第30話:夢

 近くに居た冒険者へ師匠が近隣の村へ向かうことを伝え、俺たちは馬車でターガ村へ向かう。ゲームのシナリオ通りならオークの襲撃は明後日の夜に発生するはずだ。


「今からなら明日の午前中にはターガ村に着けるはずだぜ」


「そうか……」


 村がオークに襲われるのは祭りの日の夜。その前日の午前に村に着けるなら、オークを迎え撃つ準備をする時間は十分にある。師匠の魔力もその頃には回復するはずだ。


「……はぁ」


 思いがけず息が漏れた。あの平原を覆いつくすほどのオークを見た時にはどうなる事かと思ったが、師匠の魔法がその不安を消し飛ばしてくれた。


 氷系統最上位魔法〈氷獄コキュートス〉。


 師匠が作中最強の魔法使いである所以だ。


 資料集には魔王軍の放った刺客との戦いで使用されたとあり、ゲーム内でもNPCの「あたり一面が凍ってたの!」というセリフでその存在を確認できる。


 ただ、使用者である師匠が殺されてしまったため、ゲーム中には登場しない。


 まあ、あんな広範囲に放てる即死魔法がゲームで使えたらほとんどチートだからな。もうこれだけで良いじゃんとなってしまう。実装されなくて当然だ。


 終盤のオークの大軍勢による侵攻も、師匠が居れば簡単に跳ね返せてしまうだろう。


 ストーリーの裏で人知れず暗殺されてしまうのは、シナリオの都合をもろに受けた面もあるに違いない。


 それにしても……。


 俺もあんな魔法が使えるようになるんだろうか。


 師匠は俺を天才だと言うけれど、それはあくまでゲームの知識があってこそ。そしてゲームでは、主人公レインの魔法の才能はいずれ頭打ちになる。


 ただ、魔法の可能性は無限大だと師匠が教えてくれた。魔力をコントロールする術を身に着け、このままレベルを上げて行けばあるいは……。


 やがて日が暮れて、辺りが暗くなり始める。


 分厚い雲が空を覆い月明りすらない闇夜の中、さすがにこれ以上は進めないとフロッグが判断して馬車を止め野営の準備が始まった。


 ターガ村には明日の朝には着けるだろうとフロッグは言っていた。


 オークの襲撃までは時間もある。その時間的な余裕に安心してしまってか、昨晩ほとんど眠れなかったせいか、俺はたき火見ながらうとうととしてしまった。


「レイン、眠たい?」


 いつの間にか師匠が隣に座っていた。その向こうにはミナリーが座っていて、うつらうつらと舟を漕いでいる。


「もう動いて大丈夫なんですか……?」


「ええ、何とかね。心配してくれてありがとう、レイン」


「いえ……」


 師匠はついさっきまで魔力が回復せず横たわったままで、ミナリーがずっと傍に寄り添っていた。ようやく動けるまでに魔力が回復したのだろう。


 ……師匠には無茶をさせてしまっている。本当ならもう少しあのまま休ませておくべきだった。


 俺も何度か経験したが、魔力が切れるとかなりきつい。


 全身の倦怠感と、時には発熱や吐き気を伴うこともある。ゲームの世界にはそんなデバフ効果無かったんだけどな。


「眠たかったら寝ててもいいのよ? そうだ、さっきレインが膝枕をしてくれたから、お礼に今度は私が膝枕してあげるわね」


「い、いいですよ……」


「だーめ。私の弟子なら師匠の厚意は素直に受け取りなさい」


「うわっ」


 師匠はちょっと強引な手つきで俺の頭を太ももの上に持っていくと、優しい手つきで髪を撫で始める。


 師匠の太ももは柔らかくて暖かい。今まで経験したどんな枕よりも、睡眠の誘惑に抗えない。


 やがて瞼を開いているのが億劫になって、俺はゆっくりと目を閉じた。




 そして気づけば、俺はターガ村の入り口に居た。


 道を歩けば顔見知りの村人たちが「おかえり」と声をかけて来る。真っすぐに家へと向かって扉を開けると、リビングで父さんと母さんが出迎えてくれた。


『おかえり、レイン。随分と早かったじゃないか』


『おかえりなさい、レイン。あなたの好きな野菜スープを作って待っていたのよ』


 二人は俺を温かく出迎えてくれて、食卓には母さんの手料理が並ぶ。


 いつもと変わらない。だけど何よりもかけがえのない光景。


 元の世界の俺は家族とはずっと疎遠だった。


 共働きの両親は夜遅くにならないと帰宅せず、一人の食卓に並ぶのはコンビニ弁当や出来合いの総菜ばかり。


 それが悪いとは言わないが、冷たいものばかり食べていた気がする。


 やがて一人暮らしを始めても、その冷たさはずっと残り続けていて。


 だから俺はこの世界に来て、初めて食卓の温かさに触れたのだ。


 父さんと母さんと、時にはミナリーや師匠も一緒に。みんなで食卓を囲んでご飯を食べる時間が、俺は何よりも大好きだった。


『レイン。躊躇いを捨てて強くなりなさい』


『レイン。ミナリーちゃんとアリスちゃんを幸せにしてあげるのよ』


 二人はそう言い残して、椅子から立ち上がると家の外へ出て行ってしまう。食卓には俺と料理だけが残される。


 行かないで!


 そう叫ぼうとしたのに声が出なかった。


 ただ、急いで椅子から飛び降りると二人を追って外へ出る。




 ――村が燃えていた。



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