第50話:デートみたいでドキドキしちゃうね?
◇
翌朝。酷い二日酔いでベッドから起き上がれない師匠を放置して、俺はミナリーと二人でオーツの街を訪れていた。俺の目的地はケロッグ商会、ミナリーはいつもの孤児院の手伝いだ。
教会前でミナリーと別れ、ケロッグ商会へ向かう。
「おう、待ってたぜ」
執務室へ入るとフロッグが応接用のソファに座って待ち構えていた。執務机で書類に忙殺されていないのは珍しい。
「今日は暇なのか?」
「んなわけねぇだろ。オメェが来ると思って待ってやってたんだよ。ちっとばかし重要度の高い報告があるからな」
「……聞かせてくれ」
フロッグが重要度の高い報告と言うからにはよっぽどの事だろう。俺がフロッグの対面のソファに座ると、クレアが紅茶を出してくれた。それを一口含んでフロッグに先を促す。
「その報告は地下水道の件か?」
「ああ。地下水道に溜まってたっていうゾンビだが、どうもきな臭いぜ? ここんところ、街の浮浪者が随分と数を減らしているみてぇだ」
「……そう言えばあまり見なくなったな」
領都だけあってオーツは周辺の町に比べればかなり発展している。とは言え、そこに住む人々がみんな豊かな生活を送っているのかと言えばそうではない。豊かな暮らしをしている人も居れば、貧しい暮らしをしている人も当然居る。
そしてとりわけ貧しい人々、家を持てず路地裏で暮らす浮浪者も大勢居るのがこの街の現状だ。
ゲームではあまり描写されていなかったが…………いや、そうか。
ゲームで街の様子が描写される頃にはもう浮浪者が減っていたのか。
「浮浪者が雨風をしのぐために地下水道に入って、野垂れ死んでアンデッドになった。それだけならよくある話で片が付くんだがな」
「違うのか……?」
「ああ、どうやら――」
フロッグからの報告は確かに重要度の高い物だった。俺が知るゲームの知識と照らし合わせても、今後の展開に大きく関連しているのは間違いない。
そろそろ、こっちから動いてみるか……?
フロッグとクレアに幾つか指示を出した後、俺はミナリーと合流して今後の予定について話し合う事にした。
ちょうどお昼時だったこともあり、ケロッグ商会近くのカフェに立ち寄る。
カウンターで食事とドリンクを受け取りテラス席に腰を落ち着かせると、ミナリーがどこか楽しそうに微笑んだ。
「レインくんと二人でランチなんて初めてじゃないかなぁ?」
「言われてみればそうか。いつも師匠が一緒だしな」
「えへへ。デートみたいでドキドキしちゃうね?」
「俺は朝起きて同じベッドにミナリーが寝ている方がドキドキするんだが」
「ふぇ?」
ミナリーは意味が分からなかったのか不思議そうに小首を傾げる。俺と師匠が過保護すぎたのか、14歳でこれはいささか不安になる。
「美味しいーっ!」
ミナリーが口いっぱいに頬張っているのは、トマトとチーズのマルゲリータパスタ。
オーツの近辺に牧畜が盛んな村があって、乾燥した気候からチーズの生産に適しているらしい。ケロッグ商会もたしか、チーズの輸送を請け負っていたはずだ。
「レインくんも一口食べてみる?」
そう言ってくるくるとフォークに絡めたパスタを、ミナリーは俺の口元に向けて突き出してくる。
「はい、あーん」
いや、あーんって言われてもな……。
テラス席はカフェが面した通りから丸見えなうえ、ミナリーの容姿は否が応でも注目を引いてしまう。家ならともかく、ここではさすがにこっぱずかしい。
けど……俺だけ変に意識するのも、それはそれでなんか負けた気がするんだよなぁ。
「あ、あー……ん」
周りからの視線に突き刺されつつ、ミナリーの差し出したフォークを口に運ぶ。トマトの酸味とチーズの濃厚な旨味が美味しく感じなくもない。
「どう? 美味し?」
「あ、ああ……」
正直、味なんて感じてる余裕がないくらいにはドキドキしてしまっている。
顔に出ていないよな……?
「そうでしょうそうでしょう。……あっ、レインくんのカルボナーラも美味しいそう」
「えっと、一口食べるか?」
「うんっ! あーん」
今度はミナリーが、口を大きく開けて待ち構える。
どうやら俺に食べさせてもらうのを待っているらしい。ミナリーの事だから何も深く考えていないんだろうな……。
これじゃ本当に、周りからデート中のバカップルに思われそうだ。
…………まあ、いいか。
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