第25話:冒険者ギルドの受付嬢
結局、朝になっても師匠は帰って来なかった。あの師匠のことだから朝帰りなんて事はまずないと思うし、そうそう事件に巻き込まれるとも思えない。
とりあえず俺とミナリーは宿で朝食を済ませることにした。手持ちがないから師匠が先払いしてくれていて助かったな……。
「レインくん、師匠どこ行っちゃったのかなぁ?」
「とりあえず冒険者ギルドで聞いてみよう。あそこなら何かわかるかもしれない」
師匠も冒険者ギルドに行くとは言っていたし、仮に居なくても冒険者ギルドには領都の色々な情報が集まってくる。師匠の行き先を調べるにはもってこいの場所だ。
……それに。
気にかかったのは、朝食時の宿の静けさ。そして、通りを慌ただしく馬でかけていく兵士たち。
全員が鎧を着こんだ完全武装で、とても平時とは思えない。住民たちも何事だろうかと不安そうな表情を浮かべている。
宿は冒険者ギルドのすぐ近く。歩いて五分とかからなかった。
建物の中に入ると、以前は騒がしかったエントランスが静まり返っている。
併設されている酒場では何人かの冒険者が酒を飲むことなく神妙な面持ちで席に座っているばかり。
何かがあったことは間違いなさそうだ。
受付の方へ歩いていくと、ちょうどカウンターに居たギルドの若い女性職員が俺たちを見て「あっ!」と声を上げた。
目の下にクマが出来ていて疲労困憊という様子だが、「しまった……」と言いたげな顔でそっと俺たちから目をそらしている。
もしかして、師匠から伝言でも預かっていたんじゃないだろうな……?
「お姉さんお姉さんっ! 師匠知りませんか!?」
「し、師匠?」
ミナリーに尋ねられて女性職員は困惑した様子で首を傾げる。とぼけていると言うより、誰のことかわからないってリアクションだ。
「『氷槍』――アリス・グリモワールです。昨日、ここへ来ませんでしたか?」
「あー……、やっぱり君たちが『氷槍』のお弟子さんですかぁー」
女性職員はすごーく気まずそうに視線を逸らす。それから「こほん」と咳払いをして真面目な表情を作った。
「『氷槍』アリス・グリモワールさんから言伝を預かっています。お聞きになりますか?」
「もちろん聞きますけど俺たちに伝え忘れてましたよね?」
「そんなことはありませんよ、ええ。このクレア・チャーチ、女神に誓って嘘なんてつきませんからね、ええ」
「そうですか……」
クレア・チャーチというキャラクターには少しだけ見覚えがある。
物語の序盤、まだ師匠と共に領都オーツ近辺で暮らしているタイミングで行ける冒険者ギルドの受付嬢だ。
領都オーツは魔王軍幹部のアンデッドキングに襲撃され滅びてしまうため、ゲーム内での彼女の生死は不明。
おそらくアンデッドに殺されゾンビになってしまったのだろう。
「それで、師匠は何と言ってましたか?」
「少し厄介なクエストに出るから、戻るまで宿で留守番をしていて欲しいと。それから、家庭教師のクエスト報酬はレインに預けておいて欲しいとも言われています」
こちらです、とクレアから貨幣がパンパンに入った麻袋を受け取る。
俺たちの家庭教師代、結構な額だったんだな……。父さんと母さんには改めて礼を言わないといけない。
……いや、それはともかく。
「師匠、どこへ行ったかわかりますか」
「それは口留めされています。レインが知ったら来ちゃうだろうから、と」
「なるほど……」
つまり、俺がついて行きたくなってしまうような緊急の案件というわけか。
この時期のこのタイミング。そして兵士たちの重武装と冒険者ギルドの異様な静けさ。事態は何となく想像できてしまう。
「さっき宿で偶然聞いたんですが、オークが出たんですよね」
「――っ! な、何のことでしょう?」
「冒険者ギルドは領都に迫りつつあるオークを迎え撃つつもりだとも聞きました」
「…………」
「師匠、実は杖を忘れて行っちゃったんです。あれが無いと普段の十分の一くらいの力しか発揮できません」
「なぁっ!? そ、それは本当ですか!?」
よし、食いついた。
師匠は普段から杖なしでも魔法を使っている。もちろん杖を持った方がより強くなるだろうが、無くても十分に強い。
これは師匠がどこへ向かったかを知るための嘘だ。
「ええ。俺たちは師匠に杖を届けに来たんです。どこへ行けば届けられますか?」
「オミ平原ですけど、子供だけでオミ平原に向かうなんて無茶です! あぁ、でも馬も人もみんな出払っているし、ギルドの職員も私だけ居残りだしどうしたらいいんでしょうか!?」
「オミ平原か……。あの、馬車なら俺たちが乗ってきたものが宿にあります。御者にも心当たりがあるので、その人に頼めば師匠に杖を届けてくれるかもしれません」
「本当ですか!? ではお願いします! 馬車の準備は任せてください!」
そう言ってクレアは慌ただしくギルドから出て行った。
職員一人で留守番中だって言っていたが、職場放棄しちゃって大丈夫なんだろうか。まあ、頼んだ俺が心配することでもないか。
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