11
「いやいやいや……。大丈夫かタオルくん? もしかして存在を笑わせようとしてる?」
おでんのまえに、倉木さんに雪だるまのことをたずねてみたのだが――『だるめしあん』がしゃべったり立ち上がったりしたことはさすがにハブいたが――、ボクたちの会話はいっさい噛み合わなかった。
「た、確かに冬がコンセプトだが……部屋んなかに雪だるまは置かねえよ、さすがに……」
「……いや、でも……」
「……存在、こう見えて、怪談とかは苦手なんだぜ……?」
こう見えて……?
「ま、ほら、とりあえず、おでん食えって、あったかいもん食えば、ものごとは解決に向かうはずだからよ……?」
「ああ、はい? わかりました……?」
「さて」
倉木さんはそう呟くと、ドテラのフトコロから何かを取り出した。そしてソレを顔に装着した。
お面だった。ヒョットコのお面だった。
「倉木さん……?」
「どうした?」
「なんですかソレ……?」
「なにってヒョットコだよ」
「それは……まあ、わかりますけど……。つまりその……倉木さんはなぜ、ヒョットコのお面をかぶったんですか?」
「雰囲気づくりだよタオルくん。雰囲気はダイジでしょ? うふ」
と、いやに艶っぽい声で倉木さんは言ったが、ヒョットコのお面のせいで、全体的には艶っぽいことにはなっていない。むしろマイナスだ。もし仮に、誰かがこっそりボクにアンケートを取りに来て、「目の前の女性のことをどう思いますか?」とたずねたとして、そしてその項目が、
1.色気のあるおねえさん
2.どちらかといえば色気のあるおねえさん
3.どちらともいえない
4.どちらかといえば怪人
5.怪人
とあったならば、ボクは迷わず「4」を選ぶだろう。
倉木さんはバカデカい土鍋に手をのばした。かぱっと音がして土鍋のフタが外される。
「うわ~、いい匂い」
あんなに食べたはずなのに、おでんの匂いを嗅ぐとお腹がキュ~っと縮こまる。
鍋のなかには定番のおでんの具と、たくさんのドジョウがまるまる入っている。名前のとおりだ。ドジョウのおでん。
「すまないけど、存在も少し食べるよ。このドジョウは養殖なんだが、小さな会社が育てていてね、あまり量が出ないんだ。だから存在もめったに食べられないんだぜ?」
「へぇ~そうなんですね」
「ああ、だから、ホントいいとき来たよ、タオルくんは」
――……ホントにこのドジョウ希少品なんだぜ……このドジョウ目当ての常連さんもいるくらいだし……、……旅行さきでこいつを食べて味にホレ込んでね……そんでそっからわざわざ取り寄せて、こうして店で出してるんだ……、……少しでもこのドジョウのうまさを広めたくてな……、……少しでもその業者さんを応援したいし……――
熱っぽくいろいろと倉木さんは語ってくれたが、なぜか話の内容が頭に入ってこなかった……。たぶん、ヒョットコのお面のせいだろう……。
「そ、それじゃあ、ありがたく、いただきます……」
ボクはドジョウをいっぴき小皿にのせ、その姿に目を落とした。反射的に喉がゴクリと鳴る。……なんか見た目はイマイチだな……。正直、食欲はそそらない……。ゴクリ、とまた喉が鳴る。ボクの本能が危険信号を出している。
――目の前の物体は食べたらヤバいかもしれない――
いいや、そんなことない。倉木さんを信じるんだ!
ボクは覚悟を決め、ドジョウをパクリと口に入れた。
いっぴきめを食べた感想は「淡泊」だった。たしかに美味しい。でも、倉木さんが言うほどかといえば……微妙だった。いや、確かにうまいんだ。おそらく、倉木さんがハードルをあげすぎたんだ。なんの説明も受けずに食べていたら、きっとボクもうまさに驚いて唸っていただろう。
にひきめを食べた感想は「ん、食感が変わってるな……」だった。歯ごたえが独特だった。ウナギと似ているようでまったく違う。いや、それどころか何にも似ていない。身はコリコリして弾力があり、皮はほどよくやわらかい。楽しい。噛むのが楽しい。ははーん。なるほど。この食材は食感を楽しむものなんだな。
さんびきめを食べた感想は「うまみの奥に、なにか苦みのようなものを感じる。心の琴線に触れる繊細なもの。それは本来、言葉にできないものだ。だがあえてそれをあらわすのなら、『苦み未満の優しい何か』だ」だった。
たぶん内臓の苦みなんだろう。味覚に意識を集中してやっと感じることができるくらいの微細な苦み。それが、ドジョウの身とダシのうまみを、さらなる高みへと押し上げている。
ドジョウたちはなんの遠慮もなく、ボクの食欲をガンガン刺激する。ハシが止まらない。気がつけばボクはドジョウの無限ループにハマり込んでいた。さっきあんなに食べて、現在進行形で食べているのに。おかしいだろ。いったい何が起こっているんだ? ドジョウたちは、ボクをどうするつもりなんだ? いいや、ボクはわかっているはずだ。こいつらは、ボクを貪欲な人間に変えるつもりなんだ。そしてボク自身だってそれを望んでいるはずだ。ことドジョウに関しては、ボクはどこまででも貪欲になれるぞ。
「倉木さん」
「どうした?」
倉木さんはヒョットコのお面を頭の上にのせて、モグモグ卵を食べていた。
「ドジョウ、全部食べていいですか?」
「なに言ってんだ。ダメだよ」
「ですよね」
「あたりまえだ」
ぷりぷり怒っているけど、倉木さんはどこか嬉しそうだった。
「本当に美味しいですね。正直、最初は微妙かなぁって思いましたけど……癖になる味ですね。食べれば食べるほど美味しくなるとか、おかしいですよ。絶対になにかおかしいです」
「いや、おかしいと言われてもな……」
「それになんだか優しい味で……、母の味を思い出しました……。いや、母はまだ生きてますけど……。でも、そんな味です。初めて食べるはずなのに、懐かしい味で……。まさしく、懐かいふるさとの味って感じで……。……あ、いや、ボク、地元を出たことはないんですけど……」
「おい、しっかりしろ。話がフラフラしてるぞ。まあでも、わかるよ。言いたいことは」
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