慈悲

「とりあえず────第一皇子とエステル、貴様らは処刑だ」


 決定事項として死を告げると、エステルが真っ先に反応を示す。


「ま、待ってちょうだい……!私は前公爵夫妻の件に一切関わってないわ!だから、貴方の怒りをぶつけるべき相手は……」


「嘘はよせ、エステル。貴様が第一皇子と夫人を引き合わせ、二人きりにしたことは分かっている」


 『お膳立てをしたのは貴様だろう』と突きつけ、私はエステルの制止を振り切った。

すると、今度は第一皇子が声を上げる。


「わ、私は当時まだ小さくて事の重大さを理解してなかった!だから……」


「ああ、分かっている。情状酌量の余地はあるだろう」


「!!」


 第一皇子の意見に理解を示すと、彼はパッと表情を明るくする。

一縷の希望を見出したかのように目を輝かせ、僅かに身を乗り出した。


「な、なら……!」


「────だから、貴様は斬首刑ギロチン妥協ゆるしてやる」


 予め考えておいた譲歩案を提示する私に、第一皇子はあんぐりと口を開ける。

『はっ……!?』と吐息混じりに絶叫を零し、目を白黒させた。

『意味が分からない』と言わんばかりにかぶりを振る彼の前で、私は玉座の肘掛けに寄り掛かる。


「安心しろ、ほとんど苦痛を感じることなく死ねる筈だから。火あぶりのエステルに比べれば、全然楽だぞ」


 『ほら、喜べ』と言い、私は唇の片端を吊り上げた。

────が、死にたくないと願う第一皇子は納得していない様子。

こちらの慈悲を慈悲とも思わず、クシャリと顔を歪める。


「……い、生きて償う道はないのか!?」


 半ば呻くようにして声を絞り出し、第一皇子は処刑回避の道を尋ねてきた。

生きてさえいれば、ヴァルテン帝国の再建も可能だと考えているのだろう。

だから、恥も外聞もかなぐり捨てて私に縋ろうとしている。

『まだ自分の未来は明るいと信じているのか』と半ば感心しつつ、私は


「ないな。イザベラは前公爵夫妻の死に関わった全ての者達を憎んでいるから」


 と、キッパリ断った。

だって────イザベラの記憶を引き継いだ際、感じた黒い感情は凄まじかったから。

数多の命を奪い、数多の者に恨まれた私ですら身の毛もよだつだった。

『あそこまで純粋な悪意を持つ人間は稀だ』と思いつつ、生き残った皇族達をじっと眺める。


 貴様らはある意味、幸運かもしれないな。

もし、私がイザベラに憑依しなかったら……もし、イザベラが自力で魔法に目覚めていたら、きっと更に酷い目に遭っていただろう。


 『生きたまま内臓を引きずり出されたり、とかな』と頬を緩め、私は第一皇子に視線を向けた。


「恨むなら、過去の自分を恨め」


 『いい加減、諦めろ』と告げ、私は無理やり会話を打ち切る。

これ以上、不毛なやり取りを続ける気は起きなかったから。

『こんなの暇潰しにもならん』と肩を竦め、私はおもむろに右手を挙げる。

すると、その動きに連動するかのように第一皇子とエステルの体が宙を舞った。


「う、うわっ……!?何をするつもりだ!?」


「まさか、ここで処刑するつもり……!?」


「ただ拘束するだけだ。あまり騒ぐな」


 『いちいち、大袈裟なやつらだ』と呆れながら、私は第一皇子とエステルを結界で閉じ込める。

ちなみにわざわざ空中へ浮かせたのは、監視しやすくするためだ。


 本来であれば、衛兵なり何なりに身柄の拘束と見張りを任せるべきなんだが……信用ならない。

腹の中で何を考えているか分からないというのもあるが、実力的にも任せられなかった。

もし反乱分子から袋叩きに遭えば、皇族を取り逃してしまうだろうから。


 『面倒だが、私自ら二人を管理するべきだろう』と考え、ゆっくり手を下ろす。

と同時に、第一皇子とエステルが気を失った。

バタンと倒れる二人を一瞥し、私は視線を前に戻す。


 さて、あとはロイドと第三皇子だけだな。


 『どちらから先に片付けるか』と悩んでいると、ロイドが急に立ち上がった。


「貴様……!兄上と母上に何を……!?」


「催眠ガスを吸わせて、気絶させただけだ」


 『傷つけたり、殺したりはしていない』と説明し、一つ息を吐く。

敵対しているのだから仕方ないとはいえ、こちらの一挙一動にこうも反応されると煩わしい。

相手しなければいいだけの話かもしれないが、放置したらしたでキャンキャン吠えてくるため、面倒臭いことこの上なかった。


 よし、こいつから片付けるか。


 物静かな第三皇子は後回しにし、ロイドの処遇を考える。


「……どうせなら、アレを使うか」


 『せっかく綺麗に咲いたんだから見せてやろう』と思い立ち、私は亜空間を開いた。

そして、中から────吸血花を取り出すと、ロイドの前に転移させる。

突然現れた桃色の大輪にロイドは警戒心剥き出しだが、皇子としてのプライドか後ろには下がらない。

『こんなもの屁でもない!』とでも言うように腕を組み、前を見据えた。


 その強がりがいつまで持つか、見物だな。


 悪趣味全開の私は緩む頬をそのままに、言葉を紡ぐ。


「ロイドよ、それはプレゼントだ。有り難く受け取れ」


「断る!化け物からのプレゼントなんて、貰えるか!」


 『怪しいにも程がある!』と吐き捨て、ロイドは受け取り拒否の姿勢を見せた。

予想通りの反応を示す彼の前で、私は思わず笑い声を漏らす。


「そうか、そうか。それは残念だな。あの小娘も浮かばれない」


「あの小娘……?」


「ほら、貴様がいたく気に入っていた女だよ」


 敢えて正解名前は言わず、相手の不安を煽るようにヒントを出して焦らす。

すると、案の定ロイドはサァーッと青ざめた。

呆然とした様子で目の前の花を見つめ、震える手を握り込む。


「そ、それって……」


 情けないほど震えた声を出し、ロイドは床に尻餅をついた。

戦々恐々とした態度を取る彼の前で、私はわざとらしくポンッと手を叩く。


「あぁ、思い出した。名前は確か────マチルダ・イヴォン・ギャレットだったか?」


「!!」


 ここに来て確信の一言を放つと、ロイドは目に見えて動揺した。

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