第7話:悲劇はどこにでも転がっている

 そうこうしている内に、玄関のドアがやや乱雑に二度叩かれた。カインが怪訝な表情を浮かべながら扉を開くと、そこには小汚い外套を着た小太りの男が立っている。


「ご無沙汰してますぜ、カインの旦那」

「お前、フロッグか……?」


 フロッグ……。どこかで聞いたことのある名前だが、パッとは思い当たらない。


 ゲームに出てきたような気もするし、出てこなかったような気もする。カインの知り合いだろうか?


「もしかしてギルドマスターが寄越した迎えってお前なのか?」


「そうですぜ、旦那。ほれ、ちゃんとギルマスからの書状も預かってる」


 フロッグという名の男は胸元から書状を取り出してカインに手渡す。開いて中身を見たカインの反応を見るに、どうやら本物のようだ。


「随分と予定より早いじゃないか。確か迎えは昼過ぎって話だったんだろう?」


「せっかちなギルマスに急かされたんでさぁ。それに、この時期のここいらは天候が変わりやすい。雨でも降って旦那の大切な子供らが風邪でもひいちゃいけねぇってすっ飛んできたんですぜ?」


「それはありがたい話だが……」


 どうもカインの歯切れが悪い。どことなくフロッグという男を訝しんでいるようにも見える。


「とにかく長旅で疲れただろう。少し休んで行ってくれ」


「いえいえ。それには及びませんぜ、旦那。オーツからここまでなんて大した距離じゃねぇし、今からここを出りゃモンスターの居ねぇ安全な場所で野宿もできる。子供らを安全にオーツまで届ける事を考えりゃ、今すぐ出発したほうがいい」


「うむ……」


 カインは考え込む素振りを見せる。どうやらフロッグの言葉には概ね同意しているものの、彼のことを信用しきれていない様子だ。


 とはいえ、ギルドマスターからの書状は本物。彼がギルドマスターの使いとして俺たちを迎えに来てくれたことに間違いはないだろう。


「……わかった。レイン、ミナリー、支度をしなさい。レティーナ、少し予定より早まってしまったが二人を見送ろう。構わないね?」


「え、ええ……」


 レティーナはやはり名残惜しそうに俺とミナリーを見つめる。けれど思い直したように首を振って頷いた。


「行きましょう、レイン、ミナリーちゃん」


「はいっ!」


 ミナリーはやはり元気に返事をする。


 その後、ミナリーの両親や近くの村人たちもやって来て、俺たちは彼らに見送られながらフロッグの乗ってきた馬車で村を旅立った。


 アルミラ大陸北方に位置するヴィルヘイム王国。そのさらに北方にあるワーデン伯爵領。その領都オーツまでは馬車で1日半ほどの距離だ。


 日本人の感覚からしたらとんでもない長距離に思えるが、実際はたぶん東京と箱根ほども離れていない。


 『HES』なら目的地へ瞬時に飛べるファストトラベルが使えるんだけどな……。


「わぁ! 見て見てレインくんっ! あっちに大きな川があるよ!」


「あれは川じゃなくて湖……って、そういえば琵琶湖も河川なんだっけ……」


「びわこー?」


「何でもない」


 冬の到来もあと少しまで迫り、馬車の上は凍えるほどに寒い。俺たちは馬車の荷台に座りながら一つの毛布を一緒に羽織って、身を寄せ合って寒さをしのいでいた。


 そんな中でもミナリーは元気いっぱいで、物珍しいものを見つけては指をさして「あれはなに」「これはなに」と尋ねてくる。


 そんなミナリーの相手をしていると、御者台の方から「チッ」という小さな舌打ちの音が聞こえてきた。


 ミナリーは気づいていない様子だが、ミナリーのはしゃぎっぷりに苛立っているのは間違いないだろう。


 カインたちの前で見せていた饒舌な姿は俺達には見せていない。カインが信用していなかったのはこういう部分だろうか。あんまり子供は好きじゃなさそうだ。


 ただ、そこからは特に何事もなく、何度か馬の休憩を挟みながら順調に領都までの旅程を消化していった。


 日暮れ頃、フロッグは廃砦らしき崩れた建物の傍で馬車を止めて野営の準備を始める。彼がカインに言っていた安全な場所とはここの事だろう。


 俺とミナリーはフロッグが野営の準備をするのを大人しく座って見ていた。


 さすがにはしゃぎ疲れたのだろう。ミナリーに日中の元気な様子はなく、眠たそうに眼を擦っている。


 俺も初めての馬車移動に少し疲労を感じていた。


 子供って元気なイメージもあるが、それは昼寝やらなんやらで適度な休憩を挟んでいるからそう見えるのであって、実際に大人よりも体力があるかといえばそうじゃない。


 フロッグが慣れた手つきで起こした焚火を見ている内に、俺もうつらうつらとしてしまった。


「おい、起きろガキども」


 気が付くと目の前にフロッグが立っている。彼は手に木製のマグカップを持っていて、それを俺たちに渡してきた。


「夜は冷えるからな。それを飲んで温まれ」


 マグカップの中身はスープのようだ。美味しそうな匂いと湯気が漂っていた。なんだ、意外と優しいところがあるんだな……。


「わぁ……、ありがとうごじゃます」


 ミナリーが寝ぼけているのかふにゃふにゃな口調でお礼を言ってマグカップを受け取る。


 俺もマグカップを受け取って、スープを口に運んだ。


 ありふれた普通の野菜スープだった。美味しそうな匂いだったけど、味はそうでもない。むしろほんのちょっと苦みを感じる。なんだこれ……?


 疑問に思っていると、横からカタンっと音がした。見ればマグカップが地面に転がって中身のスープが零れてしまっている。ミナリーが落としちゃったらしい。


「な、に……――」


 やってるんだ、と言いたいのに言葉が続かない。気づけば俺の手からもマグカップが零れ落ちていた。


 ミナリーの体が俺のほうへもたれかかってきて、俺はそれを支えきれずに倒れこんでしまう。


 どう、して……?


 疑問に思って視線を彷徨わせると、下卑た笑みを浮かべるフロッグが俺たちを見下ろしている姿が目に入った。


 あぁ、そうか……。


 ここは、『Happy End Story』の世界だったな…………。


 ゲームにあった悲劇的なイベントを回避するだけで良いと思っていた。それだけで、ハッピーエンドを迎えられると信じ込んでいた。


 そんなはずがなかったのだ。


 ここは『Happy End Story幸せが終わる物語』の世界。


 悲劇なんて、どこにでも転がっている。

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