純愛《ロイド side》

◇◆◇◆


 マチルダ……?マチルダだと!?

この花と彼女に何の因果関係があると言うんだ!?


 『確かに色はマチルダの好きなピンクだが……』と困惑しつつ、私は頭を抱え込む。

その際、強く髪を掴んでしまったが……そんなの全く気にならなかった。

漠然と不安を覚えて混乱する私に、イザベラは容赦なく追い討ちを掛ける。


「この花にはな、マチルダの血が流れているんだよ」


 淡々とした口調で……まるで世間話でもしているかのように、イザベラは語った。

その瞬間、漠然とした不安は恐怖に変わり、私の心身を蝕む。

『そんなのデタラメだ!』と叫びたい気持ちを抑え、項垂れた。

だって────発見されたマチルダの死体には、血液が一切残っていなかったから。

『あれはまるでミイラのようだった……』と思い返し、クシャリと顔を歪めた。


 血を吸う花なんて聞いたことも見たこともないが、イザベラの性格的に嘘は付いていないと思う。

ギャレット一家の犯行をあっさり認めるほどの正直者……というか、嘘をつくのが面倒臭いたちだからこんなことで嘘はつかないだろう。


 『敵だが、そこは信用出来る』と確信しながら、私は立ち上がる。

いつの間にか溢れていた涙を袖で拭い、真っ直ぐ前を見据えた。

憤怒と憎悪にまみれた目で花を捉えると、私は懐から短剣を取り出す。

いざという時のために隠し持っていたものだが、もうこの際どうでもよかった。

あの化け物に一矢報いることが、出来るのなら。


「イザベラ・アルバート……!私は貴様を絶対に許さない!」


 そう言って、私は短剣を構え────イザベラ目掛けて、突進する。


 どうせ、私の刃が届かないのは分かっている……!

だから、せめて最後にイザベラの驚く顔でも見れたら……!


 『あいつに一泡吹かせてやる!』という思いで、私は短剣────いや、魔道具に込めた魔法を発動した。

なんてことない、ただの風の刃。

でも、玉座まであと数メートルという距離で放たれれば、それなりに堪えるだろう。

敢えて結界を張らずに待ち受けていたイザベラに、私は内心ほくそ笑む。

『その傲慢さが貴様の欠点だ』と思いながら。

そして、相手の反応を確認しようと、顔を上げた瞬間……


「────くくくっ……!貴様に相応しい最期だな」


 と、嘲笑うイザベラの姿が目に入った。

一瞬何を言われているのか分からず、私は困惑する。

でも、眼前に突如として現れたあの花を見るなり理解した。

イザベラは私自らの手でマチルダの花に傷を付けさせるつもりなんだ、と。


 くっ……!そうはさせるか……!


 既のところで短剣を投げ捨て、私は大きく手を広げた。

と同時に、花へ抱きつき、そのまま前へ倒れる。

無論、潰さないよう覆い被さる形で。


「ほう?そうきたか。なかなかの純愛……くくくっ」


 イザベラは愉快げに笑いながら────背中で風の刃を受け止めた私に感心する。

『なかなか、いい結末だったぞ』という感想を添えて。


 くそっ……!風の刃による攻撃が、内臓まで達していて……!身動きを取れない……!


 痛みに顔を歪める私は、『カハッ……!』と大量の血を吐き出す。

桃色の花弁に掛かったソレを見つめ、『あぁ、もうすぐ死ぬんだな……』と悟った。

やけにぼんやりする意識の中、イザベラの声だけが耳に届く。


「本当はな、その風の刃で吸血花を切り刻ませ─────毒入りの血液を貴様に浴びせるつもりだったんだ」


 『だから、ギリギリまで引き付けていた』と話し、イザベラは笑った。

心底楽しそうに。


 この……悪魔め!


 そう叫びたいのに、吐血が止まらず……嗚咽を漏らすのがやっと。

息も絶え絶えで、舌を動かす余裕すらなかった。


「マチルダの血が貴様の体を蝕み、死に至る……実に素敵な最期だろう?まあ、結局違う結末になってしまったが……これはこれで一興」


 人の死を娯楽の一種としか捉えていないイザベラに、私は憤りを感じる。

かつての自分も同じようなものだったことは、棚に上げて。


 もっと早くこいつを殺していれば……!そしたら、ギャレット一家も死なずに済んで大団円だったのに……!

マチルダだって、今頃私の妻になっていた筈だ!


 『父上の顔色など気にせず、殺せば良かった!』と悔いる中、私の胸に何か……突起物のようなものが出来る。

『なんだ、これは……?』と眉を顰める私の前で、イザベラは


「せっかくだから、一緒に逝かせてやる」


 と、言い放った。

つまり、これはイザベラの魔法により出来たもので……私が力尽きて倒れた時、下に居る花を刺し殺すつもりなのだろう。


 否が応でも、私の手でマチルダの血この花を屠るつもりか。

全くもって、悪趣味な……虫唾が走る。


 グッと体に力を入れる私は、『思い通りになって堪るか』と奮い立つ。

正直、もう限界だが……マチルダの血の入った花に危害を加えるなど、御免だ。

彼女は私の人生を変えてくれた天使だから。


 常に優秀な兄上と比べられ、自暴自棄になっていた私にマチルダは優しく接してくれた……!

『ロイド様はロイド様です』と……『私は第一皇子殿下より、ロイド様の方が好きです』と!

私を一生懸命、元気づけてくれた彼女だから……私という存在を認めてくれた彼女だから、好きになったのだ!

親の決めた結婚相手でしかないイザベラとは、違う!


 『今も昔も……私の幸せの邪魔ばかり!』といきり立ちながら、体の重心を右へ傾ける。

立ち上がるのはどう頑張っても無理なので、勢いよく横へ転がろうと思ったのだ。

『これなら、最小限の力で済む……!』と画策する中────不意に気が遠のいていく感覚を覚える。


「っ……!」


 咄嗟に唇を噛んで意識を保った私は、『本当にそろそろ不味い……!』と危機感を抱いた。


 早くしないと……!ここで意識を手放したら……!


 大量出血のせいか朦朧としつつも、私は気合いで体を動かす。

────が、しかし……


「くっ……!」


 ついに自重を支え切れなくなり、私は花の上に倒れてしまった。

グシャッと飛び散るマチルダの血を呆然と見つめ、私は一筋の涙を流す。

『結局、自分は好きな女性の形見すら守り切れなかったのか』と絶望し、目の前が真っ暗になった。


「貴様の純愛も、ここまでだな」


 少し落胆した様子を見せながら、イザベラは『まあ、頑張った方じゃないか?』と零す。

こちらの努力を労う余裕さえある彼女に、私はもう何の感情も抱かなかった。

精神が擦り切れすぎて……。

マチルダの血液によって溶けていく自分の体を前に、私はそっと目を閉じる。


 すまない、マチルダ……私は結局、何も出来なかった。


 『無力な私をどうか許してほしい』と願い、体から力を抜く。

そして、死の間際────イザベラの嘲笑が耳の奥で木霊した。

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