第31話:選択ミス
「レインっ! 起きて、レインっ!」
師匠の声が響く。
ぐわんぐわんと体が揺れて、実際に揺り起こされているのだと気づく。
夢を、見ていたのか……?
「レイン!」
「ししょう……?」
目を開けると、切羽詰まった顔の師匠が俺を覗き込んでいた。周囲はまだ暗く、けれど空を覆う雲の模様がやけに朱色がかって浮かんで見える。
「レイン、見える……? あれ……」
師匠に抱き起され、空を見る。やはり寝ぼけて見間違えたわけではなく、本当に雲が朱色に染まっていた。何かの自然現象……いや、そうじゃない。
「火事だぜ、ありゃあ。結構な大火事だ」
フロッグが呆然と空を見上げながら呟くように言う。そうだ。地上で何かが燃えていて、その火が空を覆う雲を照らし出しているのだ。
でも、何が燃えている……?
「どうするよ、クソガキ。ありゃ、ターガ村の方角だぜ……?」
「――っ!」
そうだ。雲を朱く照らしているのは、俺たちが向かっていた方角。そこにあるのはターガ村だけだ。
「フロッグ、馬車を!」
「お、おう!」
野営の撤収もそこそこに、俺たちは馬車に乗り込んでターガ村を目指す。馬車は暗い夜道を進むが、その足取りは酷く遅いものに感じてしまう。
「もう少し急げないのか……!?」
「無茶言うんじゃねぇ! 夜道を進むだけで綱渡りだっての!」
フロッグは精一杯手綱を握って馬を急がせている。けれどどうしても限界はある。
道も直線でまっすぐターガ村へ続いているわけじゃない。森や岩や川を迂回するために、何度もターガ村とは別の方角へ曲がりくねる。
どうあがいても、村に到着するまで時間がかかる。
俺はただ、朱色に染まった空を見上げる事しかできない。
「どうしてこうなったんだ……?」
ゲームでオークに村が襲撃されるのは、祭りの当日の夜だったはずだ。それはゲーム内でも、設定資料集でも言及されている。俺の記憶と知識に間違いはない。
だとすれば、何かがシナリオを変えたのだ。本来なら二日後に来るはずだった襲撃が、今になった理由が……。
「…………そうか」
ミナリーをギュッと抱きしめながら朱色の空を見上げる、師匠の横顔が視界に入る。
師匠はオークの大群を〈
ゲーム内で師匠が〈氷獄〉を使ったことに言及されるのは、主人公レインが師匠と別れた後のこと。魔王軍の刺客との戦闘で使われたことが匂わせされた時のみだ。
あれだけの大魔法。あれだけの目撃者が居て、ゲーム本編で一切言及されないのはあまりにも不自然だろう。
ゲーム本編での師匠は、オミ平原で〈氷獄〉を使っていない。
だから、オークを撃退するのにも時間を要した。冒険者たちに多大な犠牲を払い、死線を潜り抜けてようやく勝利を掴み取ったに違いない。
その結果、敗走したオークたちの一部がターガ村を襲ったのだとしたら……。
オークの敗走が前倒しされた結果として、ターガ村への襲撃イベントが前倒しされたのだとしたら。
…………違う。
師匠は何も悪くない。これは全て俺のせいだ。俺がこうなる可能性も、考慮しておくべきだったのだ。
ゲーム本編のプロローグ前という時間軸。
ゲームからも設定資料集からも得られる情報は少なく、分析組で作ったフローチャートも『ミナリーをオークに奪われない』とだけしか書くことが出来なかった。
ミナリーを守ることだけならば、俺は最適解に近い行動をとれたと思う。
だけどそれ以上を、父さんや母さんや村の人たちを救いたいならば、俺はどこかで選択を間違えた。
どこだ、どこで間違えた……?
師匠と領都へ行かず村に留まるべきだった? 師匠が領都へ戻ると言った時に、残ってほしいと言うべきだった?
それとも、師匠との出会いが、ミナリーに魔法を教えたことがそもそも間違いだったのか……?
わからない。
ただ、一つだけわかることがあるならば。
それは今、ここでクヨクヨと後悔している事だけだ。
馬車が森を迂回して大きく進路を変える。森を突っ切ればターガ村まではあと少しの距離。だが、迂回すればまだまだ時間がかかってしまう。
「師匠、ミナリーをお願いします」
「レイン? 待って、何をするつもりなの!?」
荷台から身を乗り出した俺を、師匠が慌てて止めようとする。
だけどその前に、俺は荷台から飛び降りた。
「〈
着地寸前で〈風槍〉を地面に向けて放つ。俺の体は風圧で吹っ飛ばされるが、それを意識的にコントロールする。それを連続で繰り返す。
『HES』プレイヤーにはお馴染みの移動手段。MPを大きく消費してしまうが、こうすることで走るよりも早く移動することが出来る。
だが、
「ぐはっ!」
ゲームと現実じゃやはり感覚が違う。
何度目かの〈風槍〉で手元が狂い、俺は近くの木に背中から激突した。激痛にめまいがする。幸い大きな怪我にはならなかったものの、HPは三割ほど減っていた。
ゲームと同じように手から〈風槍〉を放つのはバランスが崩れやすい。
――だったら、足を使えばいい。
「〈風槍〉!」
魔力をコントロールして足裏に集中させ、放つ。
足首や膝や腰に激痛が走るものの、これならバランスは崩れない。ほとんど空を飛ぶような勢いで、木々の間を走り抜ける。
やがて森を抜け、目の前が開けた。
ミナリーや師匠と魔法の特訓をした丘が現れ、その向こうで故郷の村が燃えている。
炎が逃げ惑う人々とオークの影を映し出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます