第24話:悲劇の予兆〈アリス視点〉

 領都オーツの宿に馬車と荷物を預けて、私はレインとミナリーにお留守番を頼んで外へ出た。


 本当は二人も連れて行きたかったのだけど、宿に着いた瞬間にミナリーがうつらうつらと舟を漕ぎ始めて、レインも眠たそうに眼を擦っていた。


 二人とも、魔法の才能に溢れているとはいえまだ子供。一日程度の旅でも疲れちゃったんだろう。


 ミナリーは元気いっぱいではしゃぎまわっていたし、レインも魔力コントロールの鍛錬を欠かしていなかったから、疲れていて当然だ。


 ギルドマスターから紹介してもらった信頼できる宿だから、子供だけ残しても人攫いの心配はないと思う。


 二人が眠っている今のうちに挨拶回りを済ませて、レインの誕生日プレゼントを買いに行こう。


 本当は挨拶回りなんて今じゃなくてもよくて、私が領都に戻ろうと思ったのはレインの誕生日プレゼントを買うためだった。


 魔法使いが教え子に贈る物の定番と言えば杖。


 杖は魔法の効果を高めてくれるから、きっとレインも喜んでくれると思う。もちろん、餞別の意味も兼ねているからミナリーの分も用意するつもり。


 まずはギルドに顔を出してお世話になったギルドマスターに挨拶。


 それから受付で二人に魔法を教えた報酬を貰って、それでプレゼントを買いに行こう。余ったお金で夜は三人で美味しいご飯を食べる。


 明日一日は領都を観光して回ろう。


 そんな計画を立てていたのだけど……。


「おい! Sランク冒険者はどこ行ったんだ!?」


「すぐにレックスのパーティを呼び戻せ!」


「Dランク以上の冒険者は全員招集だ! 急がないと大変なことになるぞ!」


 初めに立ち寄った冒険者ギルドが、とんでもない騒ぎになっていた。


 後回しにしようかと一瞬考えて、ただならぬ雰囲気を感じたからそのままギルドに足を踏み入れる。近くにいた顔馴染みのギルド職員さんに声をかけることにした。


「あのー、何かあったんですか?」


 なんか前にもこの人に同じように声をかけた気がする。


「何ってそんなの決まって――って、アンタか! ちょうどいいところに来た!」


「え? またですかっ?」


 またもいきなり腕を掴まれて、訳が分からないまま騒ぎの中心に連れて行かれる。そこにはやっぱりギルドマスターが居て、大勢の冒険者やギルド職員たちも集まっていた。


「『氷槍』だ……!」


「『氷槍』が来てくれたぞ!」


「『氷槍』が居てくれたら心強い……!」


 私を見た冒険者たちが口々に言う。


 彼らはダンジョンを攻略する前のような重装備で、全員がどこか悲壮感を抱えたような表情をしていた。


 まるで死地に赴く兵士たちのような顔だ。


 ただ事じゃない。そんな雰囲気を肌で感じる。


「これは女神さまのお導きじゃな……」


 私に気づいたギルドマスターがそう呟きながら胸の前で祈るように両手を握り合わせた。


「ギルドマスター、何があったんですか……?」


 私が尋ねると、ギルドマスターは近くの職員さんと目線を合わせる。職員さんは「こちらへ」と私を呼び寄せてテーブルの上に地図を広げた。


 領都オーツを中心にワーデン伯爵領とその一帯が描かれた地図だ。


「昨日未明、北方山脈ふもとのヨーゴ村から魔物に襲われたとの知らせが入りました。直ぐに冒険者を派遣して事態を確認したところ、オークの出現を確認。その数、1000体以上」


「せ、1000体……っ!?」


 桁がおかしい。オークは王都周辺でも目撃されるそれほど珍しい魔物じゃないけれど、それだけの数の群れなんて聞いた事がない。


……ううん、確かに聞いた事はないけれど、記述を見た憶えならある。


 それは古の時代、暗黒時代と呼ばれていた魔王によって世界が支配されていた頃の数少ない記録。


 数万を超えるオークの軍勢が人間の王国を幾つも蹂躙し滅ぼしたと、そこには記されていた。


 だとすると、まさか、魔王が復活した……?


「これを知った領主様は領都を死守するために兵を集めておる」


「――っ! それじゃあ、近隣の村は!?」


 領都周辺には昨日まで私が過ごしたターガ村を始めとする集落が幾つも点在している。


 地図上には既に幾つかの村に赤い×印が描かれていた。たぶん、そこにあった村々はもう……。


 オークの大群は真っすぐに領都へ向かっている。


 その進路上にある村々を、領主様は見捨てるつもりだ。


 ターガ村がオークの進路から外れているのは不幸中の幸いだけど、それで安心して胸を撫で下ろせるわけじゃない。


「儂ら冒険者にも領主様から防衛に加わるようにと要請があったが、それは断った。冒険者の中にはオークの襲撃にあった村や、これからオークの襲撃に合うであろう村々の出身者が大勢居る。壁の内側に引きこもることなんぞ出来んとな」


「それじゃあ……」


「総力戦じゃ。冒険者ギルドはオークをオミ平原で迎え撃つ。それで少しでも、近隣の村々から人々が逃げる時間を稼げるじゃろう」


「……それは」


 ここに集まった冒険者たちの表情。その理由がようやく理解できた。彼らは自分たちが生きて帰って来られるとは思っていない。みんな、この戦いで死ぬつもりだ。


「おっかさんや妹夫婦が逃げるためだ!」


「豚野郎どもなんざ怖くねぇ!」


「いい加減そろそろ故郷に錦を飾るのも悪くねぇさ!」


 覚悟を決めるように、自分自身を奮い立たせるように、みんなが口々に叫ぶ。事態は一刻を争う状況。ここに居る人たちはもう出発を目前に控えているんだ。


「アリス殿。無理な頼みだということはわかっておる。じゃが、どうか儂らに力を貸してくれぬだろうか。この通りじゃ……」


 ギルドマスターは私に向かって深々と頭を下げる。周囲に居た冒険者たちも、ギルドマスターと同様に頭を下げていた。


 …………断れないなぁ、さすがに。


 どちらにせよ、オークの大群が攻め寄せれば領都もただでは済まないだろう。


 混乱の中でレインとミナリーを守りながら逃げるのも大変だし、それなら冒険者ギルドの人たちと領都の外でオークを迎え撃った方がまだマシだ。


 そうすることで、近隣の村々とそこに住む人たちを救うことも出来る。


「頭を上げてください、ギルドマスター。私もこの冒険者ギルドの一員です」


「おぉ……! ありがとう、アリス殿……っ!」


「『氷槍』が居てくれたら百人力だ!」


「宜しく頼むぜ、『氷槍』!」


 ギルドマスターや冒険者の人たちの表情が少しだけ明るくなった。自分で言うのもアレだけど、私が居るだけで戦況は大きく変わるだろう。


 救える村や人も増えて、ここに居る冒険者の人たちも生き残れる可能性がぐっと上がる。


 ……ううん、上げなきゃいけない。


「早速出発じゃ! 用意した馬車に乗り込め!」


 ギルドマスターの号令で冒険者たちが建物の外へ出ていく。これじゃレインとミナリーに状況を知らせることも出来ない。


 ……でも、その方が良いかも。特にレインはこの状況を知ったら自分もついて行くって言いかねないし。


 レティーナさんやカインさんから二人のことを頼まれた手前申し訳なさもあるけど、オークの大群を迎え撃つことが二人を守ることにも繋がるはず。


「あの! 伝言を頼まれてくれませんか」


 私は近くに居た同い年くらいのギルドの受付の女の子にレインとミナリーへの言伝を頼んで、ギルドマスターたちと共に馬車へと乗り込んだ。


 ……ごめんなさい、レイン。もしかしたら誕生日に間に合わないかもだけど、必ず帰って来るから待っててね。



〈作者コメント〉

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