第47話:推薦状
ヴィルヘイム王立学園。優秀な剣士と魔法使いの育成を目的としたヴィルヘイム王国の最高学府であり、師匠の母校。
……正確には師匠は入学して半年も経たずに休学し卒業したわけではないんだが。
その王立学園への推薦状。まさかこのタイミングで出してくるとは思わなかった。
ゲームシナリオでは、半年後の俺の誕生日に師匠から推薦状を手渡され、王都へ旅立つことになる。それが師匠との永遠の別れとなり、以後に師匠が生きたままゲームに登場することは無い。
師匠との別れを象徴するアイテム。
……ついにここまで来てしまったか。
「王立学園……? それって、師匠の通ってた学校だよね……?」
「そう。ヴィルヘイム王国の最高学府にして、剣士と魔法使いの養成機関。王国各地から優秀な魔法使いが集まっているわ。これはその王立学園への推薦状。と言っても、入学試験を受けられるだけだけど。実家に頼んで用意してもらったの」
そう言いながら、師匠は俺とミナリーに推薦状をそれぞれ手渡す。
「ミナリー、レイン。あなたたちはこの4年間で大きく成長したわ。もう私に教えられることはほとんどないくらい、優秀な魔法使いよ。だからこれからは、もっと外の世界を知るべきだと思う。王立学園で大勢の人と出会って、多くの魔法に触れて。私を超える大魔法使いになりなさい」
「待って……。待ってよ、師匠。師匠も一緒だよね……? 師匠も一緒に、学園に来てくれるんだよね……?」
ミナリーの懇願するような問いかけに、師匠は静かに首を横に振る。
「私は、一緒には行けないの」
「どうしてっ!?」
「私の旅がまだ、終わっていないから」
「……っ」
師匠の旅。
それは封印が解けかかっている魔王を再封印……もしくは討ち果たすための旅。俺たちと過ごしたこの4年間は、その旅の寄り道でしかない。4年も一緒に居たんじゃない。4年も一緒に居てくれたのだ。
「ずっと考えていたの。ミナリーとレインが大人になったら、旅を再開しようって」
「嫌……そんなのヤダ! わたし、師匠とずっと一緒に居たい! わたしも師匠の旅について行く!」
「ダメよ。ミナリーもレインも強くなった。それでも――私の領域には達してない」
「……っ!」
作中最強。氷系統を極めた大魔法使いアリス・グリモワール。
その高みには成長限界を迎えた俺はもちろん、光系統魔法に圧倒的な才能を見せるミナリーですら、足を踏み入れることが出来ていない。
「あなたたちはこれからもっと強くなれる。だけどそれは、私の元でじゃない。王立学園で広い世界を見て感じ取るの。あそこには、あなたたちに負けない才能が集まっているわ」
師匠の元を離れ王立学園に入学した主人公レインは、そこで師匠の妹であるアリシア・グリモワールやゲーム終盤まで共に魔王軍と戦う仲間たちと出会う。
師匠の言うように、王立学園には様々な才能が集まっている。そこでの出会いが、俺やミナリーに好影響を与えるのは間違いない。
だけど、これはそういう話じゃない。理屈や道理や義理や使命感なんてどうでもいい。
「…………強くなりたいわけじゃない」
ぽつりと、ミナリーは呟く。
目じりに涙をためて、きゅっと唇を結ぶ。
「師匠の、バカぁあああああああああああああああっっっ!!!!」
そして大声で叫ぶと、弾かれたように走り出して玄関から外へ飛び出して行った。
「み、ミナリー……っ!?」
師匠は玄関の方へ手を伸ばした姿のまま、愕然とした様子で固まる。
ミナリーも14歳。そろそろ反抗期になってもおかしくない年齢だろう。
一般的には親からの自立を望むが、今回はその逆。自立を促されて、それを嫌がって家を飛び出して行った。
「ど、どうしよう、レイン。私、ミナリーを……っ」
「落ち着いてください、師匠」
師匠とミナリーは、俺が知る限りでは一度も喧嘩をしたことがない。あそこまでミナリーに拒絶されるとは、師匠は予想もしていなかったはずだ。
「私、ミナリーを怒らせたかったわけじゃなくて」
「わかってます。俺たちのことを師匠なりに考えてくれたんですよね? 自分が旅に出た後も、俺たちが大丈夫なように」
「…………(こくり)」
師匠は無言で頷く。
平民が王立学園に入るには推薦状が必要で、それは限られた貴族にしか用意することが出来ない。
平民がそれを手に入れようとしたら、多額の賄賂が必要になる。
わざわざ疎遠になった実家に連絡を取ってまで推薦状を用意してくれたのは、俺とミナリーの将来を思ってのこと。王立学園を卒業すれば、ヴィルヘイム王国で職に困ることは無いだろう。
「…………レインも、王立学園には行きたくない?」
師匠はおそるおそるといった様子で俺に尋ねる。
「俺は行きたいですよ、王立学園」
あそこにはゲームで共に旅をした仲間たちが居る。
そして俺が『Happy End Story』で最も救いたいと願った彼女が居る。
だから王立学園への入学は俺の中で既定路線だ。
「じゃあ――」
「だけど、師匠が一緒じゃないと嫌です」
「……っ」
俺はハッキリと師匠にそう告げる。
師匠は俺の返事に言葉を詰まらせ、そっと目を反らした。
師匠の意思は固い。ここでどれだけ説得しようと、彼女の考えを変えることはできないだろう。だから今は、ミナリーを優先した方が良さそうだ。
「師匠、ミナリーを探してきます。師匠は先に休んでいてください」
「え、えぇ……」
俺は師匠を一人残して外へ出た。
「王立学園…………か」
ゲームのシナリオが進み始めているのを肌に感じる。
そろそろ、本格的に動き出す時だろう。
この物語を『
そのための準備は既に始まっている。
俺は絶対に、もう何も失わない。
〈作者コメント〉
ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ
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