第26話:うそつきはドロボーの始まり

「ミナリー、俺たちは御者を探しに行こう」


「むっすぅー」


「ミナリー……?」


 隣でミナリーが頬を膨らませていた。何か怒らせることでも言っただろうか。


「お母さんがうそつきはドロボーの始まりだって言ってた! めっ!」


「あー…………ごめん。気を付ける」


 どうやら嘘をついて師匠の居場所を聞き出したことに怒っているらしい。確かに、真摯に説得してもクレアは師匠の行き先を教えてくれたかもしれないな……。


 ただ、手段は選んでいられない。時間は刻一刻と迫っている。


 オークがターガ村を襲うまであと5日。それまでに師匠と合流し村へ戻らなければ、父さんや母さん、ミナリーの両親や村の人たちが危ない。


「行こう、ミナリー」


「えっと、どこ行くの?」


「ろう……いや、地下探索。冒険だ」


「冒険!」


 パァっとミナリーが瞳を輝かせる。活発な女の子だから、冒険って言葉にときめいたのだ。


「行こう、レインくんっ! 冒険にしゅっぱぁーつ!」


 俺の手を引いてぐんぐん進んでいくミナリーを上手く誘導して、向かったのは街の中央を流れる川。それに面した地下水道の入り口だ。


「……くちゃい」


 地下水道の前に来たミナリーが鼻をつまんで顔を顰める。さっきまでの元気はどこへ行ったのか、露骨にテンションが下がっていた。


「まあ、ほとんど下水みたいなものだしな」


 ゲームには臭いなんて無かったから気にもしなかったが、実際は中に入るのを躊躇ってしまうほどかなりの悪臭が漂っている。


「レインくん、本当にここ入るの……?」


「師匠のところへ行くためだ。背に腹は代えられない」


「せにはら……?」


「とにかく急ごう。ミナリー、もし嫌だったらここで――」


「行く!」


 ミナリーは俺が言い切る前に、俺の右手に抱き着いて答えた。そのままギュッと右手を抱え込んで離れてくれない。まあ、こんなところで一人にさせられないしな。


 俺はミナリーに抱き着かれながら地下水道の通路を進んだ。


 ここにはゲームで来たことがある。師匠と共に暮らしていたゲーム序盤、地下水道にアンデットが出るというサブクエストがあったのだ。


 今にして考えれば、あれはアンデットキングによってこの街が滅ぼされる伏線だったのだろう。


 序盤のクエストのステージだけあって、ここに出てくるモンスターのレベルはどれも一桁。今の俺とミナリーなら余裕で蹴散らして進めるだろう。


 そう思っていたのだが、そもそもモンスターがほとんど出て来なかった。


 一時間ほど進んで居たのはスライムと大ネズミが数匹くらい。


 ゲームではアンデットが徘徊していたんだけどな。まだ、アンデットキングが動き出していないという事だろう。


「〈光の球ライト・ボール〉!」


 ミナリーの放った光系統魔法がスライムに直撃し、スライムが光の粒子になって消えていく。


 この世界でもモンスターはHPが無くなると消えてしまうらしい。思えばモンスター退治は初めてだな。


「ごめんね、スライムさん」


 いちいち気にしていても仕方がないと思うが、口にはしない。ミナリーにはこのまま健やかに成長していって欲しい。


「それで、えっと。レインくんどこへ向かってるの?」


「ミナリー、フロッグって憶えているか?」


「うんっ! わるいひと!」


「正解だ。そいつに会いに行く」


「えぇーっ!?」


 馬車の御者が出来る奴の心当たりなんて、フロッグ以外に思いつかない。あいつなら交渉次第で力を貸してくれるだろう。


「で、でもでもわるいひとだよ……?」


「でも俺たちを助けてくれようとしただろ?」


「そ、それはそうかもだけど……」


 人間には誰しも良い面と悪い面があって……なんてご高説を垂れ流すつもりはない。


 そもそもフロッグは俺に脅されて脱出に協力しようとしただけで、改心なんてこれっぽっちもしていなかったしな。


 納得していない様子のミナリーを連れて地下水道の通路を奥へ奥へと進む。実はこの先がこの街の衛兵詰所の地下にある牢屋に繋がっているのだ。


 おそらく何らかのイベントで使うつもりだったものが、実装を見送られてそのまま残されたんだろう。


 やはりゲームと同じ位置に階段があった。その先には錆びついた鉄格子があり、この向こうが牢屋になっている。


「さすがに鍵が閉まってるな。壊したら物音で気づかれそうだ」


「どうするの……?」


「少し試してみる」


 師匠から教わった魔力のコントロール。それを応用すれば魔法の可能性は無限大に広がっていく。例えばこんな使い方だって出来るはずだ。


「〈砂の造形サンド・メイク〉」


 土系統魔法と魔力コントロールの応用。球体や刃や槍ではなく、頭でイメージした形を創造する。


 鉄格子の隙間から手を入れて鍵穴へ触れ、その中へ魔力の砂を流し込む。鍵穴が砂で埋まったら魔力で結合させ、回す。


 ガチャンと音がして鉄格子の鍵が外れた。よし、成功だ。


「レインくんドロボーみたい」


 ミナリーが冷たい視線を送って来るが気にしないようにしよう。

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