第23話:女神のお告げ
俺と師匠が領都へ向かう事が決まると、当然のようにミナリーも同行する流れになった。
父さんがミナリーだけ村に置いていかれるのも可哀想だと、ミナリーの両親に話をしてくれたそうだ。
ミナリーの両親は俺と師匠が一緒なら安心だと、快く送り出してくれた。
正直、助かった。
万が一、不測の事態で村に帰れなくなることがあればミナリーを守ることが出来なかった。
もし父さんが話してくれていなかったら、俺がミナリーの両親を説得するか最悪そのまま村に残るしかないと思っていたところだ。
領都には数日の滞在ということもあり、最低限の荷物だけ準備して翌日のお昼過ぎには村を出発する。移動手段には村にある数少ない馬車を借りた。
本来なら農業道具を運搬するためのものだが、本格的な農作業は春の訪れを祝う祭りの後から始まる。今はまだ使わないから、と近所の農家さんが貸してくれたのだ。
その農家さんは道ですれ違うと必ず声をかけてくれたり、俺とミナリーに採れたての野菜を食べさせてくれたりと、何かと俺たちを可愛がってくれている。
その人だけでなくこの村全体が、この村に住むみんなが優しくて温かい人たちばかりだ。
…………。
「父さん」
出発直前、俺は見送りに出てきてくれた父さんに声をかけた。そのまま手を引いて、母さんや師匠たちから少し距離を取る。
「どうしたんだ、レイン。男同士の内緒話か?」
「…………ああ」
「……そうか。話してみなさい」
初めは茶化そうとした父さんだけど、俺の態度を見て表情を真剣なものに引き締める。膝を折って、目線を合わせてくれた。
「……信じてもらえるかわからないけど、嫌な夢を見たんだ」
「嫌な夢?」
「祭りの日にこの村が、オークの群れに襲われる」
「オークの……」
父さんは俺の言葉を聞いて、考えるように黙り込む。
……やはり、夢という建前では信じてもらえないだろうか。
未来を知っているとか、実際に見たとか、そんな言葉の方が胡散臭くなると思ってそう言ったのだが……。
「この辺りでオークが出たって話は聞かないな……」
「でも、父さん――」
「だが、お前が夢に見たという事に何の意味もないとは思えん。お前には魔法の才能がある。それこそ、俺から見れば女神さまに愛されているんじゃないかと思うほどにな。だからその夢は、もしかしたら女神さまのお告げかもしれない」
「……お告げ。そう、かもしれない」
それで納得してもらえるなら、お告げだろうが何だろうが構わない。
これは保険だ。もし俺や師匠が村に戻れなかった時、少しでも村のみんなを救えるようにするための。父さんや母さんが、生き残ってくれるための。
「わかった。村の防備を固めるように村長へ進言してみる。話してくれてありがとうな、レイン」
「……父さん。祭りの日までには必ず師匠を連れて戻ってくる。師匠が居ればオークがどれだけ来ようと関係ない」
「そうだな。頼んだぞ、レイン」
父さんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でて立ち上がる。一緒に母さんや師匠たちの元へ戻ると、ちょうど母さんが紙の束を師匠に渡しているところだった。
「本当はアリスちゃんが旅立つときに渡そうと思っていたんだけど、領都でレインが寂しがったら作ってあげてね」
「ありがとうございます、レティーナさん。大切にします」
どうやら紙束は母さんの料理レシピらしい。色々と言いたいことはあったが、母さんと師匠の表情を見て言葉を飲み込むことにした。
一緒に料理をするようになってから二人はとても仲良くなって、最近では一緒にお風呂まで入っている。
母さんにとって師匠はもう娘みたいなものだろう。……母さんが若く見え過ぎるから何も知らなければ姉妹にも見えてしまうが。
「行ってきまーすっ!」
馬車の上でミナリーがぶんぶんと手を振る。俺たちは去年と同様に両親や村の人たちに見送られながら領都へと旅立った。
……と言っても、馬車で一日ほどの距離。
今夜は野営することにはなるが、明日の昼前には領都に着く。そこから二泊ほど滞在し、祭りの前日には村に戻ってくる旅程だ。ちょっとした旅行だな。
道中は普段通り、魔力のコントロールと魔法の鍛錬を行った。
野営では師匠が母さんのレシピを参考にスープを作ってくれたのだが、「な、なんか違う……」と出来上がったスープを飲んで師匠が首を傾げていた。
確かに母さんの作るスープとは味が少しだけ違う。
これはこれで美味しいと思ったし、ミナリーも美味しいと笑って飲んでいたのだけど、師匠だけは納得がいかないようで渋い顔をしていた。
鍋を焦がしたりボヤ騒ぎを起こしかけてキッチンを氷漬けにしたりしていた頃から比べれば大した進歩だと思うんだけどな。
そんな楽しい旅路を過ごして、今回は無事に領都オーツへと辿り着く。
宿に荷物と馬車を預けると、師匠は俺とミナリーに部屋でお留守番するように言い残して挨拶回りに出かけて行った。
楽しい旅でも疲れは溜まってしまうもので、俺もミナリーも眠気に逆らえずそのまま昼寝をしてしまった。
目を覚ましたのは夕暮れに差し掛かった頃で、外はすっかり暗くなり始めている。
そろそろ師匠が戻ってくる頃だろうと思って待っていた。
……けれど、夜が更けても師匠は帰って来なかった。
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