第8話:氷槍の魔法使い〈???視点〉

 私がワーデン伯爵領の領都オーツを訪れたのは一週間前のことだった。


 今から半年ほど前にヴィルヘイム王立学園を休学して旅に出たわけだけど、実はほんのちょっぴり後悔してる。


 本で読んだ英雄譚や冒険譚には、徒歩移動の大変さなんて書いていなかったんだもの。


 幾つかの村や町を経由してようやく王都からオーツまで辿り着けた。


 ここからさらに北の山脈を超えた向こう側は魔物が住む『禁忌の地』と言われている。私の目的地はそこだった。


 ――魔王。


 古の時代に人類を滅亡寸前にまで追い込んだという魔物の王様。それがたぶん、復活しようとしている。


 私は幼い頃から本を読むことが好きで、特に古の時代……人類にとっては暗黒の時代に関する歴史書の研究が一種のライフワークになっていた。


 その辺の時代を記した書物は王国国教会によって禁書に指定されているのだけど、けっこう大きな貴族の家に生まれた特権を使って私は数々の禁書を読み漁った。


 そうしている内に、私は魔王が復活する可能性に偶然行き当ってしまった。


 お父様や王国お抱えの学者達には信じてもらえなくて、王国国教会からは異端にもされかけたけど……。


 それでも、私は自分の研究と推測が間違っているとは思えなくて。


 王立学園を休学して旅に出たのは、それを証明するため。


 オーツに来るまでに王国各地に眠るダンジョンや遺跡を巡ったのだけど、やっぱり私の仮説は間違いじゃなかった。


 魔王は間違いなく、復活する。それも数十年先とかじゃない。もう目前に迫っている。


 魔王が復活したら、人類はまた滅亡寸前にまで追いやられて暗黒の時代が訪れてしまう。私はそれを防ぎたい。


 オーツの冒険者ギルドのマスターは、そんな私の話を親身に聞いてくれた。


「その話を信じるかどうかは別としてじゃ。これからここらは雪に閉ざされる。悪いことは言わんから、雪解けまではここに居りなさい」


 そう言って私の冒険者登録を済ませてくれた。ちょうど手持ちも少なくなって来たところだし、北方の山脈を超えるための準備も必要だったから願ったり叶ったりだ。


 ギルマスが用意してくれた宿の一室で目覚める。明るい日差しが差し込む室内は、肌を刺すような冷気に包まれていた。


「うぅ、寒い……」


 脱ぎっぱなしだったローブを羽織って、暖炉に火をくべる。


 部屋が暖かくなるのを待っている間に、湯船のお湯を沸かしてお風呂に入った。


 十分に足も伸ばせない小さな湯船だけど、ここ半年の旅でお湯に入れるだけありがたいと思い知ったから文句はない。


 温まった部屋の中でゆっくりと身支度を整えて、宿で食事をとってから冒険者ギルドへ向かう。


 実は今日から、私は先生になる。


 ギルドマスターがむかし世話をしていた冒険者の子供が、魔法を使えるようになったらしい。


 せっかくの才能だから、とギルドマスターの計らいで魔法を学びに来るそうだ。


 魔法使いはどこも人手不足。ゆくゆくは冒険者として育てたいっていうギルドマスターの意図も透けて見える。


 私はまだ14歳で、王立学園でも学生の身。


 子供たちの先生役なんて分不相応だと思ったけれど、歳の近い方が子供たちも委縮しないとか、私以上に才能のある魔法使いがこのギルドには居ないだとか、色々言われて押し切られた。


 まあ、報酬も良いし、子供も嫌いじゃないし、それに『先生』って響きも悪くない。先生……うん、悪くない。


 私の教え子はどんな子たちなのかしら、なんて少し楽しみにしながら冒険者ギルドの建物に入った。


 すると、何やら受付のほうが騒がしい。受付の奥の部屋に居るギルドマスターや、冒険者たちが集まっている。


「おはようございます。何かあったんですか?」


 私はちょうど近くに居た顔馴染みのギルド職員さんに声をかけた。


「おはようってもう昼過ぎ……って、あんたか! ちょうどいいところに来た!」

「え? えぇっ?」


 いきなり腕を掴まれて、訳が分からないまま騒ぎの中心に連れて行かれる。


 そこには酷い怪我を負った冒険者と、彼の怪我を治療する魔法使い。その対面にギルドマスターが居て、その周囲を大勢の冒険者が囲っている。


「ギルマス! 『氷槍』が来てくれたぞ!」


 『氷槍』っていうのは私の得意魔法なんだけど、何故か通り名として定着しちゃっていた。


 まあ、それは良いんだけど、この騒ぎは何だろう?

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