第41話:手繋ぎデート

 フロッグとの打ち合わせはお昼前くらいに終わった。


「ひ、昼飯食ってる暇がねぇ……」


 フロッグは絶望しながら書類に向き合う。午前の仕事を中断させてしまっていたからな……。フロッグが過労死する前に事務方の人員を補充するよう手配しよう。


 来年にはケロッグ商会を王都に移転させる予定だ。フロッグとクレアにも王都に移ってもらうことになる。オーツの商会支部を任せる人材が必要だろう。


 今後の計画を考えながら隣のカフェに移動する。


 師匠とクレアは窓際の席で会話に花を咲かせていた。二人とも美人だから、座っているだけで絵になる。カフェは普段よりも込み合っているようにも見えた。


「師匠、お待たせしました」


「あら、レイン。思ったよりも早かったのね」


「そうですか? 2時間くらいは待たせてしまったと思いますが」


「えっ!? もうそんなに時間が経ったの……?」


「あはは、ついつい話しすぎちゃったみたいですね。……やっばい、会長に怒られそうです」


 師匠が目をぱちくりさせて驚き、クレアはそっと顔を反らした。


「長話に付き合わせてごめんなさい、クレア」


「いえいえ、楽しかったですよ。またお話ししましょう、アリスさん」


「ええ」


 師匠とクレアが席を立つ。


 俺は商会へ戻ろうとするクレアを呼び止めて、財布から1000ウェン札を手渡した。


 ちなみにウェンは大陸で広く流通している通貨の単位で、ぶっちゃけ円とほぼ同じだ。物価も日本とそれほど変わらない。


「クレア。これでフロッグに差し入れを持って行ってやってくれ。ちょうど昼飯時だしな」


「了解です! あ、おつりは貰っていいですか?」


「好きにしてくれ」


 よしッ! と胸元で拳を作って、クレアはカフェのレジの方へ向かう。サンドイッチのテイクアウトでも頼むつもりだろう。


「レイン、クレアにちゃんとお給料払ってあげてるのよね?」


「そのはずなんですが」


 何ならクレアは冒険者ギルドの二倍の給料という破格の条件で引き抜いている。お金に困っているということは無いはずだ。たぶん。


「それじゃ、私たちもミナリーを迎えに行きましょうか」


「そうですね。師匠、もしよければ歩いて向かいませんか?」


「? 別に構わないけど」


 俺の提案に師匠は首を傾げつつ同意する。乗ってきた馬車はそのままケロッグ商会に預け、ミナリーの居る教会には歩いて向かう事にした。


 ケロッグ商会が居を構える区画は領都で最も商店が並ぶ区画で、食料品から日用雑貨、衣服や武器防具など様々な店が立ち並ぶ。そんな通りを師匠と並んで歩く。


「なんだかこうして歩いていると、レインとデートしてるみたい」


「手でも繋ぎますか?」


「レインが繋ぎたいなら繋いであげてもいいけど?」


「なら、繋ぎましょう」


 俺が師匠と手の手を取ると、師匠は少し驚いたように目を見開く。それから小さくため息を吐いた。


「まったく、レインったらまだまだ子供ねぇ」


「そりゃ13歳子供ですから」


 とは言え、身長はそろそろ師匠に並びそうだ。


 師匠の身長は162センチ。体重とスリーサイズも設定資料集には記載されていたから記憶しているが、まあそれはそれとして。


「師匠、ミナリーの誕生日プレゼントって何が良いと思いますか?」


 手を繋いで歩きながら、俺は師匠に尋ねる。


 ミナリーの誕生日は明後日。


 この世界の成人年齢は14歳で、14歳になる誕生日は盛大に祝う習慣がある。


 もちろん毎年の誕生日も祝うしプレゼントも用意するのだが、14歳の誕生日はやはり特別で、プレゼント選びには難儀させられている。


「そうねぇ。レインからのプレゼントならミナリーはなんでも喜んでくれると思うけど」


「じゃあ、闇系統魔法耐性が付与された胸当てとか」


「それはダメ。レインわかってて言ってるでしょ?」


「バレましたか」


 さすがに女の子の誕生日に防具をプレゼントするほど俺も唐変木ではない。


 まあ、仮に防具をプレゼントするなら、何らかの効果が付与されたアクセサリー類が無難だろうか。


「ちなみに師匠は何をプレゼントするんですか?」


「うーん……。まあ、秘密にしても仕方がないか。杖よ。ミナリーとレインが成人した時には今度こそ絶対に渡そうっ考えてたの」


 今度こそ……か。そういえば師匠は以前、餞別の品として俺とミナリーに杖を渡そうと考えてくれていたんだったな。その時は結局、買う事すら出来なかったらしい。


 杖は師匠が弟子に一人前だと告げる際の別れの品。この世界ではそのような意味合いもあると何かの本で読んだことがある。


 もちろん師匠から杖を貰えるのは嬉しいが、同時に寂しさも感じてしまいそうだ。


「師匠が杖なら俺は杖のホルダーとか」


「れーいーんー? 14歳の誕生日は女の子にとって特別なものなのよー? そんな実用的なものじゃなくて、もっとロマンチックなものを渡してあげなさい」


「じゃあ指輪にしますか」


「ゆ、指輪っ!? そ、そりゃ確かにロマンチックだしミナリーは喜ぶとは思うけどっそれは少し気が早いって言うか早すぎるというか、も、もももっと別のものが良いと思うわ!」


「ネックレスやブレスレットとかですか?」


「そうね! そのあたりが無難かしら!」


「なるほど……」


 じゃあやっぱり、何らかの効果が付与されたアクセサリーを探してみよう。


 どうせなら今後の事も考えて実用的な方が良い。例えば、対アンデット特攻が付与されているとか。


 なんて考えながら歩いていると、ふとある店のショーウィンドウが目に留まった。


 そこは様々なジャンルを取りそろえた書店で、ショーウィンドウには漫画が展示されている。まあ、ゲームの世界だから漫画くらい置いてあっても不思議じゃない。


「どうしたの、レイン? 漫画欲しいの?」


 立ち止まった俺に、師匠が不思議そうに首を傾げながら尋ねる。


 前の世界ではそれなりに漫画を読み漁っていた俺だが、こっちの世界ではほとんど触れて来なかった。


 興味がないわけではないが、漫画を読む時間があれば自己研鑽に使いたいと思ったからだ。


「師匠、知ってますか? こういう漫画に出て来る師匠キャラって、だいたい話の序盤か中盤で死んじゃうんですよ」


「え、何それ怖い!」


「そうですね。だから、あまり読む気にはなれないんです」


 それが例えオッサンであろうが竜であろうが、主人公の師匠というポジションのキャラクターにはどうしてもアリス・グリモワールを重ねてしまう。


「レイン、私は――」


「行きましょう、師匠。ミナリーが待ってますよ」


 俺は何か言いかけた師匠の手を引いて歩き始める。


 今ここで師匠の考えを聞くつもりはない。


 別れの時が刻一刻と迫っている事を、俺はもうとっくに知っているのだから。

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