#4.貯金箱いっぱいの希望!



 陶器でできた豚さんを連れて工場を出て、空を見上げるとまだ日が高かった。こんなに早く仕事を切り上げることなんてほとんどないけど、とてもじゃないが作業を続けられる精神状態じゃない。

 放射性物質か何かを抱えていたら、こんな気分だろうか。


「……あーちゃん?」

「ぎゃあッ」


 心臓が跳ねた。

 たかぶりきった神経のせいで往子おーちゃんに声をかけられただけなのに叫び声を上げてしまう。


「無事で良かった。――無事だよね?」

「は、はい!」


 ヤバい逸品いっぴんを抱え込んで前かがみで歩いていたからか、おーちゃんの困り眉がさらに下がる。


「何だか泥棒してきたみたいだね」


「そそそそそんなことないよ?」

 持ち主はお亡くなりになっていたし、泥棒ではない。いや、墓荒らしではあるのだろうか。でもそれを言ったらハイパーアキュムレーターは皆墓荒らしみたいなものだし、地球自体が墓場みたいなものだし。


「大丈夫?」

 おーちゃんが目の前に来ているのに気付かなかった。咄嗟に出た大きな声が廃工場地帯に響く。


「ちょ、ちょっとおーちゃん! 何も言わずに慧摺えーちゃんのところに付いてきてくれない!?」


「分かった。一緒にいこう」

 おーちゃんは微笑んで、私の頭を優しくでた。



 ――♺――



 見つけた。

 すらりとした高身長と目が覚めるような赤いショートカットは、遠くからでも見つけられる。広場に工具やら金属片やらを広げて作業をしている赤いツナギ姿へと近寄っていく。


「えーちゃん」

「ん? おお。あー子、お帰り。早かったな」


 えーちゃんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。私よりお姉さんとは言え、眼の高さが30cmは高い。


 暑いからだろう。ツナギを上半身だけ脱いで長い袖を帯のように腰で結んでいて、Tシャツの裾も結んでいるから、浅黒い素肌のおへそが見えている。


「えーちゃん、ちょっと相談が……」


「あ? なんだよ――」


 豚さんを差し出して持ってもらうと、えーちゃんの眼鏡の奥の眼がまん丸に見開かれた。


「あー子、どこでそんなモン……ちょっと来い! いー子! 誰か来たら知らせな!」


「はい。慧摺えすり


「な、なになに?」

 緯兎いーちゃんへ警戒するように短く指示を出したえーちゃんは、私の首根っこを持って所有する車へと連行した。



 軽バン。軽自動車のバンタイプ。

 バッテリーで動く電気自動車EVではなく、"S Fuelエスフューエル"と呼ばれる持続可能燃料を燃やして動く昔ながらのレシプロエンジンが動力源、とかなんとか。


 えーちゃんの愛車のなかだ。

 彼女はトランクに工具やら何やらを色々と詰め込んでいて、移動式の工場と化している。時間と材料さえあれば生き物以外は作れる、と豪語していた。


 ただでさえ、えーちゃんは縦に大きいのだから私たちふたりが座ったら狭い。観音開きの入り口側はえーちゃんが座っているから逃げ場はない。


南無三なむさん

 えーちゃんは棚から金槌ハンマーを取ると、豚さんに振り下ろした。哀れ、豚さんは背中から割れ――中身が見えた瞬間、私のまぶたまばたきを忘れた。


 こぼれるようにあふれ出た、銀色に輝く大粒のコインの、いっぱいの五百円玉が見えたから。


 口を開けたまましっかりと固まった私に視線を寄越さないまま、えーちゃんは淡々と手を動かして硬貨を20枚ずつの塔にし、並べていく。


 塔が20個できて、腕を組んだえーちゃんは恐い目で私を見た。


「十万」


「じゅ、じゅじゅじゅ、十万円……」


「ピッタリ十万だ。1食1円で計算するとして……毎日3食、365日で、1年で1095円。ざっくりと91年分の食費だ。一生遊んで暮らせる」


「ヒィエッ!!」


「感想は?」


「周りの皆が敵に見えてくる」


 えーちゃんは少し笑って、

「昔は宝くじってものがあって、途方もなく小さい確率でウン億って金が当選したらしい。あー子はそれに当たったようだねえ」


 死ぬまで何もしなくても食べていけるほどのお金。あまりの事態に身体はカチカチに固まっているのに、心臓が踊り出している。


「わ、私のだけじゃないよね? おーちゃんと一緒に見つけたんだし、それにえーちゃんだって」


「見つけたお前の金だ、あー子。分かってるだろ」


 私の動揺をえーちゃんはばっさりと断ち切った。


 報酬の高さは危険の高さ。崩れかけた工場に立ち入り、真っ暗なエレベーターシャフトを降りて行って、何が起こるか分からない地下でお宝を見つけたのは他ならぬ私だ。


 見つけたものは、見つけた当人のもの。ケンカが嫌だから分け合うか、権利を主張して独り占めするかは、見つけた者の選択。誰にも文句を言わせてはならない。賭けたのは私の命なのだから。


 でも、こんなお金。使えない。


 お金があれば何でもできる。お金はちからだから。色々な物を買ったり他人を雇ったりできる。


 普通なら地道に積み上げていくものなのに、私は期せずして、身の丈に合わない、巨大な力を手に入れてしまった。


 恐怖すら感じている。


 でも、この力があれば。


「えーちゃん」


「何だ」


「これだけお金があったら、探しに行けるかな?」


 えーちゃんは目を伏せて脳を動かし始めた。その表情は、どこか悲し気にも見える。彼女の明晰な頭脳はすぐに考えをまとめたようで、


「少し難しい話をするぞ」

 えーちゃんはそう切り出した。


「うん」

「あー子が知ってる通り、ハイパーアキュムレーターは旧文明で使っていた貨幣を、通貨としてそのまま使っている」


 ひとつ頷いて理解していることを示す。


「造幣能力に資源しげんをもったいないと考えるからだ。わざわざ集めた金属を溶かして作りたいものじゃない」


「何かの部品に使えるわけじゃない」


「ああ。でも、デカい機械よりも持ち運びが簡単で、肉や魚と違って腐らないこの"お金ってもの"は便利だから使いたい。だから"中央取引市場スーパーセントラルキッチン"の連中がこの旧貨幣を私らの経済に組み込んだ。


 でも、拾った大金を町なんかでパーっと使われると、せせこましいハイパーアキュムレーターの経済にダメージが入る」


「ハイパーインフレーション」

 そう呟くと、今度はえーちゃんが頷いた。昔教えてもらったことがある。細かいところは忘れてしまったけれど、要は、


「商品の価値が吊り上がっちまって売買がぐしゃぐしゃになるんだ。だからほとんどの町はカネを使うのにルールを決めていて、豪遊しようとする運のいいバカを封じ込める。私が昨日行ってきた所もそうだった」


「つまり、この十万円を一気に使おうとしたら」


「私らはおたずね者だ」


 バレたら二度とその町には入れなくなる。一生懸命に町を維持しようとしている住民たちにとって、害のあるハイパーアキュムレーターを排除しようとするのは当然。


 でも、でも。

 冷えきっていたものが、沸々と温まってくる。


「これだけあれば」

旅支度たびじたくをしてもお釣りが出る。だけど、隊長たちに迷惑かけたいのか?」

「そんな、つもりは」

 言葉尻が沈んでいってしまう。私だけならまだしも、石塚組の皆まで町に入れなくなるのは絶対にダメだ。


 ふむ、とえーちゃんは考え込む。

 せっかく掴んだチャンスなのに、これだけあれば必要な物を全部買って、行方不明になったあの子を探しに行けるのに。


「ひとつ、案がある。リスクはあるが、やるか?」

 えーちゃんがこちらをにらんだ。覚悟を試すかのように。私はその視線をまっすぐに見返す。


 恐い。

 恐いけど。


「それでも私は、宇々うーちゃんを探しに行きたい!」

 頭を下げる。

「お願い!」


 えーちゃんはたっぷりと時間をかけてから口を開く。

「良し。じゃあ、旧ウツノミヤ駅にハイパーアキュムレーターが造った町――"オリオン通り"に行くぞ」


 火が付き始めた私の魂は、すでに答えを決めている。


資金洗浄マネーロンダリングだ!」


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