第40話:とっくに捨てている

「ぶつりゅう?」


 あまり聞き馴染みのない言葉なのか、師匠は小首を傾げる。


 物流……物的流通の略語でーなんて説明をしてもあまり理解はして貰えないだろう。


「簡単に説明すると、物を運ぶ仕事です」


「物を運ぶ? それなら商人さんがみんなしていることでしょ?」


「それを代行するんですよ」


 商会を立ち上げるにあたり何を売り物にするか。


 日本人が考えたゲームの世界だけあって、日常の便利アイテムや素人知識で作れるような物はだいたいこの世界にも存在している。


 半端なものを売り出しても商売として成り立たない。


 何日も頭を悩ませて考え付いたのが、運送業。


 初めは領都内で手紙や荷物の配達から始め、今は街と街の間で食料や特産品の輸送を請け負っている。


「大商会であれば自前の馬車を何台も用意して遠くの街から大量の商品を仕入れることが出来ます。ですが中小の商会や商人にはそれが難しい。馬車で数か月も旅をして現地で商品を仕入れ、持ち帰って来なくちゃいけない。仕入れはほとんど一度きりで、売り切ってしまえば再び買い付けに行く必要がある。それはあまりにも非効率的です」


「んで、その面倒な輸送を俺らで肩代わりしちまおうってわけだ」


 ケロッグ商会が肩代わりするのはあくまで輸送のみ。仕入れ交渉は商人や商会に任せる。そうすることで既存の商会や商人との棲み分けを行った。


 仕入れや卸売りまでしてしまえば、大商会から目を付けられる。だが商売を輸送に限定することで競合相手ではなく利用できる相手だと認識してもらう。


 今では大商会や一部の貴族からも輸送代行の依頼が来るほどに信頼を得ることが出来た。


「へぇー」


「さてはテメェ興味ねぇな?」


 師匠は感心しているのか、理解していないのか、よくわからない返事をする。


 4年間一緒に過ごしてわかったことだが、師匠は魔法と古代史の研究以外にはあまり興味を示さない。


 ケロッグ商会に関しても俺が関わっているから気にしている程度で、事業内容が健全であることさえわかればそれでいいのだろう。


「フロッグ、頼んでいた件はどうだ?」


「そっちは徐々にって感じだな。いちおう、各地から報告は上がってるぜ。クレア、見せてやってくれ」


「承知しました、会長。レイン君、こちらが各地の魔物の発生状況です」


 クレアから5枚ほどの紙束が手渡される。そこには王国各地に散らばったケロッグ商会の配達員からの報告がまとめられている。


 どれも一か月以内の最新の情報だ。


「魔物の発生状況?」


 師匠が俺に密着して資料を覗き込んでくる。


 金木犀のような甘い香りと、背中に伝わる柔らかな感触。13歳の体にはやや刺激が強すぎる。もう少しソーシャルディスタンスを保ってもらいたい。


「レイン、こんなもの調べてどうするの?」


「魔王の動向を探っています」


「魔王の……?」


 師匠の声音が低くなる。


 両親を亡くした俺とミナリーを引き取ってくれた師匠だが、もともとは魔王復活を阻止するために王立学園を休学して旅をしていた。


 やはり魔王に関する情報は気になるようだ。


「魔王が復活すれば魔物の活動が活発化すると師匠は教えてくれましたよね」


「ええ、そうだけど……」


「ケロッグ商会の配達員は王国各地に散らばっています。彼らに魔物の発生状況を知らせてもらう事で、魔王が復活する予兆を知ることが出来ます」


 ケロッグ商会が運ぶのは物だけではない。王国各地から様々な情報が一緒に運ばれてくる。


 俺としては金稼ぎよりそっちの方が重要だ。ケロッグ商会を立ち上げた理由の九割がそれだと言っていい。


 ケロッグ商会は俺の目となり耳となり、各地で情報収集を行っている。いずれは王国だけでなく、大陸各地にそのネットワークを広げていくつもりだ。


 クレアから渡された資料にざっと目を通す。


 今のところ目立った魔物の活性化は見られない。幾つかの街で特定の魔物が大量発生したと書かれているが、それも4年前のオークほどの規模ではない。


 よくある話で片付く範囲だ。


「レイン、何度も言うけど……」


「わかってます。魔王と戦う気はありません」


 少なくとも今のところは。


 ただ、時系列的にはもう既にゲーム本編が始まっている。


 魔王の復活と魔王軍による本格的な侵攻はまだ数年先だが、師匠が魔王軍によって暗殺されるまでは半年ほどしか残されていない。


 師匠は絶対に守る。


 そのためには、強くなるだけでは足りない。ゲームシナリオとの乖離、バタフライエフェクト的な要因から起こる事象を予測し対策する必要がある。


 王国各地の情報収集もその一環。ゲームシナリオとの些細な違いも見逃せない。


 俺はもう、間違えないと誓ったのだ。


「師匠。俺はもう少しフロッグと打ち合わせをしていきます。師匠はどうしますか?」


「そうねぇ……。クレア、もしよかったら隣のカフェでお茶しない?」


「いいですね!」


「良かねぇよ、仕事中だろうが」


 フロッグに釘を刺されてクレアが「ですよねー」と言いながら肩を落とす。師匠は頬をぷくっと膨らませて不満気だ。これに関してはフロッグが全面的に正しい。


 ただまあ、師匠にどうするか聞いたのにも訳がある。


「いいじゃないか、フロッグ。たまの息抜きくらい多めに見てやれって」


「れ、レイン君! あなたは神ですか!?」


「さすがレイン! 話がわかる弟子を持てて師匠は幸せよ」


 それじゃまた後でね、と師匠はクレアを連れて執務室から出て行く。それを見送って振り返ると、フロッグが半眼で俺を見ていた。


「じゃあ俺も息抜きしに行っていいか?」


「は? 良いわけないだろ」


「理不尽すぎるだろくそったれ!」 


 フロッグはわしゃわしゃと髪を掻きむしって机に突っ伏す。それからしばらくして顔を上げると、それで、と切り出した。


「わざわざ二人きりにしたんだ。例の探し物の件だろ?」


「そうだ。見つかったか?」


「テメェの言う場所を探させちゃ居るが、ダンジョンも村も見つからねぇってよ。本当にあるのかよ、その〈聖剣〉ってぇやつは」


「そのはずなんだけどな……」


 ゲーム中最強の近接武器――聖剣クロスキャリバー。


 ゲーム中盤、主人公レインはとある村に残る勇者伝説を聞き、村人から教わったダンジョンの奥底で聖剣を引き抜いて勇者に覚醒する。


 フロッグにはその聖剣の所在を確認させていた。ところが、どれだけ探させてもダンジョンどころか勇者伝説が残る村すら見つからない。


 時間経過によって出現する……? いいや、ここはゲームの世界じゃない。フラグや時間経過で現れたり消えたりする村なんか存在しない……はずなんだけどな。


 聖剣は純粋に強力なアイテムだ。師匠を守るうえでも重要になってくるから、可能であれば手に入れておきたかった。


「フロッグ。とりあえずもう少しだけ探し続けてくれ」


「仕方がねぇなぁ」


 フロッグには引き続き聖剣を探してもらう。


 ただ、期待はしない。


 聖剣は手に入らないものと仮定して、別の策を考える。


 師匠を守るためなら手段は選ばない。


 躊躇いはとっくに捨てている。

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