第39話:ケロッグ商会

 朝食を食べ終える頃には、師匠もようやく意識がシャキッとしてきた。


「ご馳走様でした。美味しかったわ、レイン」


「お粗末様です」


 師匠から食器を受け取って洗い場に持っていく。片付けまでが料理当番の仕事だ。


「レイン、今日はどうするの?」


 師匠から今日一日のスケジュールを尋ねられる。食器を洗いながら、俺は今日の予定を頭に思い浮かべた。


「午前中は商会に顔を出そうかと」


「商会ぃー?」


 師匠が露骨に顔を顰めた。


 商会とは、この4年の間に俺とフロッグが立ち上げた『ケロッグ商会』の事だ。


 今は領都オーツの一等地に事務所を構えるまでに大きく成長している。俺はその商会の最高顧問という役職を貰っていた。


「レイン、何度も言うけどあまりあくどい商売はしちゃダメよ……?」


「わかってますよ。心配しなくても、ちゃんとした商売です」


 どうも師匠はフロッグを信頼していない。まあ、信頼に値しない悪い大人なのは確かなんだが。俺とミナリーは睡眠薬を盛られて誘拐されたこともあったしな。


「ならいいけど……。ミナリーは?」


「わたしは教会のシスターさんからお手伝い頼まれてるの。師匠も一緒に行く?」


「うっ……。教会はちょっと……遠慮しておくわね」


 師匠はそっとミナリーから視線を反らす。そういえばこの人、王国国教会と色々揉めたんだったな。


 大貴族であるグリモワール家の後ろ盾がなければとっくに異端審問にかけられていてもおかしくない立場だ。あまり教会には近づきたくないだろう。


「師匠はどうするんですか?」


「そうねぇ。冒険者ギルドに顔を出そうとは思ってたけど……。それじゃあ、レインについて行っていいかしら? たまにはフロッグに釘を刺しておきたいし」


「構いませんよ」


「ミナリーのお手伝いは何時頃に終わりそう?」


「うーん、お昼くらいかなぁ?」


「じゃ、午後からはみんなで冒険者ギルドに行きましょ。実戦経験も積んでおかないと勘が鈍っちゃうから」


「さんせーい!」


 師匠の提案にミナリーが元気よく同意する。


 この4年間、俺たちは魔法の鍛錬を続けながら冒険者としても活動していた。


 効率よくレベルを上げるにはやはりモンスターを倒すのが効率的だ。おかげでレベルも子供の頃に比べれば随分と上がっている。


 準備を整えて、俺たちは三人揃って家を出た。領都までは馬車で移動し、教会の近くでミナリーを降ろしてから、俺と師匠は『ケロッグ商会』へ向かう。


 馬車を預けて事務所に入ると、一人の少女が声をかけてきた。


「あ、レイン君とアリスさん。おはようございます」


「おはよう、クレア。久しぶり、元気そうでよかったわ」


「お久しぶりです。アリスさんもお元気そうですね」


 クレア・チャーチ。冒険者ギルドの元受付嬢で、この商会を立ち上げる際に冒険者ギルドから引き抜かせて貰った。ギルドマスターには渋い顔をされたが。


「クレア、フロッグは居るか?」


「はい。会長なら奥の執務室ですよ。ご案内しますね」


 クレアに案内され事務所奥の執務室へ向かう。扉を開けてすぐ目に飛び込んできたのは机の上にうず高く積まれた書類の山。それと向き合っているフロッグだった。


「よう、フロッグ。調子はどうだ?」


「あぁ? 見りゃわかんだろ。誰かさんのおかげで大忙しだっつぅの」


 フロッグは俺たちに目もくれず、書類を読んではサインを書き込んでいる。そんな姿に師匠は感心したように頷いた。


「へぇー、思ったよりも真面目に仕事してるのね」


「げっ……」


 それでようやく師匠の存在に気づいたのだろう。フロッグが顔を上げて作業を止める。


「なにかしら、その態度。私、この商会の最大出資者なんですけど?」


「だから嫌なんだっつの……」


 フロッグはすっと師匠から視線を反らした。


 この商会を立ち上げるにあたり、フロッグは師匠から多額の資金援助を貰っている。


 と言うのも、俺たちと別れてすぐにフロッグは冒険者の一団と遭遇して捕まり、衛兵に突き出されて再収監されてしまったのだ。


 その時持っていたお金は師匠に返還され、フロッグには脱獄と窃盗の罪が加算された。


 さすがにフロッグを可哀想に思った師匠は戻ってきたお金で保釈金を支払って、俺とフロッグが商会を立ち上げる際には資金援助をしてくれた。


 とは言え、その保釈金と資金援助分のお金は既に儲けから返済されている。いちおう師匠には何の発言権もないのだが、フロッグなりに恩義を感じているのだろう。


「んで、保護者同伴でどうしたんだよ……?」


「事業の進捗を確認しに来たんだ」


「んなのこれ見りゃわかるだろ。嫌になるほど順調だぜ……」


 フロッグは疲れたように溜息を吐く。確かに不調ならこんなに忙しくはしていないだろう。そろそろ事務方の増員を考えてもよさそうだ。


「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、この商会は何を売っているの?」


 師匠が不思議そうに尋ねて来る。いちおう、出資してもらう前に事業計画を見せたはずなんだけどな……。たぶん色々読み飛ばしていたんだろう。


「この商会が売っているのは、ざっくり言うと〈物流〉です」

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