第4話「人はあっさりと亡くなる」

「――うぉ、見ろよ。すげぇ美少女がいるぞ」

「ほんとだ。アイドルが遊びに来てるのか?」


 さすが学校一人気な美少女。

 先程から、沢山の熱っぽい視線が向けられている。


 しかし、こういう視線は苦手なのか、彼女は居心地悪そうにしていた。


 逆に、結局俺の腕の中にいる心愛は、視線を気にしていないようだ。

 ご機嫌そうに体を揺らしている。


「隣の奴、彼氏なのか?」

「いや、ありえねぇだろ。お付きとかじゃねぇの?」


 そして俺は、彼氏どころか男友達にも思われていないようだ。

 不釣り合いすぎると、こうなるんだな。

 一つ勉強になった。


 ――できれば、一生知りたくなかったけど。


「ごめんね……?」


 俺のことを不憫ふびんに思ったのか、黒雪さんが申し訳なさそうに謝ってきた。


「謝ることじゃないだろ? 黒雪さんが悪いことは何一つないんだから」

「でも、私のせいで白井君に嫌な思いをさせてるし……」


 彼女は良くも悪くも、優しすぎる。

 誰がどう考えたって、注目される責任が彼女にあるはずがないのに。


「優しいことはいいと思うんだけど、優しすぎるのは良くないと思うぞ?」

「えっ……?」


「自分のせいだって思えることは凄いことだけど、なんでもかんでも自分のせいにするならそれは、状況を正しく認識できていないということにならないか? 何より、相手の反省する機会を奪うことだと思う」


 別にその相手が、今のようによく知らない奴らや、どうでもいい奴らなら放っておけばいい。

 自業自得だし、同じ過ちを繰り返して大きな失敗をすればいいとさえ思う。


 だけど――身近な人が相手なら、やっぱりちゃんと反省は促したほうがいい。


「……白井君は、心愛ちゃんにとても甘そうだけど、やっぱり叱ったりするの?」


 黒雪さんは思うところがある様子で、顔色を窺うように俺を見上げてくる。

 かなり甘やかしているので、叱らないように見えるんだろう。


「んっ、にぃに、おこる」


 俺が答えようとすると、先程まで黙って話を聞いていた心愛が、先に答えてしまった。

 自分の名前が出たことで、話に入ろうとしたようだ。


「怒るって言っても、注意レベルだけどな。怒鳴ったりはしないさ」

「にぃに、たまにうるしゃい」

「心愛? それはちょっとお兄ちゃん、傷つくよ?」


 悪いことをしたらその癖が直るまで注意するから、そのことを根に持っているんだとは思う。

 だけど、やはり最愛の妹からこんなことを言われると、ショックだ。


「でも、にぃに、ここあにすっごくやしゃしい」


 俺がショックを受けてるからか、心愛は笑顔で黒雪さん相手にフォローしてくれた。

 これは心からの言葉だと信じたい。


「ふふ、仲がいいんだね」

「んっ、ここあたち、なかよし!」


 黒雪さんが暗かった表情から笑顔になると、心愛も嬉しそうに笑顔で頷いた。

 こうしてみると、この二人は姉妹のようにも見える。

 なんだか、この時間も悪くない。


「――あっ、にぃに! わたあめ!」


 そう雑談しながら歩いている中、心愛は突然屋台の一つを指さした。

 どうやら、しっかり屋台にも視線を向けていたようだ。


「りんごあめを食べるんじゃなかったの?」

「わたあめも……!」


 心愛はグイグイと俺の服を引っ張って、アピールをしてくる。

 食べたくて仕方がないんだろう。


「わかったわかった。ごめん、黒雪さん。いいかな?」

「もちろんだよ」


 一応確認すると、彼女は笑顔で頷いてくれた。

 黒雪さんみたいな女性が相手だと、本当に楽だ。

 頭がいいから話が早いし、優しくてちゃんとこちらにも気を遣ってくれるからな。


 とはいえ、本当に付き合っているわけじゃないのだから、彼女の優しさに甘えすぎないように気をつけないといけない。


「私も食べよっかな」

「いいんじゃないか? せっかくのお祭りなんだから、楽しまないと損だ」

「そう言う白井君は、食べないの?」


 俺が五百円……一人分のお金しか取り出さなかったからだろう。

 めざとく聞いてきた。


「いいんだよ、一つで」


 俺はそう答えながら、心愛に五百円玉を渡す。

 これも勉強だ。


「おじしゃん! わたあめ、ひとつくだしゃい!」


 心愛はニコニコ笑顔で、五百円玉を屋台のおじさんに差し出す。

 それによって、おじさんもニコニコ笑顔でお金を受け取ってくれた。


「偉いよ、心愛」

「んっ……!」


 ちゃんと自分で注文できたので、心愛の頭を撫でて褒めてあげる。

 心愛は気持ちよさそうに目を細め、おとなしく撫でられていた。


 しかし――今回は、ちょっと失敗だ。


「でもね、心愛。こういう時は、黒雪さんのも一緒に頼むんだよ?」

「あっ……!」


 俺が言いたいことに気付いたらしく、心愛は『がーん!』と効果音が聞こえそうな表情でショックを受けた。

 そして、悲しそうに黒雪さんのほうを見上げる。


「ごめんなしゃい……」

「う、うぅん、いいんだよ? というか、今のは白井君がいじわるすぎない……?」


 黒雪さんはあたふたとして、物言いたげな表情を俺に向けてくる。

 俺の意図まで理解していたようだ。


「心愛は俺からお金を受け取った際に、一つ分だって思ったから、自分のだけ注文しちゃったね。だけど、お金は支払いの際に一緒に出せばいいだけだから、こういう時の注文は、黒雪さんの分も頼まないといけないよ?」

「んっ……」


 理解しているぽかったけど、一応噛み砕いて説明すると、心愛はコクッと小さく頷いた。

 そこに不満の色はなく、ちゃんと自分のよくなかったことを学んで反省しているようだ。


「ほら、こういう時はどうするのかな?」

「んっ……! おじしゃん、もうひとつくだしゃい!」

「うん、ちゃんと言えたね」


 追加で注文できたので、よしよしと再度頭を撫でてあげる。

 それだけで、心愛の機嫌は直った。

 幼いので、たいていのことはすぐ機嫌を直すのだ。


 その代わり、根に持った時が厄介なのだけど。


「そうやって、いつも教えてるの?」


 心愛がわたあめを受け取っている最中、黒雪さんが意外そうに話しかけてきた。


「まぁ機会があればね。いつ俺が教えられなくなるか、わからないし」

「そんな、亡くなるみたいな……」


「人は、意外とあっさり亡くなるものだよ」


 心愛には聞かせたくないことなので、ささやくように小さな声で言った。

 その声はちゃんと、黒雪さんには届いたようだ。


「確かに、そうだね……」


 しかし、反応は俺が予想していたものとは違った。

 てっきり、冗談ふうに受け止めるか、苦笑いに近い笑顔で流すかと思ったのに、彼女には思うところがあるようだ。

 もしかしたら、俺と似たような経験をしているのかもしれない。


「はい、にぃに! あ~ん!」


 彼女に気をとられていると、心愛がわたあめを差し出してきた。

 食べろ、という意味で俺に差し出してきている。


「心愛が先に食べなよ」

「んっ、たべた!」


 どうやら、目を離した隙に口に含んでいたらしい。

 それならば、俺も遠慮なく食べよう。


「――おいしいね。後は心愛が食べたらいいよ」

「んっ……!」


 俺はもういらないよ、という意味で顔を離すと、心愛はパクパクと食べ始めた。


「本当に仲いいね……」


 同じように屋台のおじさんからわたあめを受け取った黒雪さんが、感心したように見てくる。


「歳がだいぶ離れてるからな」


 幼い妹だけど、娘みたいに思うところもある。

 それくらいの年齢差だ。


「白井君って、優しいんだね」

「妹にだけな」

「そうは思えないけど」


 クスッとおかしそうに笑いながら、黒雪さんは温かい笑顔で言ってきた。


 残念ながら、俺が優しいのは家族だけだ。

 他に気を遣えるほど器が大きくなければ、余裕もないのだから。


「邪魔にならないところで食べようか」

「そうだね」


 この後俺たちは場所を移し、空いていた椅子に座ってわたあめを食べるのだった。


 なお――。


「にぃに、はい、あ~ん!」

「もういらなくなったの?」

「あ~ん!」


 ――という、わたあめを食いきれなかった心愛が、残り全てを俺に食べさせるということがあった。

 この子はまだ、一人じゃ全部食べ切れないのだ。

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