している。

 アームに引っかかったルルカちゃんの抱き枕は、今にも落ちそうになりながらも落とし口まで運ばれる。アームが開くと、うまい具合に落ちてきた。イサム君が「うおおお――っ!」と、拳を握って雄叫おたけびを上げる。

「あたしたちも頑張ろう。カッキー君っ!」

「うん……ミミッチのために……次は、取るっ!」

 隣のクレーンゲーム機の前にもどった二人は、楽しそうに盛り上がりながらアームを操作する。何度目かの挑戦で、リリカちゃんの抱き枕をゲットしたカッキー君は、「はい、ミミッチ」とそれをミミカさんにプレゼントしていた。

「カッキー君……ありがとう。すっごく、大事にするね!」

 なみだぐんだミミカさんは、ギュッとリリカちゃんの抱き枕を抱きめる。また、すっかり二人だけの世界だ。

「うおおおおお――っ! 俺はこの抱き枕を、死ぬまではなさねえ!」

 イサム君は人の目も気にせず、天井てんじょうに向かってさけんでいた。

「それじゃ、もう一つリリカちゃんをおむかえしますか」

 ボクはポケットから小銭を取り出して投入し、鼻歌交じりにボタンを押す。さっきのように一回で取るのはさすがに難しくて、三度目でようやくリリカちゃんの抱き枕をゲットした。

(やっぱ……かわいいじゃん。リリカちゃん)

 リリカちゃんの笑顔えがおを見ていると、ボクのほおゆるむ。

 隣のクレーンゲーム機では、カッキー君も何度か挑戦して自分用の抱き枕を取れたようだった。


 ゲームセンターを出ると、ボクは抱き枕を入れた紙袋かみぶくろを抱えて歩き出す。

(今日はリリカちゃんにはさまれながらちゃおうかなー、なーんて)

「マルコス君ってさ……なんでマルコス’55って名前なの?」

 赤信号で止まった時、カッキー君がふとボクにたずねる。カッキー君は右手に抱き枕の入った紙袋をげ、左手には特大の肉まんを持っていた。

「そういえば、なんでだろ?」

 ボクはうでを組んで首をひねった。

「テキトーだよ。特に深い意味はなし。あっ、でも『’55』はなんか好きな数字なんだよねー。勢いある感じするじゃん」

 信号が変わり、ボクらは並んで横断歩道を渡る。

「うん、それはわかる」

 肉まんを頰張ほおばりながら、カッキー君がうなずいた。

「俺だってバイトで使ってる名前だしなー。別に気に入ってるとかじゃねーけど、面倒めんどうくさいからその名前にしてるだけだし」

 後ろを歩いていたイサム君が、ボクらの話に加わる。

「あたしだって、リリカちゃんとルルカちゃんをリスペクトしてつけただけだよ。本名、あんまり気に入ってなくて……ちょっとずかしいんだ。カッキー君みたいに、『杜若かきつばた』ってかっこいい苗字みょうじとかだったらよかったんだけどね」

「えっ……カッキー君って、そういう苗字だったの!?」

 ボクがおどろいてきくと、カッキー君は頷く。

「マジかよ……ってか、なんでミミカちゃん知ってんの? やっぱ、二人って付き合ってない?」

 イサム君も疑わしげな目を二人に向ける。

「ああっ、そうだ! あたし、バイトの時間だから。みんな、さそってくれてありがとう。また、お願いしますっ!」

 赤くなったミミカさんは、ペコッと頭を下げて急ぎ足で立ち去る。途中とちゅう、『前方注意』の看板にぶつかりそうになっていた。

「絶対あやしいと思うんだよね〜」

「だよな〜」

 ボクとイサム君は、疑惑ぎわく眼差まなざしをカッキー君に向ける。カッキー君はいつもと変わらないのほほんとした表情で、肉まんを頰張っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る