第二章:アリス・グリモワール

第38話:目覚め

 子供の頃の夢を見た。


 俺がこの世界に来て、ミナリーと出会い、師匠と出会い、死んだ父さんや母さんと暮らしていた頃の夢だ。


 4年が経とうとしている今となっては随分と昔の事のように思えて、懐かしさと郷愁を思い出す。


 ゆっくり体を起き上がらせると、室内はまだ薄暗い。時計は朝の六時過ぎを指し示していて、普段よりも起きるのが遅くなってしまったくらいだ。


 とりあえず朝食の準備をしよう。そう思ってベッドから降りようとしたところ、障害物があることに気づく。


 そいつは行く手を阻むように布団をかぶってベッドに寝そべっていた。


「今日はどっちだ……?」


 とは口にしたものの、見当はついている。布団をめくると、そこにはやはりすやすやと眠るミナリーが居た。


 夢に出てきたミナリーに比べると、随分と大きくなった。当然だ。4年が経っている。


 顔立ちにはまだまだ幼さを残すものの、体型は子供から大人へと変化し、13歳にしては成長が早い胸元がはだけたパジャマの隙間からちらちら見えて目に毒だった。


「はぁ……」


 俺も13歳と半年。さすがに子供の頃のように無反応というわけにもいかない。とりあえず気持ちを落ち着かせ、ミナリーの肩を揺する。


「起きろ、ミナリー。もう朝だぞ」


「あさぁ……? あー、レインくんだぁ。おはよー」


「おはよう、じゃない。また勝手に俺のベッドで寝たな? ダメだって言っただろ」


「えー? どうしてー?」


「俺たちがもう子供じゃないからだ」


 この世界の成人年齢は14歳。ミナリーはあと数日で大人の仲間入りをする。


 俺も半年後には14歳だ。夢で見た子供の頃ならともかく、この年齢で一緒のベッドに眠るのはさすがにいささか問題が生じる。


「むぅ。子供の頃は良いよって言ってくれたのに」


「言った覚えはないけどな。ほら、さっさと起きて師匠を起こしてきてくれ」


「はぁーい」


 ミナリーはまだ眠たそうに眼を擦りながら起き上がって部屋から出て行く。俺もパジャマから着替えて部屋を出た。


 あの日……オークによって俺たちが住んでいた村が壊滅してから3年半が経とうとしている。


 師匠に引き取られた俺とミナリーは、師匠と共に領都オーツに近い森の中に建てたログハウスで暮らしていた。


 間取りは子供の頃に住んでいた家とほとんど同じ。個室が三つあり、リビングとキッチン、風呂と脱衣場とトイレがある。


 朝食の準備は俺の担当だ。昼食はミナリー、夕食は師匠という分担にしている。


 手の込んだ料理は二人が作ってくれるから、朝食担当の俺が作るのはもっぱら簡単な料理ばかり。


 今日はパンと目玉焼きを焼いてエッグトーストを作る。欲を言えば白米と焼き魚とみそ汁が良いんだけどな。魚はともかく、白米と味噌は未だに入手できていない。


 出来上がった朝食を食卓に並び終えるが、未だにミナリーと師匠は起きて来ない。


 いや、ミナリーにはさっき師匠を起こしに行ってもらった。朝にすこぶる弱い師匠に苦戦しているのだろう。様子を見に行くか……。


 師匠の部屋の前まで行くと、扉が半開きになっていた。


「師匠、起きてますか?」


「レインくん助けてぇーっ!」


 声をかけると中からミナリーの助けを求める声が聞こえてきた。


 あぁ、やっぱり。


 扉を開けると、ミナリーがベッドの上で師匠に絡みつかれている。相変わらず寝る時は服を着ない主義の師匠は、全裸でミナリーを後ろから抱きしめていた。


「ふひっ……ミナリー、大きくなったわねぇ」


「やぁっ……、だめっ、ししょう、胸、やっ、……んぅっ」


 寝ぼけた師匠に胸を揉みしだかれてミナリーが甘い吐息を漏らしていた。


「れいんっ……くんっ! んぅっ……たす、けっ」


 …………そう言えば子供の頃、俺が同じ状況になった時ミナリーに助けを求めたことがあったな。


 あの時ミナリーは助けるどころか、自分も寝るとか言い出してベッドに潜り込んで来たんだったか。


「まあ、頑張れ」


「レインくんの薄情者ぉーっ!!!!」


 あの時の意趣返しではないが、下手に助けようとして巻き込まれたくもない。今日はこのままミナリーに犠牲になってもらおう。


 それにこれだけ騒げば、さすがの師匠も目を覚ます。たぶん。


 食卓について先に朝食を食べ進めていると、やつれた顔のミナリーと眠たそうに欠伸をする師匠が部屋から出てきた。


「おはようございます、師匠」


「おはよー、レイン。ふぁ~あぅ、眠いー」


「先にシャワーでも浴びますか?」


「ううん、だいじょうぶー」


 まだじゃっかん寝ぼけているのか、師匠はふわふわな返事をしながらエッグトーストをもそもそと食べ始める。


 普段シッカリ者の師匠が朝に見せる無防備な姿は、ギャップを感じられてすごく可愛い。


「むぅー」


 一方、俺の隣に座ったミナリーは不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「レインくんのバカ。イジワル。薄情者」


「すまん。悪かったって」


「ホントにそう思ってる?」


「思ってる思ってる」


「ホントかなぁ……? じゃあ、んっ」


 ミナリーは頭を差し出してくる。謝罪は言葉ではなく行動で示せと言いたいらしい。


 俺が頭を撫でてやると、ミナリーは気持ちよさそうに目を細めた。頭を撫でられるのが好きなのは子供の頃から変わらずだ。

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