第27話:本当に大切なもの

 衛兵詰所の牢屋のほとんどが無人だった。と言うか、看守らしき衛兵の姿すらない。目的のフロッグはだだっ広い牢屋に一人で囚われていた。


「久しぶりだな、フロッグ」


 俺が声をかけると寝床で横になっていたフロッグが飛び起きる。


「テメェ、あの時のクソガキ!」


「ひっ」


 フロッグの大声に驚いてミナリーが俺の後ろに隠れた。俺は右手をフロッグに向けて睨みつける。


「ちょっ、待て待て悪かった! 驚かすつもりはなかったんだ。わかるだろ? 誰かと喋るのも数か月ぶりだ。ちょっと声の大きさをミスっちまった……」


 フロッグは本当に悪かったと頭を下げる。まあ、悪気が無かったのは確かだろう。


「それにしても、見た目が変わったな」


 フロッグの第一印象は小太りな男という感じだったのだが、このひと冬を牢屋で過ごして随分と痩せていた。


 顔立ちはシュッと細くなり、囚人服も随分とダボついていてサイズが合っていない。髭面はより濃くなっていて、小汚さよりワイルドさを感じさせる。


 街中で見かけてもこれならフロッグだと気づけなさそうだ。 


「おかげさんでな。テメェの口車にまんまと乗せられたせいでこのざまだぜ」


「真冬に野宿しながら逃亡生活を送るよりかはマシだっただろ?」


「どうだかな。結局、禁固二年なんて刑を言い渡されちまったしよう。…………というか、なんでテメェがここに居るんだ……? あのおっかねぇ嬢ちゃんは一緒じゃねぇのか?」


「師匠ならここには居ない。今頃オミ平原でオークの大群を迎え撃つ準備をしているはずだ」


「オークの大群だぁ? おいおい、昨日からやけに看守の数が減ったと思っちゃいたが、まさかオークなんかに慌ててたのかよ」


「それだけの数の大群ってことだよ。街中には重装備の兵士が走り回っているし、冒険者ギルドはオークを迎え撃つためにオミ平原に戦力を集めている。さっきギルドに行ったらほとんどもぬけの殻だった」


「マジかよ。大事になってるじゃねぇか」


「ああ。だから、師匠が居るオミ平原まで連れて行って欲しい」


「それで俺のところに…………はあ!?」


「馬車の御者が足りないんだ。お前なら馬車を御せるだろ」


「おいおい、なんだって俺がそんなことしなくちゃならねぇんだよ。と言うか、俺は捕まってるんだぜ? まさかテメェが保釈金を払って牢屋から出してくれるのか?」


「保釈金なんて必要ない」


 さっきと同じ要領で〈砂の造形〉を使って、フロッグが入っている牢屋の鍵を開ける。


「マジかよ……」


「脱獄ルートも確保済みだ。協力してくれるか?」


「いや……いやいや足りねぇな! このままじゃ俺は脱獄囚だ。テメェらを運んだ後は兵士から逃げ回らなきゃいけねぇんだぜ? 逃亡資金が必要になると思わねぇか!?」


「それならこれを使え」


 俺はギルドで受け取った師匠のクエスト報酬をフロッグに投げ渡す。中身を確認したフロッグはごくりと生唾を飲んだ。


「ま、マジかよ。言ってみるもんだな……。これだけありゃ、人生の再出発も夢じゃねぇ」


「レインくんっ! それ師匠のお金! ダメっ!」


 ミナリーが怒るのも当たり前だ。けれど、今は躊躇っている場合じゃない。


「今はどうやってでも師匠のところに行かなきゃいけないんだ。ミナリーだって師匠が心配だろ?」


「それは、そうだけど……っ!」


「師匠には後でいっぱい謝る。お金は働いて必ず返す。だから今回だけは見逃してくれ。頼む、ミナリー」


「うぅぅ~っ」


 ミナリーはしばらく逡巡するように唸って、やがてこくりと頷いた。納得してくれたようで何よりだ。


「フロッグ、答えを聞かせてくれ」


「仕方がねぇなぁ。ここまでされちゃ、俺としても邪険には出来ねぇってもんだ。急いでんだろ? とっととこんな場所から抜け出しちまおうぜ? そろそろ看守も戻って来るかもしれねぇしな」


「ありがとう、フロッグ。急ごう」


 俺たちはフロッグを連れて、地下水道から地上へと戻った。地下水道から出て、すぐ近くの服屋で適当な服を購入し、フロッグを囚人服から着替えさせる。


「それで、この後はどうすんだ?」


「俺たちが乗ってきた馬車がある。それでオミ平原まで連れて行ってくれ」


「人使いの荒いガキだぜ、まったく」


「それから、ミナリーは――」


 言いかけた直後、ミナリーは俺の手をガシッと掴んだ。そして顔を伏せると何も言わずにふるふると首を横に振る。


 まだ何も言っていない。だけど、言わなくても伝わってしまったようだ。


「ミナリー、宿で待っていてくれ。必ず師匠と一緒に戻って来る」


「いやっ! わたしも一緒に行く!」


「ダメだ。ミナリーを危険な所に連れて行きたくない」


「いやっ! レインくんと離れたくない! 一緒がいいのっ!」


「ミナリー……」


 泣きながら懇願するように縋り付いてくるミナリーに胸が張り裂けそうになる。


 だけど戦場にミナリーを連れて行くのはあまりに危険だ。


 ゲームのシナリオのようにミナリーがオークに連れ去られてしまったら……。それだけは絶対に避けなきゃいけない。


 だからここは心を鬼にしてミナリーを拒絶しよう。


 そう思っていたのだが、


「俺は連れて行った方がいいと思うぜ?」


 ミナリーに助け舟を出したのはフロッグだった。


「どこの宿に泊まってるか知らねぇけどよ、さすがに子供一人で留守番させるには不用心すぎるんじゃねぇか? その嬢ちゃんは誰が見ても将来性抜群の上玉だぜ。俺みてぇな悪い大人じゃなくても、魔が差して攫っちまう可能性はゼロじゃねぇ」


「そんなの、言い出したらキリがないだろ」


「ああ。キリがねぇから、本当に大事なら目の届く範囲に置いとけって話だぜ、これは。テメェならガキの一人くらい守り切れるだろ?」


「…………」


 俺はそこまで自分の力を過信しちゃいない。だけど、フロッグが言う事にも一理ある。ミナリーを一人きりにすることに不安がないわけでもないしな。


 ギルドに戻ってクレアに預けるという手もあるが…………。


「それに、その嬢ちゃんは回復魔法が使える。オークと冒険者がやりあっているなら怪我人だって大勢いるはずだぜ。連れて行った方がいいんじゃねぇか?」


「レインくん!」


「…………………………わかった。俺から離れるなよ、ミナリー」


「うんっ!」


 ここで問答をしている時間も惜しい。


 それに、フロッグの言うようにミナリーの回復魔法は怪我人の救護に使える。


 見ず知らずの冒険者たちはともかく、もし村の誰かが怪我をした時にミナリーが居てくれた方が心強いのは確かだ。


 そう自分に言い聞かせる。


 こうなったら何が何でもミナリーを守るしかない。


 ゲーム《あの夢》を現実にしてたまるか。

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