第三皇子

◇◆◇◆


 事切れた様子のロイドを見下ろし、私は少し呆れる。

『こいつは最後まで謝らなかったな』と。


 まあ、謝られたところで何もないがな。

許すかどうかは、あくまで本物のイザベラ次第だから。

私は復讐を代行しているに過ぎない。


 などと考えながら、私は風の刃でロイドの首を斬り落とした。

床に転がるソレを私は浮遊魔法で運び、イーサンの横に並べる。

と同時に、ロイドの胴体と吸血花を浄化魔法で消し去った。血の一滴も残さずに。


「「「!!」」」


 まるで幽霊のようにフッと居なくなったからか、周囲の人々はどよめいた。

────が、私の視線に気づくと慌てて口を閉じる。

とにかくこちらの機嫌を損ねないよう、必死のようだ。


 まあ、何はともあれ……これで、あとは第三皇子だけになったな。

と言っても、どうするか全く決まっていないが。

だって、こいつには政治的価値も恨みもないから。

第一皇子やエステルのように処刑しても、大してメリットはないし……だからと言って、ロイドのように殺すのもな。


 復讐の対象に含まれない上、民心掌握の役にも立たない第三皇子を私は持て余す。

『無益な殺生は好まないからなぁ……』と悶々としていると、第三皇子が手を挙げた。


「あの、ちょっといいですか?」


 他の皇族と違い、随分と落ち着いている……というか分を弁えている彼に、私は少し驚く。

『ちゃんと私の方が上だと分かっているんだな』と思いつつ、僅かに身を起こした。


「発言を許す」


「ありがとうございます」


 背筋を伸ばし、胸元に手を添える彼は優雅にお辞儀した。

そこに皇族としてのプライドなど一欠片もないが……とても綺麗に見える。

『なんだ、この清々しい態度は』とますます興味を引かれていると、彼は小さく笑った。


「では、まず自己紹介から。既にご存知かもしれませんが、俺は第三皇子のジーク・ヴァルテンです」


「ミドルネームは?」


「ありません」


「何故だ?」


 不躾に疑問を投げ掛け、私はコテリと首を傾げる。

だって、大抵の子供には厄払いとしてミドルネーム────改め、セカンドネームが与えられるから。

これは悪いものに我が子の真名を知られないよう、わざと二つ名前を用意するという帝国独自の文化。

真名を知られると、心臓を取られるとかそういう言い伝えがあったらしい。

なので、大抵の親はつけている筈なんだが……。


 ちなみにイザベラは両親亡き後、直ぐにミドルネームを取られた。

『本当に心臓を取ってくれたら、いいな』というカルロスの希望的観測願いにより。

まあ、所詮ただの迷信だったが。


 『少しでも、イザベラの死亡率を上げたかったんだろうな』と考える中、ジークが口を開く。


「私の母が────踊り子だったからです。売女の血が入ったお前なんかにミドルネームをつける必要はない、とエステル様に言われました」


 グッと強く手を握り締め、ジークは少しばかり顔を顰めた。

出自のことはあまり話したくないらしい。

どこか重苦しい空気を放つ彼の前で、私はスッと目を細めた。


「なるほど。それで、貴様だけ髪色が違うのか」


 短く切り揃えられた黒髪を指摘すると、ジークは迷わず首を縦に振る。


「はい」


「恥じぬのだな」


「母から頂いた色ですから。それに────皇族の特徴なら、ちゃんと持っております」


 そう言うが早いか、ジークは目元に当てていた黒い帯を取り払った。

と同時に、瞼を上げる。


 ほう。これは見事な金眼だな。


 輝いているとさえ感じる黄金の瞳を前に、私は『イーサン達より、全然上等じゃないか』と感心した。


「目隠しをしていた理由はそれか?」


「はい。庶子たる俺が一番優れた金眼を持って生まれたため、隠すよう命じられました」


「それは災難だったな?こんなにも、綺麗なのに」


「はははっ。お褒めに預かり光栄です。でも、俺は────イザベラ様の瞳の方が美しく思えます」


 眩しいものでも見るかのように目を細め、ジークは優しく微笑んだ。

線が細く中性的な顔立ちをしているからか、妙に色っぽく見える。

『こいつ、魔性だな』と思いつつ、私は口角を上げた。


「ほう?この私を口説くつもりか?」


「いえいえ、そんな……ただ、母と同じ色だったので親近感を覚えただけですよ」


「本当にそれだけか?」


「本当にそれだけですよ。大体────恩人・・の容姿を好ましく思うのは、当たり前のことじゃないですか」


 無自覚なのか、わざとなのかサラッと爆弾発言を投下するジークに、私は一瞬ポカンとする。


 媚びている……にしては、ちょっと奇想天外すぎる。

恐らく計算して出た言葉ではなく、本心だろう。


 『面白い』と頬を緩めながら、私は少し身を乗り出した。


「恩人だと?私は貴様の祖国を滅ぼした元凶なのだが?」


「だから、ですよ」


 一切言い淀むことなく切り返し、ジークは自身の胸元にそっと手を添える。

そして、僅かに視線を下げた。


「俺はずっと、この国が大嫌いでした。父親が……イーサンが無理やり俺の母を襲って孕ませたくせに、皆冷たくて……口を開けば、身分だのなんだのって。でも、城の冷遇にはまだ耐えられました。母が傍に居てくれたから……でも、その日々も長くは続かなかった」


 グッと胸元を握り締め、ジークは怒ったような……悲しそうな表情を浮かべる。


「俺達はただ静かに……息を潜めるかのように離宮で暮らしてきたのに、ある日イーサンが現れて……『二人目を作ろう』と言ってきたんです。でも、母はそのとき体調を崩していて……拒否したら、斬首ですよ」


 『やってられない』と言わんばかりに顔を歪め、ジークはイーサンの生首を睨みつけた。

まるで、汚物でも見るかのような目つきで。心底、軽蔑したかのように。


「だから、いつかこの国を滅ぼしてやろうと思っていたんです。たとえ、実現不可能でも『せめて、一矢報いるくらいは』って……でも────」


 そこで一度言葉を切ると、ジークはこちらを見て表情を和らげた。


「───貴方がやり遂げてくれた、非の打ち所もないくらいに」


 『天使でも見ているのか?』と疑いたくなるほど、ジークは幸せそうに微笑む。

あまりにも好意的な態度に内心ギョッとしていると、彼はそっと膝を折った。


「本当に……本当に心の底から、感謝しています。イザベラ様にそんなつもりはないと分かっていますが、俺の代わりに母の仇を取ってくれてありがとうございました」


 一語一語に想いを込めるジークは、両手を組んでこうべを垂れる。

まるで、私のことを崇めるみたいに。


「もう思い残すことは、何もありません。どうぞ、好きにしてください」


 自分の処遇について悩んでいることを察知していたのか、ジークは『殺して頂いて結構』と主張した。

何の躊躇いもなく自身の首を差し出す彼に、私は瞠目する。

これほどまで潔い人間を見るのは、久々だから。


 イザベラに似たものを感じるな。


 『自分の命を投げ出すところとか』と思い浮かべつつ、私は足を組んだ。


「おい、ジーク」


「はい」


「貴様は────人任せの復讐で、本当に満足なのか?」


「そ、れは……どういう?」


 こちらの意図が読めないのか、ジークは小首を傾げる。

不思議そうに瞬きを繰り返す彼の前で、私はニヤリと笑った。


「ジークよ、私はな────ただ憎いものを壊すことだけが、復讐とは思っていない。憎いものの痕跡を掻き消すこと、それもまた一つの復讐だ」


「!」


 ジークの短慮と視野の狭さを指摘すると、彼は大きく目を見開いた。

雷に打たれたかのような衝撃を受け固まる彼に、私は更に言葉を続ける。


「私の治める国が大きく豊かになれば、人々は自ずとヴァルテン帝国の記憶を、功績を、存在を忘れ去るだろう。そして、こう言う筈だ────アルバート帝国万歳、とな」


 『どうだ、面白そうだろう?』とジークの関心を誘い、私は低く笑った。


 ヴァルテン帝国という過去に縋る必要もないほど、幸せに満ち溢れた国を作る。

これは一見いいことのように思えるが、過去の産物であるイーサンはきっと悔しがるだろうな。


 絶望の淵に立たされるイーサンを思い浮かべ、私はすっかり楽しい気分になる。

浮き立つのような高揚感に誘われるまま、私は玉座から腰を上げた。

軽やかな足取りで目の前にある段差を降り、ジークの前までやってくると、腰に手を当てる。


 くくくっ……!見事な間抜け面だな。


 呆然としている様子のジークを見下ろし、私は更に気分を良くした。

『こいつは表情がコロコロ変わって面白い』と思いつつ、彼の顎を掴み上げる。

至近距離にある黄金の瞳を見つめ、私はクスリと笑みを漏らした。


「ジークよ────私の伴侶になれ。そして、貴様の手できちんと復讐を果たすんだ。お膳立てはしてやる」


 『私についてこい』と力強く言い放ち、自信たっぷりに振る舞う。

すると、ジークは恐怖のせいか……それとも、感動のせいか微かに身を震わせた。

黄金の瞳に見えない光を宿し、頬を紅潮させる。

先程まで命を投げ出していた者とは思えぬほど、生きる活力に満ち溢れていた。

『いい表情かおだ』と頬を緩める中、ジークはずっと押し殺してきた本来の自分を前面に出す。


「はい……!」


 不敵で獰猛な笑みを浮かべ、ジークは大きく頷いた。

先程までの弱々しい雰囲気は、どこへやら……もうすっかり、大人の男になっている。

『猫でも被っていたのか?』と思うほどの変わり様に、私は笑みを漏らし────ジークの唇を奪った。


「よし────では、本日より貴様はジーク・ザラーム・アルバートだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る