第5話「信用してるから」

「りんごあめ♪ りんごあめ♪」


 あれからお祭りを周り――ヨーヨー釣りやスーパーボールすくいをした後、心愛は目的のりんごあめを購入しようと並んでいた。

 体を揺らしているので、順番が回ってくるのが待ち遠しいようだ。


「ふふ、本当に心愛ちゃんかわいいよね」

「天使みたいだろ?」

「うん、羨ましいくらいにね。私も、心愛ちゃんみたいな妹がほしいもん」


 やはり心愛のかわいさは半端ないようで、あの黒雪さんもメロメロだ。

 こういう話をできる相手は今までいなかったので、少し楽しい。


「ねぇね、りんごあめは?」


 そんな中、自分の話をされていることに気付いてないのか、心愛がニコニコ笑顔で黒雪さんを見上げた。

 黒雪さんは腰をかがめて、心愛の目線に自分の目線を合わせる。


「私はいいから、心愛ちゃんの分だけを頼んだらいいよ」

「んっ……! おじしゃん、りんごあめくだしゃい!」


 ちゃんと黒雪さんの意思確認をできた心愛は、笑顔でお金を差し出す。

 しかし、受け取るお兄さんは、若干苦笑いを浮かべてしまった。


 そりゃあそうだろう。

 心愛、どう見てもこの人は、おじさんじゃないぞ……。


「すみません……」

「いやいや、幼い子から見たら俺も、おっさんっすからね」


 謝ると、お兄さんは笑顔で対応をしてくれた。

 心優しい人でよかった。


「……?」


 そして心愛は、どうして俺が謝ったのかわからないらしく、キョトンとした表情で小首を傾げている。

 後でしっかり教えておこう。


「お兄ちゃんも大変だね?」

「悪気がないし、仕方ないさ」


 黒雪さんが困ったように笑いながら言ってきたので、俺は肩をすくめる。


 悪気なく言っているんだから、叱るわけにはいかない。

 これから心愛も、自分の目で見て覚え、言葉のチョイスも学んでいくだろう。

 そのためにも、そういうのは気をつけないといけないんだよ、と後で教えておく。


「…………」

「なんだ?」


 何やらジッと黒雪さんが見つめてきたので、意図を尋ねる。

 すると、彼女はニコッと笑みを浮かべた。


「いいお兄ちゃん、してるなぁって」

「なんだそれ」

「心愛ちゃんにとって、白井君は自慢のお兄ちゃんなんじゃないかな?」


 そう言って、彼女は心愛に視線を向ける。

 ちょうど心愛が俺たちを見上げたところだったようで、りんごあめにかぶりつきながら、不思議そうに黒雪さんを見つめ返す。

 そして、頭の中で彼女の言葉を反復して意味を理解したのか、かわいらしい笑みを浮かべた。


「んっ……!」

「ほらね?」


 心愛が頷いたのを確認し、素敵な笑顔で俺に言ってくる黒雪さん。

 ドヤ顔に近い表情は、少しかわいらしかった。


「意味を理解してるか怪しいな。わからずに、てきとーに頷いてる気がするぞ」

「妹に対する信用はどこに……?」

「賢い子だけど、やっぱり幼いからなぁ……」


 頭はいいと思う。

 兄バカとかシスコンとかじゃなく、今まで見てきて本当にそう思うのだ。

 だけど、やはり限度がある。

 四歳になったばかりの子が、俺や黒雪さんほどの知識を持ち合わしたりはしない。


「心愛、黒雪さんの言ったことわかる?」

「んっ! にぃに、かっこいい!」

「ぐふっ!」


 思わぬ反撃(?)を喰らい、俺は思わず口を手で押さえてしまう。

 それを見ていた黒雪さんが、クスッと笑い声を漏らした。


「なんだよ……?」

「白井君って、面白いよね」

「普通だろ?」


 むしろ、つまらない側の人間だと思う。

 愛想は悪いし、付き合いも悪いからな。


「普通……ではないかもね。でも、学校ではお堅いイメージだったのに、今はお茶目だなって思う」


「……馬鹿にしてるか?」

「うぅん、褒めてるんだよ」


 お茶目という言葉が、男にとって褒め言葉なのだろうか?

 だけどまぁ、嫌味で言っていないことは、黒雪さんの表情でわかる。


 相変わらず、温かい笑顔だ。


「そういえば私たち、あまりこんなふうに話すことなかったよね?」

「俺は黒雪さんと違って、人付き合い良くないからな」

「噂には聞いてるよ。遊びに誘っても、理由も言わず断られるって。でも私は、その理由はわかった気がする」


 黒雪さんは心愛をチラッと見る。

 もう高校生とはいえ、親なしに幼い妹を地元以外の祭りで連れ歩いていれば、察することもあるだろう。


 心愛はりんごあめに夢中になったのか、もう俺たちのほうを見ていない。

 一生懸命食べている姿は、やはりかわいらしかった。


「先に言っておくが、別に強制されているわけじゃないからな? 俺が好きで、心愛の面倒を見てるんだ」

「そっか」


 俺の言葉を聞いた彼女は、短く言葉を切った。

 いったい、何を思っているのだろうか。


「ねっ、連絡先交換しない?」

「はっ?」


 突然スマホを出され、思わず声が出た。


「チャットアプリで友達登録しようよ。そっちのほうが都合いいでしょ?」


 彼女は再度心愛をチラッと見て、視線だけで意図を伝えてくる。


 今回心愛は、黒雪さんに懐いたようなので、今後彼女と連絡を取りたがることもあるだろう。

 家に呼べ、なんて無茶ぶりもされるかもしれない。

 そのためには確かに、連絡先を交換していたほうがいい。

 学校では話せない内容だしな。


 しかし――。


「男とは、交換しないようにしてたんじゃないのか?」


 確か、学校でそういう噂が流れていたはずだ。


「しなかったんだけどね、白井君なら大丈夫かなって。節度を保ってくれるだろうし、他の人に勝手に教えたりしないでしょ?」

「まぁ、それは大丈夫だが……」

「うん、信用してる。だからね、交換しようよ」


 そう笑顔で言われてしまえば、断ることなんてできない。

 だから俺は、彼女と連絡先を交換することにした。


 まさか、初めて手に入れる女子の連絡先が、黒雪さんのだなんて――世の中、わからないものだな。


 ――その後は、三人で仲良く祭りを周り、最後には黒雪さんを家の近くまで送っていった。

 そして、黒雪さんと離れたくないと我が儘を言う心愛をなだめながら、なんとか家に帰ったのだった。

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