第28話:悲劇の足音

 その後、俺たちが冒険者ギルドへ戻るとちょうど建物の前に馬車が一台止まっていた。


「あっ! 御者の方は見つかりましたか!?」


 俺たちの姿を見かけたクレアがこちらへ駆け寄って来る。相変わらずギルドは留守になっているようだが大丈夫だろうか。


「はい。彼が杖をオミ平原まで運んでくれます」


「よかった、見つかったんですね! …………あれ? あの、どこかでお会いしたことありますか?」


「い、いいや。知らねぇなぁ」


「うーん?」


 クレアはまじまじとフロッグを見つめて首を傾げている。


 ギルド職員と元冒険者。二人は何度も顔を合わせたことがあるはずだ。


 激ヤセと髭のおかげでぱっと見ではフロッグとわかりづらくなったものの、このままでは気づかれるのも時間の問題か。


「彼の名前はケロッグです。俺たちと同じ村の出身で、今は出稼ぎで領都に来ていたんです。そうですよね、ケロッグさん?」


「お、おう。ケロッグ・シュタイナーだ。宜しくな、嬢ちゃん」


「なるほど、ケロッグ・シュタイナーさんですね。宜しくお願いします」


 とっさにシリアルみたいな偽名を思いついてしまったが、フロッグが上手く合わせてくれた。これで少しは誤魔化せたと思うが、やはりバレない内に急いだ方が良い。


「急ぎましょう、ケロッグさん。早く師匠に杖を届けないと」


「あ、ああ。そうだな、急がねぇとな」


 フロッグは馬車の御者台に乗り、俺とミナリーも荷台へ乗り込む。


「えっ、あなたたちも行くんですか!?」


 てっきりフロッグだけが向かうと思っていたのか、クレアが驚いた様子で俺たちを呼び止める。


「子供が戦場に行くなんて危険です!」


「ケロッグさんは魔法が使えません。俺たちは師匠……アリス・グリモワールから魔法を教わっています。魔法を使える俺たちが同行した方が確実だと思いませんか?」


「そ、それはそうなんですけど……」


「安心してください。必ず戻ってきます」


 それじゃ、と会話を切り上げて馬車に乗り込む。長々と引き留められるのも面倒だ。やはり今は時間が惜しい。


「か、必ずですよ? 必ず戻て来てくださいね? 私のせいで子供が死んだとか、嫌ですからねーっ!?」


 なんて身も蓋もないことを叫ぶクレアに見送られながら、馬車はオミ平原へ動きだす。


「フロッグ、ここからオミ平原までどれくらいかかる?」


「早馬で半日って距離だが、こいつじゃ一日はかかっちまうぜ。それに道中も街道を通るほど安全じゃねぇ。夜になったら進めねぇことを考えると、どう急いだって明日の昼過ぎだな」


「昼過ぎ……。そこからターガ村へはどれくらいだ?」


「ターガ村だぁ? まだ領都に戻るよりかは近いんじゃねぇか? 半日かそこらだと思うぜ?」


「そうか……」


 オミ平原で師匠を拾ってすぐさまターガ村へ移動……は難しいか。まずはオークを何とかしなければいけない。


 少し状況を整理してみよう。


 まずゲームの『Happy End Story』のシナリオではどうだったのか。


 これは物語が始まる前、プロローグ段階の出来事だから詳細は描かれていない。


 設定資料集では領都オーツの冒険者ギルドが閑散としている理由として、オークの大群との戦いで少なくない犠牲がでたからだという説明が一文だけあった。


 これがおそらく、今起ころうとしているオークと冒険者の戦い。それにゲームの世界で師匠が参戦していたかどうかは定かではないが、可能性としては少なくないはずだ。


 オーク撃退後、師匠はオークに襲われた周辺の村々を回った。そこで主人公レインと出会い弟子にしたという流れが予想できる。


 師匠が馬を使ったのか徒歩だったのか。最初に立ち寄った村がターガ村だったのか、別の村だったのか。


 ……とにかく、急げば間に合う。そう信じるほかない。


「レインくん、だいじょうぶ?」


 隣に座るミナリーが、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……問題ない。大丈夫だよ、ミナリー」


「ほんと? レインくんずっと怖い顔してるよ……?」


「そりゃ、心配だから……」


 師匠もゲームでは無事だったから絶対に大丈夫だという保証はない。


 ミナリーを連れて行くことにも抵抗がある。そして村の人たちや父さんや母さん。大切な人たちが危険に晒されている。その事実が、胸をギュッと締め付ける。


「そうだね……」


 ミナリーは俺の左手を両手で包み込むようにギュッと握った。それから何も言わず、ただ俺の傍に寄り添うように座り続ける。


 小さくて優しい温もりが支えてくれる。


 連れて来るべきか迷ったけれど、一人では不安と焦りで押し潰されていたかもしれない。不甲斐ないが、ミナリーが居るから平常心を保てていると言ってもいい。


 馬車は歩くよりは早いけれど、車や電車に比べればずっと遅い。オミ平原までの道は悪路続きで振動も激しく、決して快適な旅とは言えなかった。


 やがて日が暮れてしまい、森の中で野宿を行う。馬車にはクレアが用意してくれたのだろう、食料と水が積み込まれていた。意外と気が利く。


 フロッグはやはり慣れた手つきで野営の準備を済ませ、夕食のスープを用意してくれた。


「睡眠薬は入ってねぇよ。周辺の警戒はしてやるからさっさとそれ飲んで寝ちまえ」


 こちらも意外と面倒見がいい。もう少し反抗的な態度をとると思っていたんだけどな。


 今日ばかりは睡眠薬を入れておいてくれた方がありがたかったかもしれない。


 結局ろくに眠ることも出来ず朝を迎えた。


 軽い朝食を済ませすぐさま出発する。小高い丘を越えれば目指すオミ平原まであと少し。そんな丘の頂上付近で急に馬車が止まった。


「おいおい、なんだよありゃあ……」


 御者台のフロッグが戸惑ったような声で言う。その視線の先。丘の向こうに広がるオミ平原から土煙が立ち上っていた。


「嘘だろ……」


 俺も思わずそう口にしてしまう。それはゲーム中盤から終盤にかけて何度も目にした光景。オミ平原を埋め尽くすほどの、豚の大群。


 全てを破壊し、蹂躙するオークの大侵攻だ。


 その規模はゲームで王都に押し寄せたものに比べれば少ない。それでも1000体近くは居るだろう。これだけの数が領都に押し寄せたら、街は一瞬で壊滅してしまう。


 ゲームの師匠は、これを跳ね除けたのか……?

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