第49話:縛って部屋に閉じ込める……?

   ◇


 森を出てすぐ近くにある草原。ミナリーは草の上で大の字に寝転がっていた。


「ミナリー」


 俺が声をかけると、ミナリーは無言でぺしぺしと地面を叩く。どうやら隣に座るか寝転がるかしろと言いたいらしい。


 俺が草の上に座ると、ミナリーは俺の太ももに頭を乗せてきた。顔は横を向けていて、その表情は横顔しか窺えない。ただ、赤くなった目元だけで察することはできる。


「師匠が大好き」


 ぽつりと、ミナリーは呟くように言う。


「私たちに魔法を教えてくれた師匠が好き。私たちを育ててくれた師匠が大好き。だから、ずっと一緒がいい。離れたくない。……もう家族を、失いたくない」


「……あぁ、そうだな」


 俺たちにとって師匠が残された唯一の家族だ。俺もミナリーも、もう家族を失いたくない。居なくなって欲しくない。


「私たちじゃ、まだまだ力不足なのかなぁ……?」


「俺たちは井の中の蛙だからな」


「いのなかのかわず……?」


「上には上が居るってことだよ」


 子供の頃に比べれば、俺たちはレベルもステータスも格段に成長した。今なら魔王軍の幹部ともそれなりに戦えるはずだ。


 だけど、3人きりで禁忌の地に乗り込んで魔王を倒せるほどこの世界は甘くない。それが出来るならとうの昔に乗り込んでいる。


「師匠、旅に出たら死んじゃうよね……?」


「どうしてそう思うんだ?」


「だって、北方山脈の向こう側は魔物がたくさんいる土地だって……。あのオークたちも、山脈の向こうから来たってギルドマスターが言ってたよ……? いくら師匠が強くても、一人きりじゃとても……」


「……死ぬだろうな、間違いなく」


 何ならゲームでは旅に出る前に魔王軍の刺客によって殺されている。師匠は間違いなく作中最強の魔法使いなんだが、何だかんだ付け入る隙も多い。


 師匠がどのようにして殺されたのか。分析組では師匠を殺す様々な方法が検討された。子供を盾にするだとか、物量で押し切るだとか、MPを消費させたところで接近戦を仕掛けるだとか。


 議論の結果、意外と簡単に殺されてしまうという結論に達している。


「嫌だ……。わたし、師匠に死んで欲しくない……っ! レインくん、どうすれば師匠を止められるかな……? 縛って部屋に閉じ込める……?」


「落ち着けミナリー、それは最終手段だ」


 意外とヤンデレの素質があったりするんだろうか……?


 目のトーンが消えているように見えるのは気のせいだと思いたい。


「師匠の意思は固い。元々、魔王の復活を阻止するために旅をしていた人だからな。旅の再開は本来の目的を果たそうとしているだけなんだ」


「じゃあ、やっぱり一緒について行く……?」


「出来なくはないだろうな。強引に後ろからついて行けば、師匠だって強くは拒めない。……だけど、死ぬのが師匠一人か、俺たち含めて三人になるかの違いだ。それなら俺は、三人で王立学園に行く道を選ぶ」


「三人で王立学園…………うんっ! わたしもそれが一番いいと思う! だけど、どうやって師匠を説得すればいいんだろう……?」


「それについては考えがある。そっちは任せてくれ。それよりも、ミナリーには頼みたい事があるんだ」


「頼みたいこと?」


 ハッピーエンドに至るためのフローチャートが、ミナリーの生存を大前提としている最大の理由。光系統魔法の才覚を持つミナリーにしか覚えられない魔法。それが師匠を救う鍵になる。


「師匠を説得するために必要なんだよね? わたし、頑張る!」


 ミナリーは起き上がって気合を入れるように拳を握る。


 ミナリーにはさっそく俺が知る限りの知識を伝えた。とは言え実際に使って見せられるわけではなく、伝えられることはそれほど多くない。


 それでもミナリーは、たった一時間程度で手ごたえを得たようだった。


「うん。何となく出来そうな気がする……!」


「さすがミナリーだな。光系統魔法じゃもう俺や師匠じゃ太刀打ちできそうにない」


「そ、そんなことないよぅ」


 なんて謙遜しつつも、ミナリーは俺が撫でやすい位置に頭を持ってくる。意図を察して撫でてやると「えへへ」とはにかんだ。


 ミナリーのレベルと前提魔法の熟練度レベルも足りているんだろう。春先までに習得してくれればと考えていたが、この分なら冬が来る前に使えるようになってくれそうだ。


「そろそろ戻るか。師匠も心配して待っているだろうし」


「う、うん。ちょっと戻りづらいけど……」


 ミナリーは気まずそうに視線を反らして頷く。まあ、気持ちはわからなくもないけどな。


「いっそこのまま家出でもするか?」


「……ううん。さっきは落ち着いてお話できなかったから、もう少しだけ師匠と話してみる」


「そっか。じゃ、戻ろうぜ」


 俺が左手を差し伸べると、ミナリーはその手をキュッと掴んだ。


 二人で手を繋ぎながらログハウスに戻ると、師匠がテーブルに突っ伏していた。見ればテーブルの上や床には空のワインボトルが散乱している。見たところ3本以上は空いていた。


「あー……。随分とヤケ酒したみたいだな」


「…………師匠のバカ」


 俺たちは溜息を吐いて師匠を寝室へと運ぶ事にした。ミナリーが師匠と話したがっていたけれど、これじゃ二日酔いで明日も無理そうだな……。

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